11.堅守のドラゴン


 堅守のドラゴン。

 討伐難易度:SSランク。


 冒険者ギルドでも討伐できないと諦めたモンスターを、俺達は相手することになってしまった。

 

 咆哮が響き地面が揺れる。

 フェルスやアリサの顔が引き攣っていたことは、俺から見てすぐに分かった。


 逃げることはできない。

 あの大きな翼の速さに追いつかれる。


 堅守のドラゴンは皮膚が硬く、生半可な剣や魔法じゃダメージどころか怯みもしない。

 ただ硬い。だが、分かりやすい強さだ。


「に、ニグリス様……お逃げください……っ! 私が時間を稼ぎます!」

「や、ヤバいっ! 初めてファイアーボールの深淵を覗いたって言うのになんでこうなるの~!」


 絶望。

 だが、俺はそんな二人と違ってあまり悲観的に見てはいなかった。


「面倒臭い……」

「ニグリスはなんでそんな余裕なのよ~!」

「堅守のドラゴンとは戦ったことがあるんだよ」


 二人の顔色が変わる。

 元のSランクパーティーに居た頃、リーダーのアゼルが調子に乗ってドラゴンを討伐しに行った。

 俺はやめるべきだと進言したものの、言う事を聞かないアゼルは挑み敗れた。

 思い返しても馬鹿だと思う。俺が居たとしても、アゼル達が死んでいた可能性があったからな。


「……怒って周りが見えてないみたいだ。落ち着かせるぞ」

「お、落ち着かせるって……? 冗談でしょ? 私達まだDランク冒険者よ!? どう戦うって言うのよ!」


 あの時の俺は、治癒と支援に必死で余裕がなかった。でも、このメンツなら多少は違うだろう。


 なら、早く終わらせられるな。


「殴る」

「ねぇ、ニグリスって脳筋だったの!?」


 失礼な。

 誰が治癒師は後衛職だと決めた。


 治癒の使いようによって、治癒魔法は無限の可能性がある。

 俺の自信をフェルスが信じたようで、笑顔で頷き魔法で身体強化を行う。ヘイトを集めるべく素早く前に出た。

 

 堅守のドラゴンはフェルスに攻撃を仕掛け、俺達には見向きもしない。

 

 ヘイトを買うだけで手一杯のはずだ。時間は掛けたくない。


「【重着治癒(レイヤードヒール)】」


 純粋な魔法はアリサの方が上。単純に治癒魔法が得意なだけの俺に出来ることは、一つ。


 戦う意思が伝わったのか、アリサが杖を天高く構えた。


「ああもう、当たらないでよ! あんたらのこと死なせたくないんだから!」


 堅守のドラゴンは気づいていない。

 さっきのファイアーボールよりも、さらに気持ちの籠った魔法。


「ファイアーボール!」


 堅守のドラゴンは、真上より飛来する火球に気付かず、脳天に直撃した。

 周辺の木々がなぎ倒され、砂埃が舞う。


 それでも、すぐに起き上がり怒りを強める。


 重着治癒(レイヤードヒール)の神髄は攻撃力でも治癒力でもない。

 重ねた治癒によって、強靭な肉体となる防御力。これこそが最も強い攻撃となる。


 地面に叩き落されたドラゴンの頭部をぶん殴る。


 フェルスの囮、アリサの魔法により叩き落し、俺が止めを刺す。

 まだまだ発展途中にしろ、最強のパーティーになると思った。


「ほ、本当に堅守のドラゴン倒しちゃった……」


 アリサが口を開いたまま茫然としている。

 話の通じない子だと思っていたが、やはりそういう素振りをしていただけで、根は普通の子だ。

 てか、まだ自分の魔法が信じられていないのか?

 まぁいいか、とドラゴンに触れる。


「治癒(ヒール)」

「あんた何やってんのぉぉぉっ!」

「何って、ドラゴンを治癒しているんだが?」

「さっき襲ってきた相手でしょ!? 治癒なんかしたら、また襲ってくるに決まってる!」


 アリサの意見はもっともだった。

 モンスターを治癒するなんて前代未聞。冒険者としても愚行に他ならない。


「自分の巣を攻撃されたら誰だって怒る。襲ってきたから、と一方的に殺すなんて可哀想だろ」

「そ、そうかもしれないけど……」

「それにコイツは森の守護者だ。コイツが居なければ、馬鹿な冒険者は奥に行って死ぬかもしれない。コイツが居るから、冒険者は奥へ潜らないんだ」

 

 納得しきれないアリサに、フェルスが優しく諭す。

 ドラゴンを討伐した、なんてSSランクになってもおかしくない功績だ。言いたいことも分かる。


「アリサさん。ニグリス様はそういうお方です。目先の利益などではなく、未来を見据え、誰よりもお慈悲を持っている方なんですよ」

「そ、そうだったの……? だから、ドラゴンも殺さないの?」

「いや、単純に持って帰るのが面倒だろ?」


 アリサは混乱したのか、頭の髪の毛を掻く。

 優しいのか、面倒臭がりなのか分からないのだろうな。


 どっちも本音だ。

 フェルスがやけに持ち上げてくるのが少し重いけど。


 気が付いた堅守のドラゴンは、俺の顔を見て思い出したようだ。


「け、堅守のドラゴンがビビってる……ニグリスなんかやったの?」

「ん~、元パーティーに居た時コイツと戦ったんだよ。ひたすら味方に治癒魔法を掛けていたから、いくら攻撃されても倒れなかったけど、こっちの疲労で最終的に負けっていうのがあったな」

「それじゃないの……?」


 あれは疲れたな。数日ほど筋肉痛で身動きが取れなかった。

 ドラゴン視点で考えると、いくら攻撃しても死なないゾンビ兵が襲ってくる感じか。言われると怖いな。

 めっちゃ仕事してたのに、荷物持ちまでさせられたことは少しくらい恨んでもいいよな。


 堅守のドラゴンの怯えを少しでも和らげたくて頭を撫でる。


「ついでに古傷も治しておいた。気を付けて帰れよ」


 そう言うと何度も頷いて、羽ばたかせて巣へ帰っていった。

 ドラゴンの乱入もあったが、こちらの怪我もなく帰れそうだ。


 その帰路の途中、アリサが足を止めて俺に問いかけた。


「ねぇ、ニグリス」


 俺達は振り返り、外套に身を包むアリサの言葉を待った。

 

「私に、仲間になって欲しいんでしょ?」

「まぁそのつもりだけど、嫌ならいいんだぞ」

「ううん、こっちからお願いしたいくらい。だけど、その前に一つ知りたいことがあるの」


 条件。あぁ、報酬の分け前とかだろうか。俺は今のところ困っていないから、五分でいいか。

 そういえばフェルスにお金とか考えてなかったな。

 後で考えよう。

 

「Sランクパーティー、銀の翼シルバーウィングを追放された理由を聞かせて欲しい」

 

 頬を掻いた。

 なんか胃が重く感じるな。

 

 しかし、仲間である彼女に黙っていることは確かにおかしい。


 聞きたがっているのなら話すべきなんだろうけど、嫌だなぁ。


「……ニグリス様。お辛いことは存じておりますが、私も聞きたいです」

「フェルスもか」


 ……仕方ない。

 あまり思い出しくない記憶も多いが、避けては通れないだろう。

 真の仲間は、悲しいことや辛かった過去も共有しておくべきだしな。


 

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