第6話 賢いやつは難しい言葉をよく使う

 夕日は沈みかけ、カラスの鳴く声がした。

 頬には生暖かい風が当たる。

 夕方の駐輪場には誰もいなく、とても静かだった。


「はぁ……」


 自然と重いため息が出る。

 結局、大槻と山路の問題は俺が三日以内に何とかすることで話をつけた。

 椎名はどこか不満そうにしながらも、「全国大会の件、真剣に考えてよね」と言って帰っていった。


 全国大会。


 突然の告白で驚いたが、やはり俺には雲の上のような話にしか思えなかった。

 きっと椎名は本気で目指すのだろう。けれどそれ同時に、大槻と山路を退部させようとする過激な考えにも繋がっている。俺が賛同することで椎名の行動が膨張するなら、なおさら賛成はできなかった。

 それになにより、俺は現状の演劇部に満足していた。

 気楽にバカな事ができて、冗談を言い合えて、特に目的もなく、のんびりと消化していくだけの日常。

 確かに青春らしいことはしてないが、その平和な日々を俺は愛していた。

 今以上に真剣になることで、演劇部を窮屈だと思いたくはなかった。


「どうしたもんかなぁ……」


 それに目下、大槻と山路の問題であった。

 ただでさえ何も考えていないのに、あと三日以内に部活に来させないといけない。

 樫田から聞いた情報通りなら、ただ来いよと言っても来ないだろう。

 やる気のない人間を部活に来させるのは一筋縄ではいかないことぐらい、容易に想像できた。


「あれ、無理なんじゃね……?」


「いやいや、諦めたらそこで試合終了だぞ」


「まぁ、確かにそうなんだが」


 そうは言われてもなぁ。妙案の一つでも浮かべば別なんだが……。


 ……。

 …………。


「……って、樫田!?」


「よっ」


 俺が驚いて後ろを向くと、樫田が平然とそこにいた。


「いやぁー、帰ろうとしたら杉野の後ろ姿見えたからさ。でもお前声かけてんのに気付かないでずっとブツブツ言ってだぞ」


「そりゃ、まぁ、ははは」


 部活の事を必死に考えていたせいだろう。全く気付かなかった。

 なんて言っていいか分からなかったため、笑ってごまかすと樫田は話を変える。


「ふーん、じゃあ、誰と会っていたんだ?」


「え、それはその……」


 椎名とのことを言うべきかどうか悩む。

 俺にだけ言ってきたということは他の人には聞かれたくない話なのかもしれない。


「当ててやろっか?」


「えっ」


 言い訳を考えていると、樫田が唐突に言った。


 心臓がドクンと鳴った。


 樫田はこういう時、察しのいい奴だった。


「俺と会った時の反応は笑ってごまかすだった。これは何か真剣に考えていて、なおかつ俺に対して一言で言い表せないから。たぶん部活のことだな。てことは直前まで会っていたやつも部活の人間。言いづらそうにしているところを見ると相手は女子。しかも真剣な話だったことを推測するに…………椎名だろ」


 こいつは名探偵か何かか。


 もはや恐怖すら覚える。


 俺は仕方なく頷いて肯定する。

 すると樫田は満足げに笑う。


「杉野は分かりやすいんだよ。……しかしそうか、このタイミングでね。へぇー」


 一人納得した様子の樫田。

 本当にどこまで見抜いているのやら。

 このままじゃ、椎名と話したことを言わないといけなくなる。

 椎名が大槻と山路を追い出そうとしていると樫田が知ったら、どんな反応をするだろうか。

 揉め事の種になることはできるだけ避けたい。


「まぁ、いいや、ちょっと駄弁ろうか」


「?」


 樫田はそう言うと駐輪場の端にある自販機を指さしそのまま歩き出した。

 俺は黙って樫田の半歩後ろをついていく。


「例え、お前と椎名が何か企んでいたとしてもそれは未来の話だ。未来で起こる問題だ、現状の問題じゃない」


 よく分からんが肯定しておく。

 時々難しいことを言うやつだ。


「じゃあ、現状の問題ってのは何だ?」


「あー。大槻と山路のことか?」


「そう、さらに言えばそのせいで滞っている部活動紹介の事だな」


「うぅ」


 そういえば部活動紹介のこともあった。

 忘れていたわけじゃないが、考えが回っていなかった。


「正直、あと三日ぐらいで決めないとやる劇がぐだぐだになるぞ」


 樫田はそう言いながら自販機に金を入れる。

 きっと椎名と同じ見解に至ったのだろう。

 やはり後三日で何とかしないといけないのか。


「ほい、杉野」


 そんなことを考えていると、樫田が缶をこちらに軽く投げてきた。

 俺はそれを両手でキャッチする。

 それは炭酸のジュースだった。


「奢りだ」


「ありがとう」


「で、大槻と山路の方はなんか妙案浮かんだか?」


 自販機から取り出した缶を開けながら樫田が聞いてきた。


「いいや、さっぱり」


 俺も缶を開けながら答えた。

 飲むと喉を通るひんやりとした炭酸の痛みが心地良かった。

 なんとなく、冷静さを取り戻せた。

 椎名に言われたことがいろいろ難しく考えていたが、今重要なのは大槻と山路のことだ。

 とにかく部活に参加させること、全てはそれからだ。


「山路はバイトで、大槻は昼夜逆転生活だったよな」


「ああ、けど山路のバイトは短期ばっかりって言っていたし、あいつの性格考えるに毎日ずっとバイト入れるとは思えない。意外と今は暇しているかもな」


「じゃあ、何で来ないんだよ」


「単純に来づらいんだろ」


 さらっと言う樫田。

 サボったからその罪悪感や部活に対する後ろめたさで、余計にサボってしまう。そんな負のスパイラルに大槻と山路はいるのだと樫田は言う。

 なるほどと納得する反面、じゃあどうしろというんだと嘆いてしまう。


 このままじゃ、椎名が二人に退部届を突き出してしまう。

 その結果、大槻と山路が辞める辞めないどちらにしても、部活内に不和が生じるだろう。

 それだけは避けたい。


「どうしたもんかなぁ」


 思わず、そんな言葉が口から出てしまった。


「どうしたもんかねぇ」


 俺の言葉につられたのか、そんなことを樫田が言った。


 ……。


 大槻と山路に対して義憤を感じている椎名に比べ、樫田は温厚だった。


 そういえば今日の部活の時もそうだったよな。


 ここまで困り果てた状況なのに、二人に対する愚痴や怒りを表した様子は一度もなかった。見せたのはせいぜい連絡することに対しての愚痴ぐらいだ。

 ふと疑問に思ったので聞いてみた。


「樫田は怒んないのか」


「怒る? 何に対して」


「大槻と山路にだよ。こんだけサボられて頭に来ないのかよ」


「ああそういうこと。別に、こないな」


 樫田は当たり前のように即答した。

 あまりに迷いない答えに、少しあっけにとられてしまう。

 そんな俺に気づいたのか、樫田は笑いながら続けて言った。


「あの二人が部活に積極的じゃないのは今に始まったことじゃないだろ」


「だとしても、不真面目な奴がいたらムカつくだろ?」


「かもな。だけど、真面目な奴もいれば不真面目な奴もいる。集団ってのはそういうもんだろ」


「なんだよそれ」


 俺はどうにも納得できなかった。

 確かに、樫田の言う通り集団になれば色んな奴がいる。俺たち演劇部にその例に漏れない。

 だからといってサボっている奴に怒りを覚えないと言ったら嘘になる。


「まぁ、ほら、あれだ。清濁併せ吞むって言うだろ? 真面目過ぎても不真面目すぎてもダメなんだよ。その二つが合わさっていることが重要なんだよ。それでこそ、俺たち演劇部の良さが出てくるんだよ」


 清濁併せ吞む。また難しい言葉を使うやつだ。


 だがその理屈は何となくわかってしまった。きっと真面目過ぎると椎名のように大槻と山路を部活から追い出そうとするだろう。けどそれじゃ集団としてよくない方向へと進んでしまう。

 たぶん、そういうことなのだろう。


「大人な考えだな」


「そうか? 発想がみんなと違うだけだろ」


「発想?」


「そう。ほら、椎名とかは感情で動きがちだろ。それに対して俺は理屈で物事を考えているだけだ。根本の発想が違う」


 根本の発想……。それが人によって違うというなら。


「……じゃあ、大槻と山路は、何で行動しているんだ?」


「さぁな。楽しいこととか、面倒ごとを避けたりとかじゃないか」


 そういうと樫田は缶のジュースを一気に飲み干した。

 そしてそのまま自販機横のゴミ箱へ缶を捨てた。

 俺は手に持った缶を見ながら考える。

 大槻と山路は楽しいことなら反応する。

 昼夜逆転生活に、部活への来づらさ。

 頭の中でシミュレーションをする。


 部活の楽しさを説く? いやダメだ。今の時期が退屈なのを分かっているから二人は来ないんだ。

 状況を説明して来てもらう? 確実に来る保証はないし、みんなに迷惑かかっていると知ったら余計に来づらくなるかもしれない。

 メールで説教する? これはないな。うまくいくとは思えないし、ヘタしたら反感を買って更に来なくなる。


 ダメだ。もっと気楽に連絡の取れる手段はないか。


 楽しいこと。楽しいこと。楽しいこと。


 ……

 …………

 ………………あっ。


「あっ」


 唐突に頭に浮かぶ。

 これが発想の逆転という奴だろうか。


「その顔は、なんか思いついたな」


 樫田は楽しそうに笑顔を浮かべながら聞いてきた。


「いや、その、思いついたけど、うまくいくかは分からないというか、確証がないというか」


 そう、思いつきはしたが、この奇策が成功するかは分からない。

 ヘタしたら、俺まで部活をサボるかもしれない。


「そうもったいぶるなよ。俺も協力してやるからさ」


「……そうだな。じゃあ話すけど――」


 そうして俺は、今浮かんだばかりの奇策を樫田に話した。

 話し終わると、樫田は腹を抱えながら笑った。


 大丈夫かな、この作戦……。


 一抹の不安を残しながら、実行に移すことになった。

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