第12話 不治の病

 日が暮れ、カールさんの仕事が終わった後に俺たちは合流してカールさんの娘さんに会いに行くことになった。

 冒険者ギルド内の椅子に座りながらカールさんを待つ。


「ノアさん、すみません。長い間お待たせいたしました」


 仕事が終わったカールさんは慌てた様子でこちらに小走りで来た。


「いえいえ、気にしないでください。それじゃあ行きましょうか」

「はい! 案内いたします」


 カールさんについて行き、カールさん宅に到着した。

 場所はセレナのときと同じように住宅区域の中だ。

 ここもまた、周りの民家とそう代わり映えのない建物だった。


「どうぞ、お入りください」

「お邪魔します」


 奥の部屋に進んでいくと、寝たきりの娘を看病する女性の姿があった。


「おかえりなさい貴方──あら、そちらの方は?」

「こちらはノアさんだ。カーラの病気を治してもらうのを手伝ってもらえることとなった。ノアさん、こちらは妻のサラと娘のカーラです」


 娘さんは奥の布団で眠っている。

 まだ幼い子供だった。


「ノアさん……ありがとうございます……。この度はよろしくお願いいたします……」


 カールさんの妻のサラさんは立ち上がって、礼をした。


「よろしくお願いします。じゃあ早速、娘さんを見せてもらってもいいですか?」

「はい。お願いします……! 最近はずっと寝込んでばかりで、症状は悪くなっていく一方で……」


 寝込んだままの娘さんの横に膝をつけて、症状を確認する。


「う、うぅ……」


 娘さんは寝たままうなされていた。

 汗も大量にかいている。


「寝込むようになる前は他に何か症状はありましたか?」

「……よく転ぶようになって、段々と身体が動かせないようになっていきました」


 サラさんが答えた。

 その症状を聞いて、一つの病気が思い浮かんだ。


 更なる証拠を掴むために俺は娘さんの身体に流れる魔力を調べることにした。

 生き物の身体には、魔力経絡(まりょくけいらく)を伝って、多かれ少なかれ魔力が流れている。

 それに異常があれば、今の娘さんのような症状として表れることがあるらしい。


「《魔力解析》」


 《魔力解析》を詠唱すると、視界が暗くなり、娘さんの身体に青紫色に光る何かが見えた。

 この青紫色の光は身体に流れる魔力を表している。

 普通ならば、魔力の量に関係なく、全身を流れるように光るのだが、娘さんの場合はそれに該当しない。

 所々がたまに光り出すだけで、全身はほとんど暗い状態になっている。

 つまり、魔力がうまく流れていないのだ。


「……これは魔力経絡硬化症候群(まりょくけいらくこうかしょうこうぐん)ですね」


 俺は娘さんが侵されていると考えられる病名を口にした。

 魔力経絡硬化症候群は原因不明の病だ。

 症状は次第に悪化していき、いずれ死に至る──不治の病。


「王都のお医者さんでも匙を投げたのにノアさんは分かるんですか……?」


 サラさんが言った。


「ええ。これは医学よりも魔法学の分野になると思いますので、魔法に詳しくないと病気の特定は難しいと思います」

「す、すごい……! ノアさんに頼んで正解でした……! それでそれは一体どういう病気なんですか……?」

「生き物の身体には魔力が流れる魔力経絡という組織があるのですが、娘さんは今、これが正常に動いていません。全身に流れなければいけない魔力が瞬間的に様々な箇所に飛んでしまっているのです。それでこのような状態になっていると考えられます」

「ノ、ノアさんがこの場で治すことは可能なのでしょうか……?」


 カールさんの問いに対して、俺は静かに首を横に振った。


「原因は明らかになっていませんが、当初の予定通りエリクサーを飲ませれば治せるはずですよ」


 正直、これは賭けだ。

 前例はないが、どんな病も治してしまうエリクサーなら治せる可能性がある。

 

「ほ、本当ですか!?」

「ええ。治療するならやはり妖精の花を入手するしかないですね。他の材料は揃えているのですか?」

「はい。そこに置いてある魔法袋の中に、聖水と人魚の涙と万能草を保管してあります」


 聖水、人魚の涙、万能草、妖精の花。

 エリクサーの材料で間違いない。

 カールさんは鑑定士だからちゃんと確かなものを揃えているはずだ。


「分かりました。じゃあ後は妖精の花だけですね」

「ノアさん……なんとか見つけてきて頂けないでしょうか?」

「やれるだけのことはやってみます」


 娘さんの症状は危ないところまで進行してしまっている。

 時間をかけすぎれば、手遅れになってしまうかもしれない。


「それでは明日、B級クエストを受けられるように推薦しておきます」


 事態は一刻を争う。

 クエストを受注すれば、冒険者としての評価は上がるし、報酬も得られるかもしれない。

 だが、クエストを受注するには時間がかかるだろう。

 ギルド職員の推薦があれば、等級の高いクエストを受けることを検討される。

 その時間すらも惜しい状況なのだ。

 娘さんを本気で治すことを考えるならば、クエストを受注している暇はない。


「時間が無いので、俺の方で探してきますよ」

「そ、それは無茶ですよ! 探索用の魔導具も借りることが出来ないので、探すのもままならないかと……。気持ちはありがたいのですが……」

「大丈夫です。もともと魔導具を利用することなんて考えていませんでしたから。カールさん、信じてください」

「……分かりました」


 カールさんは俺の目を真っ直ぐに見て、そう言った。


「では、今日はこれにて失礼します。見つかり次第、ご連絡します」

「「ノアさん、よろしくお願いいたします……!」」


 カールさんとサラさんは二人揃って、お辞儀をした。

 娘さんを本当に助けたいと思っている証拠だろう。

 そうじゃなければ、あのB級クエストにあれだけの報酬は出さない。


「必ず見つけてきますから、安心してください」


 俺はそう微笑んで、カールさん宅を後にした。

 外はもう暗くなっていた。


「さて、それじゃあ妖精の花を見つけようか」

『本当にノアは優しすぎるな』

『これぐらい普通だよ。あと、これから妖精の花を探しに《空間転移》を使うから俺の頭にでも乗ってて』

『ふむ。分かったぞ』


 ファフニールも今まで空気を読んで黙っていたんだろうな。

 セレナの家に行ったときはあれだけはしゃいでいたのに。

 良いやつを従魔にしたもんだ。


 そして俺は路地裏に入り、《空間転移》を詠唱した。

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