第43話 親子喧嘩

『アレクシア。少しの間、夢幻亀以外の敵の対処をしてていいかな』

『今の魔法のこと?』

『そうなんだ。どうやら穏便に済ませてもらえそうにないからね』

『分かった。その間、私が夢幻亀の倒し方を探しておくわ』

『ありがとう。助かるよ』


 俺はファフニールも同じように伝える。


『じゃあ後のことは任せたよ。アレクシアを守ってあげてね』

『それは別に構わんが、アレクシアの方が我より強いのではないか?』

『そんなことないって。頼りにしてるよ、ファフニール』

『ぐっ、我を乗せるのが上手くなったな! ええい! アレクシアは我が守ってやるわい!』


 やけくそ気味のファフニールに俺は微笑んで、視線を地上に移す。


 俺は魔法が放たれた先に急降下する。

 その人物は誰か、既に見当はついている。


「父上、まさかこの爆発に乗じて攻撃をしてくるとは思いませんでしたよ」

「絶好のタイミングだと思ったのだが、上手く避けたようだな」


 ニヤリと父は笑った。

 周囲は父の魔法に気付いていないようだ。

 それもそのはず。

 爆発で周囲は見えなかったし、轟音で詠唱もかき消されていたことだろう。


「いいえ、避けてません。水の魔法で打ち消しました」

「なんだと……!? あれは六位階の高等魔法だぞ……! 水の魔法でも打ち消すのは同等の魔法でなければならないはずだ!」


 父は驚いた表情を浮かべた。

 現代魔法では位階という序列の標示がある。

 魔法の難易度、威力によって位階は変動する。

 一位階から十位階まで存在し、序列が大きいほど、難易度、威力も大きくなる。


「そんなことよりも父上、今は夢幻亀を討伐することが先決のはずです。私を攻撃するのは夢幻亀を討伐してからでも遅くないのでは?」

「ふっ、馬鹿を言え。この戦いに乗じてノアを始末するのが最善であろう」

「始末……ですか。物騒ですね」


 憎まれているのは分かっていたが、面と向かってそう言われると、とても悲しい気持ちになる。

 俺は父上から憎まれてはいるが、尊敬はしていた。

 なにせたった一人の父親なのだから。


「悪く思うなよ。お前は生まれてきたことが間違いだったんだ」

「……そうかもしれませんね。父上が俺を憎む理由を考えれば、気持ちは分からなくもないですから」

「私がお前を憎む理由? 一体それはなんだ? お前の才能がない以外にあるのか?」

「母上が関係しているのではないですか?」

「……ほう。どうしてそう思うのだ?」

「勘です。子供ながらに色々思うところがあったのかもしれませんね」

「……勘の鋭い奴だ」

「ええ。父上の子ですから」

「……なに? 私の子だと……? そんな訳あるものか。お前は魔法の才能が……」

「アルデハイム家の屋敷に生まれていなければ使えてなかったでしょうね」


 隠し書庫が無ければ今頃どうなっていただろうか。

 今のように自由な生活を送るのは難しかったかもしれない。

 それに、ファフニールやアレクシアとも出会うことはなかっただろう。


「……どうしてアルデハイム家の屋敷が出てくるのだ?」

「父上は存じておりませんか? 隠し書庫の存在を」

「隠し書庫だと……!? まさか……見つけたとでも言うのか!」


 父上は怒鳴った。

 周囲の魔法使い達も何事か、とこちらを見ていた。

 そして、父上は隠し書庫の存在自体は知っているような口振りだった。


「はい。だから私が使っているのは古代魔法です。だから魔法の才能なんてものはありません」

「古代魔法を使っている……? バカげたことを……!」

「じゃあ見せてあげますよ。父上に俺は倒せないことを証明しないと怖いですから」


 この挑発は俺なりのお返しだった。

 父上、悪いね。

 少し遅めの反抗期だよ。


「ノア! 貴様ッ!」


 激怒する父上に俺は古代魔法を詠唱する。


「《隔絶空間》」


 景色は一変した。

 上下左右、どこを見ても白い不思議な空間が広がる。

 此処に存在するのは俺と父上だけだ。


「なんだこれは……! これが古代魔法だと言うのか……!」

「はい。異次元に空間を作成し、それを結果で覆いました」

「だ、だからどうしたッ! 周囲に人の目がなくなったのなら私としては好都合でしかない! ここで貴様を始末してやるわ!」

「ええ。それじゃあ先手は譲ってあげますよ。これが俺に出来る唯一の親孝行です」

「図に乗るなッ! ──紅蓮の爆発。原初の炎が全てを包み込む。炎の八位階・バーニングインパクトォォッ!」


 父上は力強く現代魔法を詠唱すると、爆炎が俺を包み込んだ。


「……くく、はははっ! どうだノアよ! これが私の魔法だ! 古代魔法が使えるからといって調子に乗りすぎたな!」


 勝利を確信した父上は高らかに笑う。

 そして、煙が薄れていくにつれ、人影が露わになっていく。

 それに伴って、父上の表情は次第に青ざめていった。


「──分かりましたか? これが俺と父上の差ですよ」


 俺が父上の魔法を防いだのは《魔力障壁》を無詠唱で使ったから。

 無詠唱はかなりの精度で使うことは出来るようになってきたが、たまに失敗してしまう。

 だから今回失敗していれば父上の勝利だった。

 危ない橋を渡る必要もないが、どうせなら出来る限り公平な戦いをしたいと思ったのだ。


「あ、あり得ない……。私の全力である八位階の魔法を容易く打ち破るなんて……」

「父上、俺を倒すのは諦めてください」

「……ククク、諦めるものか。貴様は私がどんな手を使ってでも始末してやる! それが嫌ならやられる前にやるのだな!」

「──そうですか、ではそうさせてもらいます」


 なぜか、スーッと気持ちが落ち着いた。

 どこかでまだ父上と和解できると思っていた。

 だが、想像以上に父上は俺を憎んでいるらしい。

 だから父上の言うようにやられる前にやるしかない。


「《記憶消去》」


 父上は意識を失い、地面に倒れた。

 俺がしたことは単純だ。

 父上の俺に関する記憶を全て消した。

 これでもう俺を憎む必要はなくなる。


「さようなら、父上」


 その言葉と共に俺は《隔絶空間》を解除した。

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