4.三大勢力


「陰の支配者だと? 馬鹿を言うんじゃない。貧民街に出現した黒龍を倒せる者がいるはずがないだろ」

「では、黒龍の消滅と死者ゼロをどう説明するのですか」

「……それは」


 宰相を中央に置き、左右に権力者が座る。

 聖教会と冒険者ギルド、王国の三勢力が集まり、その場で会議していた。


 聖教会の代表として、ジャンヌは王国の勢力である宰相に問い詰めた。


「……そもそも、あれを解き放ったのは宰相、あなたの右腕であるエラッド様であるはず」

「エラッドのやったことが間違いだと言うのか!」

「危険だと言っているのです。下手をすれば、被害は貧民街を超えて王都にまで及んでいた恐れがありました」

「ふん……っ! 暴力でしか物事を考えられぬ集団の言いそうなことだ」

「侮辱ですか?」


 一触即発であることは誰の目から見ても明らかだった。

 そこに、新たに冒険者ギルドから派遣されたギルドマスターが現れた。


「ったくよぉ、辛気臭いんだよ。ここは」

 

 荒々しく、筋骨隆々でまるで男のような風貌をした女が居た。

 そのくせ髪型は長く胸はデカい。


「……野蛮人め」

「んだよじいさん。喧嘩売る相手間違えてるぜ? そこの聖騎士と違ってあたしは容赦ねえぞ」

「……あなたが、新しい王都のギルドマスター」

「あぁ、一番上から命令されて仕方なくな。見たところ、てめえが聖剣を使うっつうジャンヌか」

「はい。前のギルドマスターはどうされましたか」

「前の……? あぁ、あの自己保身しかなかったブタ野郎か」


 ジャンヌからすれば、前のギルドマスターは扱いやすかった。

 自分のことしか考えていなかった人物であったため、少しでも損をさせると思わせれば、こちら側についていた。

 しかし、この新しいギルドマスターは損得勘定で動くようには見えない。


「殺した」

「……はい?」

「本来は左遷だったが、裏取引の賄賂、高ランク冒険者へ忖度、その他諸々を考えても左遷はあめえってな。あたしがソイツを殺す条件でここに居るのさ」

「……何であれ、血の匂いが鼻につくので離れてください」

「あぁ? てめえだってぷんぷんするだろ。人殺しの匂いがよ」

 

 三大勢力は非常に仲が悪い。

 決して結託することはない。

 

 唯一、貧民街という存在を除いて。


 今回の議題は貧民街に現れた謎の人物。

 『陰の支配者』の処分についてだった。噂でこそ色々と耳に入ってくるものの、詳細はいまだに知られていない。

 貧民街の住民は口が堅く、そう簡単に話すことはない。

 みな、ニグリスが好きであるからこそ、当然の行動であった。

 

「ところで聖騎士団長さんよ、てめえの妹はどうした」

「……あなたには関係がないと思うのですが」

「ベッタリしてただろぉ? いつも一緒に居て気色悪い。見なくなったなんて変だよなぁ?」

「……問題はありません。アレに何かあれば私が斬ります」

「あっそ、つまんねえの」


 ジャンヌは悟られぬよう、顔を作る。そのお陰で興味を無くした新しいギルドマスターは席を外す。

 知られてはならない。

 

 ジャンヌの妹、アルテラが数日ほど行方不明であること。

 全面的に捜索したいものの、行方不明と知られれば聖教会がアルテラの殺害を命じることを分かっていた。


「会議は終わりだな。ワシも席を外す」

「まだ終わってませんが?」

「ワシが終わりと言った。陰の支配者なぞ、さっさと殺してしまえ」

「……そうですか」

「おっそういえば、エラッドからこれを預かっていた」


 一枚の手紙を渡される。

 これは……? と眺めていると宰相は“エラッド”と同じように笑った。

 だがそれは一瞬で、目の錯覚ではないか、とジャンヌは思う。


「はて……? ワシにも分からぬ」


 宰相は不思議そうな顔をして帰っていった。


 手紙を開き、ジャンヌは内容を見る。

 内容を理解した時、その手紙を握り潰した。


「……狐ジジィ」


 その手紙には、アルテラの居場所が書いてあった。


 *


 堅守のドラゴンはふと目覚めた。

 その日はやけに月が明るかった。あと数時間もすれば日が昇るだろう。


 頭のおかしい少女に壊された家は何とか修理できて直った。

 満足そうに眠っていたのに、変な匂いで起きてしまったのだ。


 何かが腐っているような匂いがする。

 

 だから、違和感を探すため、森を見渡していると少女がいることに気付いた。


 ……ベヒーモスに襲われている。


 人間が死ぬことなんて珍しくはない。

 でも、大抵は武装していて殺し合いだ。


 ……武器も何も持っていない少女を殺すことは、堅守のドラゴンの主義に反する。


 戦いは平等でなければならない。

 その気持ちが強い堅守のドラゴンは、なぜか少女を助けてしまった。


「ドラ、ゴン?」


「ガゥゥッ!」

「ブフゥッ!!」


 ベヒーモスとの戦闘は一瞬だった。

 圧倒的な実力差と体格差。これが本来の勝者の気分だ。


 最近は負け続きで、ストレスが溜まっていた堅守のドラゴンはベヒーモスを吹っ飛ばした。


「ガゥゥゥッ!」


 おりゃー! とも読み取れるように声帯を震わせる。

 気分が良くなってドヤ顔をしていると、飛ばした先が自分の家であることに気付く。


 悲惨にもベヒーモスの下敷きになってしまった家に泣いてしまう。


「……ガゥ……ガウゥゥ」


 壊れてしまった。

 せっかく直した家がまた壊れてしまった……。

 

 頭のおかしい少女に壊された家が。

 

「……助けて、くれたの?」


 手袋をしていて、薄い青色の髪をした少女が傍に来る。

 堅守のドラゴンは首を横に振り恥ずかしがる。


 そして、少女は堅守のドラゴンに寄りかかるようにして倒れた。


 あわあわと堅守のドラゴンは慌てて、どうすればいいか悩んだ。


 そうだ! あの強い治癒師の所に連れて行けばいいんだ!


 賢いドラゴンは、また褒めてもらえるかもしれないと喜んで大きな翼を広げた。

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