その演劇部は、舞台に上がらない

溝野重賀

だらだら部活と部活動紹介

第1話 演劇部の女子は意外と我が強かったりする(当社比)

 うちの高校は正門前に大きな桜の木がある。

 なんでも樹齢五十年以上らしく、力強い幹がとても印象的である。

 年月を得て伸びた枝は日差しを程よく遮り、風の涼しさを感じさせる。


 三月下旬の今、ここを自転車で通ると、落ちてくる数枚の花びらが自転車のかごの中に入る。


 ひらひらと舞う桜の花びら。

 七分咲きではないものの、ああ春が来たんだな、と季節の移ろいを感じさせる。


 そしてここでの高校生活も一年が過ぎたのかと気付かされる。

 あと一週間後には高校二年生か。早いもんだ。


 思い返して、色濃く残るのは所属している演劇部の事ばかりだった。

 まぁ、今もこれからその演劇部の部活をしに来たんだが。

 そう思いながら、俺は正門を過ぎ自転車を校内の駐輪所に止め、下駄箱に向かった。


 太陽は燦々と輝き、春の気配を肌で感じられるぐらいに暖かい。

 春休みということもあり、いつもより人気のない校舎。しかしグラウンドから聞こえる野球部やサッカー部の気合の入った声は夏の大会が近いせいか、いつも以上に熱気がこもっているようにも感じた。


 ああ青春だね、と文化系部活の俺は他人事のように思う。


 だが、声の大きさじゃ俺の入っている演劇部も負けてないだろう。文科系の部活において吹奏楽部と並ぶぐらいに体力と声量が必要なのである。

 まぁこういう謎のプライドがあるところも、演劇部員らしさの一つなのかもしれない。

 ちなみに、あまり知られていないが演劇部にも大会はある。それも春と秋の二回。しかし全国大会があるのは秋大会のみであり、春大会はそれぞれの地区だけで行われる。いわゆる顔合わせみたいなやつだ。故に夏に大会の多い運動系の部活と違い、演劇部のピークは秋なのである。


 そんなことを考えながら下駄箱のある第一校舎につくと、見慣れたシルエットを見つける。


 特徴的な腰まである艶やかな長髪に女性にしては高めの身長。遠くから見ても分かる整った顔立ち、そして同じ演劇部の部員である彼女は、なぜかペットボトルを片手に学校指定のジャージ姿でそこに立っていた。

 俺はいつものように話しかける。


「おはよ夏村、何してんの?」


「ん、杉野おはよ。別に何も、ただの休憩」


 そういって夏村佐恵は手に持っているペットボトルを俺に見せつけた。どうやらそこの自販機で買ったことをアピールしているようだ。


 ん? 休憩?


 俺は自分の腕時計を確認して、今思った疑問を口にする。


「今日の部活は九時からだろ、まだ始まってないぞ」


「ええ、でも疲れた。杉野も行けば分かる」


 そう言って疲れ顔をする夏村。


 行けば分かるなら今ここで言ってもいいのではないだろうか。


 部活が始まる前に休憩って。


「ほら、もうすぐアレだから」


 不思議そうにしている俺を見て察したのか、夏村は呆れ顔で言った。

 しかし、俺には彼女の言うアレがさっぱり分からなかった。


「アレってなんだよ」


「……分からない? ほら来月から四月」


「? ああ、四月だな」


「いやそうじゃなくて……ああもういいや、部活行けば分かるから、はよ行った」


 そう言って夏村は追い払うように手を振る。


 ? よく分からないが部活へ行けってことか。


「まぁ、行くけど……」


 理解し切れていない俺が癇に障ったのか、夏村は凍てつくような眼光を飛ばし、不機嫌そうな顔になった。

 そしてペットボトルのキャップを取り、開け口を俺に突きつける。


「早く行かないと、水ぶっかける」


「なんで!?」


「うるさい、あんたも一年間演劇部やったんだからそろそろ察しなさい」


「だから何を!」


「何をって……はぁ、もういい」


 夏村は深いため息をつき、さっきよりも疲れ顔になった。

 なんなんだよ、朝から情緒不安定だな。

 言ったら水をかけられるだろうから口にはしなかった。


「じゃあ、まぁ、行くわ」


「ええ、私も部活が始める前には行く」


 夏村は、俺への興味が失せたのか、グラウンドで練習している運動部をただ眺める。


 触らぬ神に何とやら、俺は早々に靴を履き替え、部活に向かった。 

 そして俺はすぐに夏村が機嫌の悪かった理由を知る。




 ――――――――




 第二校舎の二階奥の空き教室。

 そこが我ら桑橋高校演劇部の活動場所だ。


 発声練習をしても怒られず、校内のあちこちで楽器を奏でる吹奏楽部の演奏があまり聞こえないベストポジションなのである。


 なので本来は静かな場所のはずだった。

 だが目的の場所に近づくにつれ、喧騒の声がしてきた。

 

 俺は二階についたとき確信する。

 声は今から向かおうとする教室から聞こえてくる。

 

 おかしい、まだ部活は始まっていないはずだ。

 そう思いながらも、歩みを緩めることなく進む。

 教室の前に立つと、深呼吸をしてから扉を開けた。


「だから、結局来てもらわないと話にならないでしょ」


「それでも、劇の質を落として半端な奴が来てもしょうがないじゃない」


「じゃあなに? 初めから上手い人しか来ちゃダメって言うの? 横暴だよそんなの」


「そうは言ってないでしょ、やる気のない人が軽い気持ちで入ってきてもどうせ辞めるだけじゃない。それだったら初めから――」


「やってみなきゃ分かんないじゃん。楽しさをアピールしなきゃ来るものも来ないって」


「人を笑わせたいなら、漫才でもやればいいじゃない。私たちは演劇部でしょ。本気で劇に取り組んでくれることが大事でしょ」


「そんなこと言ってないでしょ! 私はただできるだけ多くの人に興味を持ってほしくて」


「だから――」


 教室にはすでに三人の部員がいた。

 黒板の前では女子が二人、増倉栞と椎名香奈がまるでディベートのように交互に意見を出して言い合っていた。

 

 ちなみに増倉、椎名の順に喋っている。

 

 聞こえてきた喧騒はこの二人だろう。俺が入ってきたころに気づいてないのか、今も言い争いを続けている。


 そしてもう一人。そんな二人と距離を置くように一番後ろの席に座って、本を読んでいる男。演劇部とは思えない体格の良さと目つきの悪さが特徴、そして我が部きっての裏方担当。

 俺はそいつに近づき話しかけた。


「よお樫田、これどういう状況?」


「あー、今後の活動方針決め、みたいな?」


 樫田秀明は本を机に置き、両手を宙に上げ「まいった」のポーズをしながら困り顔でそう言った。

 それにはどこか、分かるだろ? というニュアンスが含まれている気がした。

 夏村といい樫田といい、なぜ俺が分かっていると思っているんだ。

 なんでもかんでも暗黙の了解ってわけじゃないんだぞ。


「活動方針決めってなんだよ」


 俺はそう言いながら、樫田の前に席に座って後ろを見た。

 樫田は一瞬驚いた顔になったが、すぐに笑顔を作る。


「来月、ほら四月と言えばアレがあるだろ、アレ」


「アレ?」


「いや、だから俺たちも二年生になるわけで、そしたらほら」


「そしたら?」


「…………マジでわかんない?」


「…………マジでわかんない」


 樫田はさっきの夏村とおんなじような疲れ顔をした。

 え、なんなの? 俺か、俺が悪いのか?

 樫田は手招きをしたので耳を近づける。

 すると小さい声でゆっくりと言った。


「部活動紹介」


 あ、あー。なるほど。

 俺の中で今までの点が線に繋がる。

 ちらっと視線を女子二人に向けると、また言い争いをしていた。


「その劇だって人手がなきゃ、やりたいこともできないんだよ」


「それは創意工夫で何とかすればいいでしょ、無駄に多く人がいたってグダグダになるのは目に見えてるわ」


「そうやって何でもかんでも文句言っていたら何もできないよ」


「別に文句なんて言ってないわ。ただ真剣にやってる姿を見てもらった方がいいって言ってるの」


「でも普通に部活動紹介しても演劇部に興味持ってもらえないって言いだしたのは香菜じゃない」


「だからって面白おかしくしたいわけじゃないわ――」


 女子ってスゲーな。永遠にしゃべってそう。

 終わりそうになかったので、視線を樫田に戻し話を進める。


「つまりあれか。部活動紹介でやる劇を、真面目な感動系の劇にするか、楽しくて面白い笑える系の劇にするかで揉めていると」


「イエスイエスイエスー」


 何をいまさら、と言わんばかりにテキトーに答える樫田。

 いや、まぁ、確かに言われてみるとそうだわ。四月に新一年生に対して部活動紹介があるのすっかり忘れてた。

 そして、夏村が休憩していた理由を察した。


 おそらく始めはあの二人の間に入っていたのだろう。けれど交互に全く逆の意見を言われ続け、そして話がヒートアップしていって、ついていけなくなったのだろう。   

 ご愁傷様。さっきはもう少し優しくしてやればよかったな。

 

 え、てかそんな前から話してたの? マジで女子って無限に喋ってられるんじゃねーの。

 それにしても、真面目なお堅い系の劇にするか、楽しくて面白い笑える系の劇にするか。

 まぁ揉めるのも分からないでもない。なぜなら演劇部にとって第一印象は今後の劇の方向性にも繋がってくるからである。

 例えば感動する悲劇をやりたい人と、人を楽しませる喜劇をやりたい人がいる。

 部活動紹介で感動系なら前者、笑える系なら後者の人がより多く集まりやすい(我が部調べ)。

 しかも大会に向けて自然と一つのジャンルの劇をやりがちなのである。

 だからどんな劇をやるのか、悩むのは分かる。

 でもさー、それって――


「どっちでもよくない?」


 俺はつい、そう口走ってしまった。


 目の前の樫田が本日二度目の驚いた表情をした。


 だが樫田の視線は俺ではなく、俺の後ろで言い争っていた二人に向いていた。

 あれ? というか静かになってる?

 おかしい、さっきまで聞こえていた増倉と椎名の声が止んでいた。


「ねぇ、杉野」


 椎名の声がやけに透き通って聞こえる。

 穏やかな声、しかしその裏に怒気が混ざっているのを俺はひしひしと感じていた。

 というか、俺の存在に気づいてはいたんですね。

 俺はゆっくりと振り向いた。


 そこにはさっきまで言い争っていた二人が笑顔でこっちを見ていた。


 椎名香菜、小柄で頭の後ろで結んであるポニーテールが特徴のしっかり者。一年生のまとめ役でもある。現在、怒気含む笑顔でこちらを見ている。


 増倉栞、ショートボブの髪形と穏やかな性格が特徴、みんなで行動することが好きな、いかにも女子高生らしい女子。現在、怒気含む笑顔でこちらを見ている。


「ど、どうした?」


 自分でも声が震えているのが分かった。

 女子二人の背後に仁王像が見える。

 ああマズった。できることなら数秒前に戻りたい。

 しかし現実は非情であり、俺のささやかな願いは届かない。


「私たちが真剣に話している横で、『どっちでもよくない?』って何?」


 椎名が問い、増倉がその横で頷いている。

 女子とはずるいものだ。共通の敵を前にすると、さっきまでの言い合いが嘘のように協力関係を結びだす。なんとも打算的だ。

 正直、あまり深く考えずに言ってしまったから、弁解のしようがなかった。


 俺は考える素振りをしながら、樫田に助けを求めた。


 それに気づいたのか、樫田はやれやれといった感じで喋り出す。


「まぁまぁ、お二人さん。そう目くじら立てなさんなって。杉野も別に考えなしに言ったんじゃないんだから、取り敢えず聞いてみようや」


 鬼気迫る女子二人に対して物怖じせずに樫田は平然としていた。

 増倉も椎名も怒りを少し収め、改めて俺に注目する。威圧を感じなくなった分、喋りやすくはなった。

 が、しかし俺の意図はうまく伝わってなかった。


 助かる! けどそれじゃ結局変わらねー!


 むしろハードルが上がった気がする。

 しかし俺はこの数秒で何とか言葉をひねり出す。


「あー、えっと、まぁなんと言うか、役者的にはどっちでもやること変わらない的な? 感動するのも面白いもどっちもやりたいし、それに具体的な役が分かんないとどっちがいいとは……なぁ樫田!」


「いや俺裏方だし。でもどっちやるにしても大事なのは台本だよな」


「そう! 台本! それがないと話にならないだろ!」


 もう勢い任せだった。樫田に話を振り無理やり合わせる。

 女子二人から白い目で見られているが気にしない。


「そりゃ、台本がないと具体的な事言えないけど、杉田だって希望ぐらいあるよね? こんな役やりたいとかこういう劇やりたいとか、でもみんなの意見聞いてたらまとまらないよね。それならいっそのこと楽しい劇がよくない?」


「まぁ、そうだな」


 増倉が丁寧に説明する。

 分かりやすかったので思わず同意してしまう。


「ちょっと誘導尋問よ。楽しいのも大切だけど、演劇には大変なところもあるって知ってもらわないと結局辞めてく人が出てくるわ。だったら感動する劇やって演劇の凄さを知ってもらった方がいいわ」


「なるほど、確かに」


 椎名がすかさず反対意見を言う。

 楽しさではなく凄さか、それもいいな。

 実際、演劇部の練習は大変だ。暗記するまで台本を読み、何度も何度も同じ動作を繰り返し、駄目だしを言われてはその動作を直す。トライアンドエラーをし続けるその様は、まさに拷問である。

 その分、劇の達成感は半端ないのだが。


「で、杉野はどっち?」


「ん?」


「だから、結局杉野は私と香菜のどっちの意見に賛成?」


「そうね、私もそれ聞きたいわ。いつまでもどっち付かずでは困るわ」


 え、何その究極の二択。


 俺さっきどっちでもいいって言ったんだけど!?


 ダメなの!? どっちか選ばないとダメなの!?


 どうする俺!?


 俺が必死に悩んでいると、教室のドアが開く音が聞こえた。

 ちらっと視線をやるとそこには夏村がいた。


「ああ、もう九時か。杉野、お前早くトイレで着替えて来いよ」


 ナイスだ樫田!


 俺は心の中で感謝し、すぐに行動した。


「そ、そうだな。ちょっくら着替えてくるわ」


 鞄を持ち、早々に廊下に出た。

 女子二人が何か言いたそうだったが、何も見なかったことにした。

 夏村とすれ違った時、小声で言われた。


「ね、疲れたでしょ」


 ええ、その通りでございますよ。

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