第13話 神事があるからお預け?

 夜になったからリベンジするわ! 準備しようと鶯茶のドレスを取り出すアイリーンを、キエは慌てて止めた。隣に遊びに行くような感覚で言われても、大陸移動にも霊力を消耗するのだ。ましてや今夜は出かけられない事情があった。


「姫様、明日は朝から祭事があるのをお忘れですか? 万が一にも神事の最中に眠らぬよう、今夜は大人しく布団で寝てください」


 嬉しい言葉のはずなのに、昨夜の禍狗が気になる。王家の墓所なんて、禍狗にとって何か価値があるのかしら。墓所ってことは死体が安置されているのよね。まさかチューカ国の操屍術みたいに、死体を利用するとか? そうなったら、あの金髪仮面の子に叱られちゃうわ。


 やっぱり様子見くらいしてきた方がいいかも。キエが部屋から下がったら、こっそり出かけましょう。


「わかったわ。もう休むわね」


 笑顔で同意し、入浴して身を清めてから畳ベッドに横たわる。畳のお陰で背筋がぴんと伸びて、柔らかい布団に包まれると気持ちがいい。これは、気をつけないと本当に眠っちゃうわ。


 抜け出す算段をしながら目を閉じたアイリーンの顔をしばらく見つめ、キエは絹の匂い袋を枕のそばに置いた。手のひらサイズほどの絹は、薄い紫色をしている。ほんのり甘い香りが立ち上る袋を確認し、キエは退室した。


 物音を聞きながら、ココが枕元に移動するのを待つ。身を起こそうとしたら、止められた。


『まだだよ、動いたらバレちゃう』


 隠密出身の侍女長は優秀なはず。ココの言葉に従い、もう少し目を閉じていることにした。ごそごそと何かを揉むココが立てる物音を聞きながら、気づいたら朝だった。







「どうして?」


『そこは「おはよう」だと思うよ』


 あふっとココが欠伸を噛み殺し、挨拶が違うと指摘する。


「そうね、おはよう。それで朝なのかしら」


『夜眠ったら、朝に目覚めるのは普通じゃない』


 正論なのだが、眠ってしまった私を起こしてくれなきゃダメでしょう。アイリーンの八つ当たりに近い声に、ココは首を横に振った。


『無理だよ、神事で眠ったら事件でしょ。昨夜はここで寝て正解だ。禍狗と対峙するなら、体調が万全じゃなくちゃね』


 ぐぅの音も出ない。ココの言い分が正しいと分かるから、アイリーンは堪えた。毎日行くのは体力的に無理だし、闇雲に探し回っても疲れるだけ。あの仮面の金髪君と出会う回数も減らさないと危険が増えるし。頭で理解できても、感情が納得しなかった。


「でもっ!」


『僕が思うのはね、アイリーンは祓う時だけでいい。禍狗を追うだけなら式神の仕事だし、僕もいる。任せるのも君の仕事でしょ』


 守護獣しゅごじゅうと呼ばれる神の遣いと契約を持つのは、皇族でもアイリーンのみだ。神々に愛された姫と呼ばれる所以もここにある。だから神々に強請ればいいんだ。使える術も式神も総動員して、出来るだけ労力を抑えて捕まえる方法を模索する。神獣ココの言い分に、渋々ながら頷いた。


『ぐわぁあ、何するのさ!』


 頷いたけど、一矢報いてやりたい。触られるのを嫌がる尻尾を目一杯モフった。ぐしゃぐしゃになって、毛が静電気で逆立つまで撫で回してから放り出す。


「さて、着替えなくちゃね」


 神事の際は身を清めるため、泉でのみそぎがある。濡れるため、簡易タイプの湯帷子ゆかたびらに似た白い装束を身につけるのが決まりだった。大した飾りもないので、一人で着用して鏡の前で確認する。


「姫様、おはようございます。よく眠れましたか?」


 キエの満面の笑みと何かを確信した口調に、まだまだ勝てないわねとアイリーンは肩を落とした。


「寝過ぎちゃったくらいよ」


 結っていなかった髪を手早く整えてもらい、いつも通りにハーフツインテールに仕上げてもらう。神事なので髪飾りはないけど、代わりの白い式紙を巻いた。


「よし、さっさと終わらせるわよ!」


 気合を入れたアイリーンだが、すぐに考え込んでからココにこっそり尋ねた。


「ねえ……今日の神事って、何だったかしら?」

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