第12話 停滞する議論


「じゃあ、また大槻から頼む」


「反論って言ってもなー。夏村の日頃やってる劇見せた方がいいってていうのはなるほどなーって感じ。まぁ確かに…………杉野の言っていることもまぁ分かるよ。わかるんだけどさぁ。それ今じゃなきゃダメ? 大会とかならまだしも、たかが部活動紹介でやる劇なんだぜ?」


 大槻の意見は、反論というより素朴な疑問だった。

 まぁ、確かにその通りなんだよなぁ。

 それは俺自身も考えていたことだった。言っといてなんだが、あの意見で納得されるとも思ってなかった。

 黒板に要点をまとめながら、樫田は司会進行をしていく。


「なるほどなるほど。次、山路」


「えー、そうだなー。夏村さんの意見も杉野の意見も、とくに反論はないかなー。だって言っていること自体は間違ってないし、けどやっぱり僕は多くの人に見てほしいし、部活見学にも来てほしいなー」


 大槻も杉野と同じく、これといった反論はないらしい。

 かと言って、自分の主張を曲げるのでもなく、しっかりと強調していく。

 司会の樫田も特に何も言うことなく、進行する。


「そうか、じゃあ夏村頼む」


「私も、特に反論らしい反論はない。たぶん、これ以上は個人の趣味になると思う」


 夏村はまたも短く言った。

 個人の趣味……確かにその通りだろう。結局、やりたい劇好きな劇には個人の趣味がどこかしらで入るだろうか。

 なんとも的を射た答えであった。


「……そっか。うーん、じゃあ一応杉野何かあるか?」


 なんとも反論のしづらい状況になってしまった。

 しかし、大槻と山路の意見のどこかにおかしいところがあるかと聞かれれば、そうではない気がした。


「……いや、俺も特に反論はない。大槻の質問も分かるというか、いやでも俺の意見を変える気はないというか……」


 考えている時間もなかったため、つい口に出してしまった。

 しかし、何も考え付かなかったということは、それが答えなのかもしれない。


「誰も反論らしい反論はなしと、弱ったな。これじゃあ平行線だな」


 樫田が頭を抱えた。

 現状、議論は行き詰まりを見せていた。

 お互い、意見を言い合ったはいいもののそこから発展するものがなかった。


「あー、一応聞いておくが、意見変えたい奴いるか?」


 すると意外なことに大槻が手を挙げた。


「ちょっと!」


 増倉が悲鳴のような声を上げ訴える。


「いや、意見を変えたいってか、正直俺どっちでもいい。面白そうだなって感じたのが増倉の台本だっただけで、別に椎名の台本やることには異論ないぜ」


「それはつまり、椎名の台本をやることでいいってことだな」


「ああ」


「いいわけないでしょ!」


 突然の提案に、増倉が険しい口調で否定する。


「けどよ、増倉。このままじゃ議論は進展しないし、話もまとまらないだろ」


「だからってなんで香菜の持ってきた台本になるのよ!」


「そりゃ、仕方ないだろ。向こうが折れないならこっちが折れるしかないじゃん。山路もそれでいいだろ?」


「えー。まぁ、椎名さんの台本でも別にいいけど」


 話を振られた山路は、困りながらも了承した。

 増倉は、親の仇を見るかの如く、二人を睨みつける。

 大槻の対応は一見、大人な対応に見えるが、実際のところは議論を早く終わらせたいだけなのだろう。


「あー、大槻から提案があったが椎名側はどうする?」


「向こうがそう言うなら、こっちとしてはありがたい限りだわ」


 樫田がそう聞くと椎名が速攻で答えた。

 確かにこれ以上、議論しても永遠に平行線を辿ることになるのかもしれない。

 しかしだからといってこんなことで決まってしまっていいのだろうか。

 こんな雑な決め方でいいのだろうか。


「私も構わない。これ以上やっても水掛け論にしかならない」


 椎名に続き、夏村も肯定する。

 俺は考える。もしこのまま椎名の台本になるとして、それは全会一致の答えといえるだろうか。


 先輩たちが望んだ答えだろうか。


 俺たちが喜べる答えだろうか。


 いや、そんなことないはずだ。


 もっと議論し合って、然るべきなんだ。


「杉野もそれでいいか?」


「――いや」


 質問に対して俺は否定する。


「こんな消極的な意見で議論が終わるのは間違っていると思う」


「ちょっと杉野!」


 横で椎名が叫んでいるが気にしない。


「だってそうだろ。せっかく俺たちの代だけで決める初めての劇なんだから。こんな消極的な方法で決めちゃだめだと思うんだ。先輩たちは俺たちがちゃんと話し合って決めろって言ったんだろ。だったらとことん話し合うべきだと思う」


「だ、そうだ。杉野が反対した以上、大槻の案は却下だな。……まぁ、元々全一致を目指すための議論だからな。どうせ今のままじゃ増倉は納得しないから大槻の意見はどの道、却下なんだがな」


 どこか嬉しそうな笑顔を浮かべながら、樫田が言った。

 なら始めからそう言えよ。


「でもよ。これ以上議論が進まないだろ。どうすんだよ」


「確かにー、議論できないんじゃどっちの台本か決められないねー」


「というかこれ以上何を議論する?」


「知らないわよ! せっかく私の劇で決まるところだったのに!」


「仕方ないでしょ! 納得してない人がいるんだから!」


 議論が終わろうとしていたためか、みんな集中力が切れたのだろう。一斉に話し出す。

 そんな中、樫田が俺に対して「議論続けたからお題ぐらい出せ」と言わんばかりの視線を向けてくる。

 どうしてものか。勢いで言ったが何も考えてなどいなかった。


「と、とりあえずさ。休憩しないか?」


「は?」


 椎名が何言ってんだこいつという目で見てくる。

 他のみんなも、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいた。


「いやさ。一回頭ん中を整理したいというか。みんなも疲れただろ? もうすぐ昼だしさ」


 いいたいことをただ羅列していくだけの言い訳。

 苦しいことは分かっていたが、こうするしか思いつかなかった。

 場は沈黙する。あれ、俺変なこと言ったか?

 救いの手を差し伸べたのは樫田だった。


「まぁ、確かにもう昼近いし、一回休憩挟むか」


 ナイス名司会! 心の中でめいっぱい感謝をする。

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