第二章
第55話 港街ヘクイル
「この高台を登れば、そろそろ港街ヘクイルが見えてくるはずだよ」
「うん」
魔導具技師のユンから貰った魔導四輪車を走らせて3日。
俺達は闇の精霊の手がかりを見つけるために、ラスデア王国の国境を超え、隣国のイルエド公国に入国していた。
イルエド公国にはエルフの森がある。
エルフ達は風の精霊と対話できる種族だ。
四大精霊なら闇の精霊について何か知っているのではないかと考え、俺達はエルフの森に向かっていた。
エルフの森はイルエド公国内の北西に位置しているようで、ヘクイルからはそう遠くない。
「おおー、良い景色だ」
高台から見下ろす景色は、海と平原と街が見えた。
ヘクイルには白を基調とした建物が多くある。
海は青く輝いていて、青と白のコントラストが非常に美しかった。
「……私の時代にはない景色。とても綺麗」
俺の隣で銀髪の美少女──アレクシアが感嘆のため息を漏らした。
アレクシアはラスデア王国の王都近くにあった古代遺跡の最深部で眠っていた古代種族『ルーン族』の王女だ。
出会ったばかりの彼女は古代言語『ルーン語』しか話すことが出来なかったが、努力の末に世界の国々で広く使われる現代言語『ラスデア語』もかなり話せるようになってきた。
ラスデアの隣国であるイルエドでもラスデア語は使われている。
俺と会話するときは、ラスデア語の勉強も兼ねてルーン語の使用を禁止している。
そのおかげでアレクシアはかなりラスデア語に慣れてきている。
既に俺以外の人間ともコミュニケーションが取れるようになっているだろう。
ぐぅ~、とアレクシアのお腹が鳴った。
「……お腹空いた」
アレクシアは呟いた。
「よし、じゃあ魔力を流して速度を上げようか」
魔導四輪車に魔力を流すと、速度が上昇。
凄い勢いで坂道を下っていく。
魔導四輪車の動力源は内蔵されている魔石なのだが、それとは別に運転者の魔力も動力として使えるようにルーン語を構成しているため、このようにかなりの速度を出すことが出来る。
「ヘクイルは港街だから王都とは違う料理を食べられると思うよ」
「それは素晴らしい。わくわく」
アレクシアはじゅるり、と涎を垂らした。
彼女は現代の料理が凄い好きで、王都にいるときは国王から貰った夢幻亀の報酬、白金貨1000枚を使い、毎日のように豪華な料理を食べていた。
『ノアーっ! 何してくれるのだ!』
後ろから声が聞こえてきた。
振り向くと、ファフニールがこちらに向かって飛んで来ていた。
『あれ? どうしたの?』
『どうしたじゃないわ! お前の頭で寝ていたら急にスピードを出しおって! おかげで我はお前の頭から吹き飛ばされてしまったのだぞ!』
『あー……ごめん』
『まったく、今度からはちゃんと我を起こしてからスピードを出すのだぞ』
ファフニールは追い付いて、俺の膝の上に座った。
『あはは……気を付けるよ』
俺は苦笑いを浮かべて、ファフニールに謝罪した。
「ファフニールはなんて言ってたの?」
アレクシアはそう尋ねてきた。
ファフニールは魔物の言語で普通の人は理解することが出来ない。
だけど俺だけは【翻訳】の才能のおかげでファフニールや他の魔物達と会話することが出来るのだ。
「寝てるときに急にスピード出すなって怒られたんだ」
「それはノアが悪いわ。でも、気付かなかった私も同じ。ファフニール、ごめん」
どことなくしゅん、とした雰囲気のアレクシア。
表情の変化はあまりないが、雰囲気で彼女の感情はある程度読み取れる。
たぶんこれは俺よりも反省している。
『ふむ、ノアよりアレクシアの方が反省してそうだ。ノアと違ってアレクシアは良い子だな』
「アレクシアは良い子だってさ」
「うん。ありがとう、ファフニール」
こんな風に会話をしていると、アレクシアとファフニールはまるで家族のようだと思う。
一緒にいるだけで幸せな気分になる。
そんな仲間がいるのはとても幸福なんだろう。
さて、ちらほらと前方の街道を歩く人や馬車が見えてきた。
邪魔にならないようにスピードを落とそう。
◇
港町ヘクイルに到着した。
街の規模が大きいため、ここからでは港と結構距離がある。
街の様子はとても賑やかだ。
通り過ぎていく通行人の会話が耳に入ってきた。
「今年は誰が最強のテイマーに輝くだろうな」
「そりゃ、やっぱりミーシャだろ!」
「まあ圧倒的だよな。3連覇目も余裕そうだ」
「くくく、今年もミーシャで一儲けさせてもらうぜ!」
通行人は愉快そうに話していた。
見ると、街の至る所で張り紙が貼ってあった。
近付いて見てみる。
「『ヘクイルテイマーズカップ開催!』……?」
あの通行人が話していたのは、多分このことだろう。
テイマーとは魔物を使役している者のことだ。
ヘクイルには『冒険者ギルド』とは別に『テイマーギルド』というものがある。
そこに所属するテイマー達が自らの従魔を戦わせ、最強のテイマーを決める大会のようだ。
ヘクイルは近隣地域からの移民がまとまって移住し、形成された街であるため、多種多様な種族が暮らしている。
テイマーが多いのは、ヘクイルの人々が種族間の争いを避ける為に異なる文化を受け入れていたからだ。
そのため魔物を使役することに嫌悪感を示す人々は少なく、他の街よりもテイマーの数が多いのだろう。
『ノア、面白そうな大会じゃないか。我は参加してみたいぞ』
それを見たファフニールは随分とやる気になっていた。
『面白そうだね。登録は明日の午後までみたいだし、参加できそうだね』
『よし、早速登録しにいくぞ!』
「ねえ、ノア。早くご飯」
張り紙を見ている俺達を急かすアレクシア。
『どうやら先に食事みたいだな。ギルドで食事をして、ついでに登録もしちゃおうか』
『うむ。頼んだぞ、ノア』
「はやくー」
アレクシアは待ちきれない様子だ。
「ごめんごめん、すぐいくよ」
俺はアレクシアのもとへ行くと、彼女は両腕で俺の左腕を捕まえた。
「早く行く。寄り道禁止」
「大丈夫だよ。寄り道なんてしないから」
「ダメ。ノアはたまに嘘をつく」
「そんなことないよ」
「いいから早く歩く」
「はは、分かったよ」
それからテイマーギルドの場所を街の人に聞いて、その通りにしばらく歩くと、到着した。
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