第32話 新入部員歓迎会
着いたのは食べ放題の焼き肉屋だった。
時刻は十二時過ぎたぐらいのためか、けっこう混雑していた。ゴールデンウィークも混んでいる理由の一つだろう。
「予約していた轟です」
どうやら轟先輩が予約していたようだ。
待つことなくスムーズに入れた。
先輩三人、俺ら二年が七人、後輩が三人の計十三人。
案内された席は六人席と四人席と四人席の三テーブルだった。
「はーい、じゃあ佐恵んはこっち。香菜んはそっち。で、はいはい。そっちそっちのこっちこっち」
轟先輩がみんなにどこの席に座るか指示をしていく。
どうやら、席については事前に決めていたようだ。
「あー、なるほど」
俺の横で樫田が何かに納得した。
? 何に納得したんだこいつ?
樫田に何のことか聞こうとする前に、轟先輩が近づいてきた。
「ほら、杉野んはこっちで樫田んはあっちー」
席に座るように促され、反射的に指示されたテーブルの方に行こうとしたが、俺の横にいる樫田がじっと轟先輩を見ていることに気づいた。
それはほんの数秒のことだ。
ちょっと別のことに気を取られて反応が遅れただけとか、いくらでも理由は考えられた。
けど俺は、その数秒で樫田が何かを察したのだと感じた。
「……なかなか面白い歓迎会になりそうですね」
「樫田んはお目が高いねー」
それだけ言って、樫田は席に向かった。
笑顔を崩さず、轟先輩は続けて俺を見た。
「ほら、杉野んも行く」
「あ、はい」
俺も樫田に続いて席に向かう。
樫田が何を察したのか分からないが、席順に意図があるということは分かった。
それがさっきの字面通り、面白い歓迎会ということなのかどうか、それを考える時間はない。
轟先輩に指定された席に座るとテーブルの真ん中には肉を焼くようの網がセットされており、その向こうには夏村と池本がいた。
ちらっと横のテーブルを見ると、大槻と山路、椎名そして田島が座っていた。
どうやら残りの樫田と増倉、金子は俺の背中側にあるテーブルにいるようだ。
店の壁際を鍵括弧のような形で陣取っているイメージだ。
「じゃあ、コウと津田んも一回座ってー」
「……はいはい」
「りょうかーい」
木崎先輩が俺の横に、津田先輩はどうやら椎名たちの席に座った。
轟先輩はまだ立っていた。
「お店なんで声は小さめで話すけど、120分の食べ放題です。二、三年生の席は固定ですが一年生たちは四十分毎に座席を交換します」
言われて気づいた。一年生三人がそれぞれ別々のテーブルにいた。
それに先輩たちも俺たち二年生も均等に別れている。
「始めに野菜とか肉とかある程度来るから、それを見てから追加注文があればしてください。それと乾杯とかはそのテーブル毎にね。分かっていると思うけど他の人に迷惑かけないように騒ぎすぎず、かといって食べることに専念しないで、二年生と三年生は一年生を歓迎してください。困ったことは各テーブルの三年生が対応しますので、それぞれ楽しんでー、では」
そういって轟先輩は樫田たちのテーブルへ行った。
ああそうだ。これは新入部員歓迎会だ。
席順に何か意味があろうとも、今日一番に考えないといけないことは一年生たちと仲良くなることだ。
椎名と後輩を御すことを話したこともあったが、そんなのは二の次だ。
去年、先輩たちが俺たちと仲良くしてくれたみたいに今度は俺たちが一年生たちと仲良くなる番なのだ。
誰にどんな思惑があろうとも、俺にとって一番重要なことを忘れてはならない。
目の前では夏村と池本がメニューを広げ、二人で見ていた。
「私はオレンジジュースにするけど、池本はどうする?」
「あ、では私も同じもので」
「ん、木崎先輩と杉野はどうします? 炭酸? コーヒーとかもあります」
「……じゃあ、アイスコーヒーにしようかな」
「俺は炭酸系ので、あるならジンジャエールで」
「わかった。 すみませーん」
夏村が店員さんを呼び、飲み物を頼んでくれた。
普段我関せずなところがあるが、こういう場では率先した動きをしてくれる。
「ありがとうございます。夏村先輩」
「ん、どいたま。池本どう? 高校慣れた?」
「まだ全然です。色々環境の変化に戸惑ってます。それにもう今月には中間テストがあるのでドキドキしてます」
「そっか、ゴールデンウィーク終わって少ししたらテスト前で部活停止期間入るから、あっという間にテストだ」
「高校の勉強って難しいですか?」
池本が夏村だけでなく、俺や木崎先輩を見ながら聞いた。
始めに答えたのは木崎先輩だった。
「……一年生の時はそんなにだったかな。二年生になって文理選択してからが大変かもね。受験にも直結する勉強になるし」
確かに一年の授業って文理選択のための指標みたいな感じで広く浅くって言われたりするらしいから、難易度が一段から上がるのは文理選択してからかもしれない。
「将来次第。指定校推薦を狙うなら学校の勉強もしっかりしないといけないけど、一般受験を目指すなら塾とかの勉強の方が大切。そうなると難しさは変わる。結局は当人のやる気次第」
夏村は、勉強は将来について考えた結果次第で難しさは変わると言った。
まぁそうだな。指定校推薦とかを考えるかどうかで変わるのは確かだ。
てか話すの俺が最後になっちゃったじゃん。何言おうか。
みんなの視線が俺に集まりかけた時、視界の端に店員さんが見えた。
「お飲み物とお肉、お野菜失礼致します」
そういって頼んだ飲み物や肉、野菜をテーブルに並べていく。
「ごゆっくりどうぞ」
「……ありがとうございます」
並べ終えると店員はお辞儀をして、戻っていった。
俺は木崎先輩から飲み物を貰いながら、さっきの池本の質問に答える。
「あ、ありがとうございます。まぁ、勉強っていうかテストは赤点取らないようにするのはそんなに難しくないと思うよ。苦手な教科とかは中学で分かっているから、そこは大変かもだけど。夏村が言ったみたいに指定校推薦を考えて百点とか目指すなら誰だって難しいんじゃないかな。」
「なるほど、ありがとうございます。」
池本が、うんうんと数回小さく頷いた。
なんとなく感じてはいたが、けっこうまじめな子だな。
池本にそんな印象を抱いた。
「さ、木崎先輩。乾杯をお願いします」
俺は手に飲み物を持ち木崎先輩に言った。
夏村や池本もグラスを片手に、木崎先輩を見る。
「……忘れたのかい。去年の歓迎会では未来が乾杯の音頭をとったこと」
「え、あー、そうでしたね?」
「……つまり、毎年二年生がやるんだよ」
「!?」
「……さ、一言と乾杯を」
な、なにぃ! そういうの先言っといてほしいものだ。
俺は夏村を見たが、睨まれた。
あ、これ俺がやれってことですね。はい。
ここで時間をとるわけにはいかない。
俺は脳をフル回転させ、言った。
「えー、では皆様グラスは持ちましたね? 俺が話した後に乾杯と言ったら、乾杯と返してくださいね。
まぁ、肩ひじ張るのは苦手なので簡潔に。ようこそ演劇部へ。今日は親睦を深められたらと思う。これから楽しいことだけでなく、大変なことや悔しいこともあるかもしれないが、入って良かったと思える部活になるからそのつもりで気楽に今を楽しんでくれ。では……乾杯」
「「「乾杯」」」
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