第17話 噂じゃ済まないわ

 使者による口上こうじょうは長く、欠伸をしながらも頑張って座る。祓え巫女として踊ったアイリーンは、本日の主役の一人だった。夜の宴には出られないが、使者を放り出して帰っていいとは言えない。眠りそうな彼女を引き寄せ、シンは肩を貸した。


 皇太子の肩を借りてうたた寝するなど許されないが、アイリーンの場合のみ許されてしまう事情があった。昨年、非常によく似た状況でうっかり眠って倒れ込んだのだ。


 幸いにして御簾から転げ出ることはなかったが、倒れた人影は確認できた。そのため使者が混乱し大騒ぎに発展した経緯がある。数か月に渡るお見舞いとお加減伺いの連絡が続き、周囲も巻き込む大騒動になった。そのくらいなら、兄や姉の肩を借りて眠ることも仕方ない。


 これが姉達だったら話が変わってきた。だがまだ成人前の少女であるアイリーンは16歳、多少の妥協は許される。彼女自身が幼く振舞うこともあり、末っ子の甘え上手を発揮したアイリーンを叱れる者は少なかった。


「あと、1人だから頑張ろうね」


 こそっと耳に囁かれ、半分ほど眠った頭を縦に振る。アイリーンの意識は落ちる寸前だった。ギリギリのところで音は拾うが、ほとんど理解していない。使者の口上は各国の言葉で行われ、公用語である倭国の言語ではなかった。普段使わない響きだからこそ、余計に眠りを誘われる。


 ざざっと周囲が動く衣擦れの音に、シンは末妹の肩を優しく揺らした。大きな瞳がゆっくり開き、ぱちくりと瞬きする。倒れ込まないように背中に腕を回して支えるシンを見上げ、あどけなく微笑んだ。


 終わったよ――唇の動きでシンが伝える。人々が動く前に、皇帝である父が退室した。続いて歩きながら、耳の端で思わぬ話を拾う。


「……フルール大陸側から、留学の話が……」


「第二王子は……と聞いたが?」


 今の話が気になる。巫女の力が強いアイリーンは己の直感を信じてきた。違和感を覚える、おかしい、そういった感覚が大きな事件になる前に口にする。それも巫女の役割のひとつだった。皇族の持つ特殊能力と捉えられている。


「アイリーン、皆が退室出来ないよ」


 足を止めてしまった妹へ、シンは穏やかな口調で促す。言われるままに足を踏み出しながら、アイリーンは兄を見上げた。話がある、そう告げる青い眼差しにシンが頷く。アオイも何かを感じ取ったのか、後ろの会話を気にする様子を見せていた。


 人の声が聞こえなくなる距離を歩いて、廊下でアイリーンは足を止めた。


「さっきの会話、フルール大陸から第二王子が留学するって……詳細が知りたいわ」


「リンも気になりましたか? 私もです」


 一番上の姉アオイが後押ししたことで、シンはこの話が噂で済まないと感じる。客観的に考えてもおかしいのだ。交流がほとんどない国へ海を越えて、継承権をもつ王族が留学するのは作為を感じた。


 末席に近い継承者なら可能性はあるが、その場合は捨て駒だろう。東開大陸内で命を奪い、それを理由に侵略を開始する可能性もあった。だが第二王子では王位継承権の順位が高すぎる。


 捨て駒に使うなら、第一王子と王太子の地位を争った政敵としての処分か。それほど有能なら、国王が手放さないはずだ。


 さまざまなパターンの憶測が浮かび、黙り込む姉と兄をよそにアイリーンは溜め息を吐いた。絶対に違うと思うけど、あの王墓にいた人……第二王子だったり? いえ、だって第二王子は病弱だもの。そのくらいの情報は知ってるわ。だから違うわよね?


 方向性の違う悩みを持ちながら、兄妹達は顔を見合わせた。いつまでも廊下に立っているわけにいかず、仲良く移動を開始する。シンが普段使う執務室で思い思いに椅子で寛ぎながら、キエが用意したお茶を楽しんだ。


「あっ!」


 突然アイリーンが声を上げ、自分の周囲を見回す。薄化粧していることなど忘れた様子で、両手で頬を覆った。


「大変よ、ココを忘れてきたわっ!!」

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