第51話 凱旋パレード

『夢幻亀が倒されたか……』


 暗い空間に水晶が浮かんでいる。


『ノア、それにアレクシアというルーン族の少女。なかなかに興味深い。ルーン族は既に滅んだと思ったが、どうやら見当違いみたいだ』


 水晶は白い光を帯びていて、ノアの姿が映っている。

 黒い外套に身を包んだ闇の精霊が水晶を覗いていた。


『ルーン魔法で夢幻亀の甲羅を消すことは不可能だ。となると、あの能力は世界の書か。ならば目的と方針を変えた方が良いだろう。ノア達を狙う方が一つずつ国を滅ぼしていくよりも都合がいい』


 結論に辿り着いた闇の精霊は水晶を握りつぶした。

 水晶は粉々になり、パラパラと光の粒が落ちていく。


『……クックック、世界の書の所有者はノアならば手に入れるのは容易い。そして、世界の書を我が物にしたとき──世界は滅びるだろう』



 ◇



 夢幻亀を討伐した後、俺は多くの人達からの称賛を浴びながら帰路についた。

 夕方ぐらいにユンの屋敷に戻ってきて、やっと落ち着けそうだった。

 リビングのソファーに俺とアレクシアは疲れ果てた様子で座っていた。

 ファフニールも俺の膝の上でうつ伏せになっている。

 扉が開いて、ユンがやってきた。


「みんなすごいわ! 大活躍だったみたいじゃない! もう街中でノアのことが噂になってるわよ!」

「俺の噂……?」

「ええ。ラスデアの英雄現る! って感じで冒険者達が語ってるわ。夢幻亀を倒したことでどこもお祭り騒ぎね。なんと明日からは凱旋パレードが開催されるらしいわ!」

「はは、それは楽しそうだな」

「あれ、他人事? その凱旋パレードの主役はノア達よ?」

「……ん? 主役?」

「なに驚いた顔をしてるのよ! ノア達以外に務まる人いないでしょ」

「そうなのか……」

「ええ、もちろん! 明日は忙しくなるわね! 今日の内にゆっくりと身体を休めておきましょう!」


 凱旋パレードか……。

 初めて参加する行事だ。

 とても愉快で楽しそうではあるのだが、その主役が俺とはなんだか複雑な気分だな。


『ねえノア、ユンはなんて言ってるの?』

『明日は凱旋パレードがあって、その主役が俺達なんだとさ』

『凱旋パレード? それはなに?』

『戦いに勝ったことを祝う行事みたいなものだね』

『なんだか楽しそうだわ』

『とても愉快で賑やかな行事だと思うよ』

『……美味しいもの食べれるかな』

『ははっ、本当にアレクシアは現代の食べ物が好きだね。沢山食べれると思うよ』

『……ふふ、楽しみ』


 アレクシアは目を輝かせた。


「しかし、本当にすごいわね! あんな化物倒しちゃうなんて信じられないわ!」


 興奮がまだ冷めない様子でユンはとてもはしゃいでいる。


「俺達だけの力じゃないさ。色んな人に助けられて夢幻亀を討伐出来たんだ」

「それでも夢幻亀討伐に大きく貢献したのは間違いなくノア達よ! ノアの功績を考えると、勲章やとんでもない額の報酬が与えられそうだわ!」

「……別にいらないな」

「あら、本当に欲がないわね。勲章だけでなく爵位なんかも与えられる可能性が高いわ。冒険者ギルドの等級も一気に上がるでしょうね!」

「冒険者ギルドの等級に関しては別に問題ないと思うんだけど、爵位とか貰って貴族になったりしたら色々面倒事が多そうだなぁ……」


 世界を旅して回るという当初の目的から外れてしまう。

 それに……今回の一件は闇の精霊が関与している可能性が高いとみている。

 もしそうだとすれば、夢幻亀を討伐したところで何も変わらない。

 闇の精霊を倒さなければ根本的な解決にはなっていないのだ。


「まあノアは冒険者だものね! 貴族社会はめんどくさいことも多いから、もし爵位の授与があったら辞退すればいいと思うわ」

「それじゃあ、もしそうなった場合は辞退させてもらおうかな」

「……ええ。もう今日はゆっくり休むといいわ」


 ユンはアレクシアを見て、微笑むと小さな声で話した。

 俺も同じくアレクシアに視線を移してみる。

 スー、スー、と眠りについていた。

 アレクシアだけでなくファフニールも同じように疲れて眠っていた。


「……そうだな」


 こんなとこで寝ていたら風邪をひいてしまいそうだ。

 せっかく明日は凱旋パレードでアレクシアも楽しみにしているんだから。

 アレクシアとファフニールをベッドまで運んだ。

 そして、俺もそこで糸が切れたようにベッドに沈んでいった。


 翌日、ユンの屋敷の前に大勢の馬車が並んだ。

 このあたりの連絡などはユンが全部やってくれたみたいだ。

 何から何までユンにはとても世話になっているな。


 馬車には各騎士団、魔法師団の代表が乗っていた。

 学師達もいて、手にはラッパを持っていた。

 ほとんどは師団長が出席しているのだが、第2魔法師団だけは違っていた。

 多分副師団長だろう。


 俺とアレクシアは最後尾の屋根のない豪奢な馬車に乗る。


「ノアとアレクシア! 楽しんできてね!」


 下でユンが手を振って見送っていた。


「ああ、楽しんでくるよ」

「うんうん! そんな感じで国民達に手を振ってあげるといいわ!」

「分かったよ。ありがとう」


 確かに凱旋パレードってそんなイメージがあるよな。

 まあその場の雰囲気に合わせていこう。

 きっと、こういうのは適当に楽しんでおけばいいんだ。


 馬車はある程度王都を回って、最終的にラスデア城に着くみたいだ。

 楽師達はラッパを奏でた。

 愉快な音色が周囲に響く。


「この国を守ってくれてありがとう!」

「騎士団、魔法師団、すごいぞー!」


 屋敷からしばらく馬車を走らせていくと、前方から歓声が聞こえてきた。

 通りに人だかりが出来ている。


『凄い歓声だな』


 アレクシアに話しかける。


『みんな凄く感謝してるのが伝わってくる』

『そうだね。本当に夢幻亀を倒せてよかったよ』


 そして、国民達が俺とアレクシアの姿を視界に入れると、更に歓声が大きくなった。


「ラスデアの英雄ノア様、アレクシア様! ありがとう!」

「すげえー! あれがラスデアの英雄かー!」

「アレクシア様! かわいいー!」


 わー! わー! と、凄い量の歓声が聞こえてくる。


『みんな私達の名前を呼んでる。……なんだかとても嬉しい』

『嬉しいよね。俺達も手を振って、歓声に応えてあげよう』


 目立つのはあまり好きじゃないが、これはとても気分がいいものだと思った。

 人から認められるのは嬉しいことだから。

 ……父上にもちゃんと認めてもらいたかったな。

 そんな思いがよぎったが、首をぶんぶんと横に振って、考えないようにした


 そして、馬車は王都の中を回って、ラスデア城に到着した。




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