32.閑話~アリサのお料理教室~


 街の復興が進む中、彼女ら三人。フェルス、アリサ、フローレンスは屋敷に集まっていた。


 女子会となれば、本来はもう少し柔らかい雰囲気でもいいはずが、不仲であるフェルスとフローレンスのせいでお世辞にも楽しそうには見えない。


「……アリサさん、どうして彼女を呼んだんですか?」

「せっかくニグリスに何かお礼をしようってなったのなら、誘わないとね」

「妾はこのエルフの小娘に抜け駆けされたくないだけじゃ」


 フェルスは腕を、フローレンスは足を組んで睨みあう。

 仲の悪い理由は分かっている。フローレンスがニグリスに色目を使うことが許せず、フローレンスもフェルスが傍にいることを許せないのだ。


 アリサは半眼としたまま面倒臭そうに続ける。


「あんたら少しは仲良くしなさいよ……」


 溜息交じりに口を開く。

 復興は進んでいるものの、あまり遊んでいる暇はない。

  

 魔法陣と言い、大貴族の存在と言い、厄介事は多いのだ。


「まずニグリスは物やお金に頓着がないから、じゃあ何をすれば喜ぶかって話なんだけど……」

「膝枕ですね」

「妾じゃな」


「「……」」


 バチバチに目線でやり合っている間から、空気を読まずアリサが声を張り上げた。


「ふふんっあんたらは女子の何たるかを知らないのね! 女子と言えば、料理とか乙女らしさよ!」

「……アリサさん料理出来るんですか?」

「当たり前よ」

「妾は出来んのじゃが……」

「勝ちましたね」


 フェルスは毎日ニグリスの食事を作っている。

 美味しい料理を作る研鑽は重ねていた。


「な、なんじゃと!? わ、妾が料理如きで負けるはずなかろう!」


 ぐぬぬ、と悔しがるフローレンス。

 フローレンスは奴隷として育ち、己の手腕で貧民街の女帝にまで上り詰めた。そのため、料理なんて女の子らしいことはしたことがない。


(フェルスってニグリスのことになると本気になるのよね……)

 

「じゃあ、あたしが料理を教えてあげる」

「よいのか!?」

「あたしは大人のレディよ? 任せなさい!」

「やめておいた方が良いと思うのですが……」


 フェルスだけは知っている。

 アリサは人に物を教えるのが極端に苦手なのである。

 そして、頭がおかしい。


「もしや、ニグリス殿が惚れてしまうほどの料理を作られてしまうのか、と怖いのか?」

「……良いでしょう。そろそろ白黒を付けるべきだと思っていましたし」

「ってことは決まりね! さっそく開始よ!」


 *


 屋敷の外。フローレンスはアリサに連れられてやってきていた。


「魔法使いの娘、なぜ外なのじゃ? 料理は室内ではないのか?」

「あたしの料理は特別なのよ。まずは魚を用意して……」

「魚料理か! ほほう、一体どうするのじゃ?」


 興奮して表情を明るくしてしまう。

 なんじゃなんじゃ、このワクワクは!


 刺身かの? それとも煮つけかの?

 

「両手を空に掲げて」

「え?」

「ほら、早く」

「こ、こうか?」


 アリサに言われた通り、ぐっと手を伸ばす。

 何も起こらない。

 これには何か意味があるのじゃろうか……?


 も、もしや……料理に対する祈りか!?


 確かに他文化で「いただきます」や「ごちそうさま」という文化があるそうじゃ。

 ニーノ人特有の文化があって、それをすることで料理がさらに美味しくなるんじゃな!?

 分かるぞ、妾は分かるぞ!


「火の神様! ファイアボールの神様! この祈りを捧げます……ほら、一緒に言って!」

「い、言うのか……? ひ、火の神様! ファイアボールの神様! この祈りを捧げるのじゃ!」


 ……?

 こんなことをするの文化あったじゃろうか。


「この魚たちを、美味しくしたまえ~」

「こ、このさかにゃたちを! 美味しくしたまえ~!」


 無気力な感じで言うアリサに対して、恥ずかしくなって噛んでしまう。

 なぜ妾がこんなことをしておるのじゃ!


 い、いや……きっと意味があるのじゃ! これをすることで、ニグリス殿に喜んでもらえるのじゃ!


「ファイアボールッ!!」


 無慈悲にも食材の魚に直撃する。

 ファイアボールを喰らった魚は残酷な姿となり、真っ黒であった。


「何やっておるのじゃ!?」

「何って、料理」

「料理!? えっこれが料理なのか!?」

 

 何言ってんだこいつ、みたいな顔をされる。 

 妾が悪いのか!? これは何処からどう見ても料理ではなくないか!?


「この黒いのがシャリシャリして、苦くて美味いんじゃん」

「それは焦げてるというのじゃが……っ!」


 分かったぞ。

 この娘、頭がおかしい!


 だ、ダメじゃ……これではニグリス殿に嫌われてしまう!

 しかもニグリス殿をあのエルフの小娘に取られてしまうっ!


 ダメじゃダメじゃ!


「えー、これダメなの?」

「ダメじゃ! べ、別の案を考えねば……っ!」

「じゃあ乙女らしいことすれば? 女の子っぽいって思わせれば、男なんてイチコロよ」

「お、乙女らしいことじゃな……」


 結局、フローレンスは市場で買ったクッキーと手紙を書いてお礼を伝えることにした。そのことが恥ずかしすぎて、数日ほど顔を合わせられなかったことは言うまでもない。


 フェルスは無難に手作りクッキーをプレゼントした。


「……アリサ? これはなんだ?」

「魚」

「いや、真っ黒なんだが……」


 

 


 

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