第14話 大海蛇《シーサーペント》

「《空歩》」


 俺は《空歩》を詠唱して、湖の上を歩き、結界のもとへ移動した。

 他人が展開した結界を見るのは初めてだった。

 手で触れてみると、ビリッと痺れるような衝撃が走った。


「迂闊(うかつ)には触れない方が良さそうだ」

『この結界は何のためにあるのだろうな。中の様子は一切分からんが、侵入する方法はないのか?』

『外部からの侵入を拒むものが結界だからね。それに結界があることを悟らせないように隠蔽までしているから、一筋縄にはいかなそうだよ』

『ふん。これぐらいの結界なら我でも壊せるわ』


 ファフニールはそう言って、青い火炎を吐き出した。

 俺と戦ったときに見せた攻撃だ。

 しかし、青い火炎は結界に弾かれてしまった。


『……壊せないとはな』


 しょんぼりとするファフニール。


 あの青い火炎はかなりの威力だが、それでも壊すことが出来ないほどの結界。

 間違いなく、何かが起こっていると直感が告げていた。

 結界内部に一体何があるのだろう。

 

 妖精がいない原因を探るヒントはこの結界ぐらいしかない。

 どうにかして結界を解除する方法を探らねばならない。


 ……ん? 待てよ。

 俺はしばらくこの結界を観察していると、あることに気付いた。


「これは──古代魔術によって展開された結界だ」


 古代魔術は古代文字(ルーン)を組み合わせることにより、発動する魔術だ。


『どうして分かるのだ?』


 ファフニールは興味深そうに尋ねてきた。


『……説明出来ないんだけど、間違いなくこれは古代魔術によって展開された結界だよ』


 この結界が古代魔術で展開されていることが何故分かったのか。

 それを言語化することは難しかった。

 なにせ今まで俺は言語というものを自然と、息をするように理解してきたのだ。

 古代魔術、古代魔法の元が言語である以上、理解出来てしまうのは理に適っている、としか言いようがない。


『ノアが言うのならそうであろう。古代魔術を使っているのなら、我の攻撃を弾かれたのも納得が出来るからな』

『うん。ここまで綿密で高強度な結界を古代魔術で展開するのは見事だね』

『そうか……。我には何も分からん。それでこれからどうするのだ? 結界を何とかせねば原因は掴めないままだぞ』

『大丈夫。ちゃんと解決策は既に考えついているよ』

『ほう。頼りになるな』


 この結界が古代魔術によって展開されているのなら、どこかに古代文字(ルーン)が記されているはずだ。

 古代文字(ルーン)を書き換えれば、結界の効果を消すことが出来るだろう。

 記されている場所はどこか。

 見つけるために俺は《魔力分析》を詠唱した。


 結界は大きな青紫色の光を帯びていた。

 とんでもない量の魔力が込められている。

 そして、結界の魔力の流れを追うと、根源は湖の底にあることが分かった。


『一旦、湖の底まで潜ってくるよ』

『それなら我が潜ればよかろう』

『いや、これは俺じゃないと意味がないんだ』

『ふむ。それが解決策というやつか』

『その通り』


 俺はニコッとファフニールに笑いかけた。


「《風の羽衣》」


 《風の羽衣》は自身の周囲を風の結界で覆う古代魔法だ。

 これなら水の中でも息が出来る。

 加えて《空歩》も水中で使用することが出来る。

 この二つは実に汎用性の高い古代魔法だ。


 それから降下し、湖に潜水していく。


 水中の中は、結界の光によってある程度視界は良好だった。

 しかし、それなりに深い湖だ。

 底の方は暗い。


 視界の端で急速にこちらに向かって泳いでくる物体を捉えた。

 そちらに身体を向けると、大きな蛇の魔物が身体を畝(うね)らせて襲いかかって来ていた。


 ……なるほど、コイツが結界の守護者ってわけか。

 蛇の怪物は大きな口を開けて、迫って来た。

 口の中に魔法を放てば、倒せるはずだが、詠唱する隙は無さそうだと判断し、一度攻撃を回避する。


 無詠唱で魔法を使っても良かったが、既に古代魔法を二つ並行して使っている状態で、3つ目の古代魔法を無詠唱で使用するのは身体に負荷がかかりすぎる。


 一旦、形勢を立て直す。

 襲ってきた蛇の魔物を観察する。

 魔物はシーサーペントだと分かった。

 シーサーペントは通称『大海蛇』と呼ばれている強力な魔物だ。

 しかし、生息地は主に海洋である。

 ここは、淡水湖のため普通なら生息出来ないはずだが……。


『クックック、馬鹿な人間め……! が支配するこの湖に不用意にやって来るとはな……!』


 この声はシーサーペントのものだろう。

 ファフニールと同じように会話をすることが出来るようだ。

 ファフニール以外の魔物の声を聞いたのは初めてだ。

 一定以上の知能がある魔物とは会話を交わすことが出来るのか……?


ってなんですか?』

『……な、なに!? 今お前……俺様に話しかけてきているのか?』


 シーサーペントの動きが止まった。

 俺も同じように動きを止め、向かい合わせになった状況で対話をする。


『はい。何故か俺は魔物と話すことが出来るんですよ』

『ッハ、聞いたことねえがどの道お前はここで俺に喰われて死ぬんだよ! 残念だったな!』

『……そうですか』


 いや、待てよ。

 確かシーサーペントはA級の魔物だ。

 つまり、ファフニールよりも実力は低いはず。

 だから俺の古代魔法を見せれば、ビビって戦意喪失してくれるかもしれない。


『イッタダキマァーーースッ!』


 シーサーペントは大きな口を開けて、高速で襲いかかってきた。


『そういうことなら容赦しないよ──《魔力衝撃》』


 水中で使える魔法は限られてくる。

 だが、魔力で衝撃を与える《魔力衝撃》ならば水中でも難なく使用することが出来る。

 なにせ魔力は大気中、水中、どちらでも同程度の伝達力があるのだ。


 ボンッ!


 波が起き、シーサーペントは水中にも関わらずぶっ飛んでいった。

 

 ドンッ!

 

 壁にぶつかり、シーサーペントは水面に浮かび上がった。


 ……もしかして、魔力を込めすぎてしまったか?

 ファフニールのときより手加減してやるべきだったな……。

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