第8話 手料理

 冒険者ギルドに戻る際、俺は冒険者ギルドの状況をセレナさんに説明した。

 セレナさんが火竜討伐のクエストを受けて、ルベループ火山に向かっていたこともあり、ファフニールと対峙しているのではないかと心配されていた。


 しかし、これらの原因は全てファフニールだ。

 なのでいなかったことにすれば丸く治まる。


 だからセレナさんには火竜もファフニールもいなかった、と報告してもらう手筈になっている。

 もちろんセレナさんの証言だけを信じることは不可能なので、調査は入るはずだが、ファフニールがいなければ問題に発展することはないだろう。


 そんなわけでセレナさんには先に冒険者ギルドに戻ってもらった。

 セレナさんが後で助けてもらったお礼をしたいと言っていたので、合流するようにはなっている。

 なにやら食事をご馳走してくれるみたいだ。


 実家にいたときは感謝される経験などほとんど無かったため、こういった厚意は非常に嬉しい。


 そして今回の一件で俺の従魔になったファフニールだが、俺の周りをパタパタと飛んでいる。

 ルベループに戻ってくると、周りからの視線を感じる。

 本で得た知識だが、従魔自体はテイマーという魔物を使役する職業があることもあって、そこまで偏見がないはずだ。

 従魔契約をするための魔導具もあるぐらいだからね。

 町を歩いていると、従魔を連れている人は俺の他にもいたわけだからね。

 それでも視線を感じるということは、多分小さなドラゴンを従魔としているのが珍しいのだと思う。


 ……あ、ファフニールに従魔用の首輪を買ってあげないとな。

 使役されている魔物か見極める際に必要となるので、早いうちにに買っておいた方が良い。


 俺は冒険者ギルドに向かう途中にアクセサリーショップに寄った。

 そして銀貨10枚で従魔用の首輪を購入した。


 ちょっと値段が高かったけど、白い首輪をつけたファフニールはとても似合っていた。


『ふむ。小さい身体も悪くはないな』

『それなら良かった』

『なかなか面白いぞ。身体が小さくなった分、我の世界は広がっておるからな』

『ははは、確かに前の大きさだと建物の中にも入れないね』

『うむ。こうして人間の文化に触れてみるのも楽しいものだ』

『うんうん。その気持ち凄く分かるよ』

『おお、ほんとか!? さすがノアだな!』


 ファフニールととても気が合いそうだ。


『ファフニール、従魔になってくれてありがとね』

『む? 感謝を言うなら我の方である。従魔にしてくれて感謝しておるぞ』


 そう言っている間に冒険者ギルドに到着した。

 冒険者ギルドの受付は既に終了していた。

 冒険者登録は明日にするしかないようだ。


 ギルドの中はもう完全に酒場だ。

 冒険者たちがかなり騒いでいる。


 辺りを見回していると、セレナさんの姿を発見した。

 壁に寄りかかって、こっちこっち、と手招きをしていた。


「お疲れ様です」

「うん。そっちこそお疲れ様。とりあえず、ここで話すのもなんだから移動しましょう」

「移動? どこに行くんですか?」

「私の家よ」

「なるほど、確かに今日の出来事は公の場だと話しにくいですからね」

「そういうこと。じゃあ行きましょう」

「はい」


 冒険者ギルドを出て、ルベループ内を歩いた。

 ルベループは結構大きな街で建物が多く並んでいた。

 しばらく歩いていると、周りの建物が民家ばかりになってきた。

 この辺りが居住区域になるのだろうか。


「着いたわよ」


 セレナさんの家は一階建ての木造建築で、周りの民家と変わらないごく普通の一軒家だった。


「ほら、入って入って」

「お邪魔します」


 家の中には部屋が二つあるようだった。

 セレナさんはすぐにキッチンに向かった。


「そこの椅子に座って、待ってて。今何か作るから」


 そう言って、セレナさんは料理を始めた。


『ふむふむ、ここが人間の住処か』

『あんまり色々なところ覗いちゃダメだよ』

『そうなのか?』

『見られたくないものとかあったら嫌だろう?』

『なるほど、それもそうだ』


 そんな感じでファフニールと喋っていると、


「ノアって凄いわね。あんなに強力な魔法を使えて、魔物とも話せるなんて」


 セレナさんが話しかけてきた。


「別に凄くないですよ。魔法や魔物については、育った環境が影響しているのかな? と思ってます」

「育った環境かぁ……結構苦労してそうね。普通の生活だと、それだけの力は身につけられないだろうから」

「うーん……本を読んでいただけですね」

「本!? それだけであんなに魔法が使えるわけないじゃない!」

「そうですね、ただの本ではなかったです。読むだけで魔法が使えるようになる……そんな魔導書です」

「聞いたこともないわ……本当に言っているの?」

「聞いたことがないのも無理ないと思います。これはもう失われた技術ロストテクノロジーの一つ──古代魔法の魔導書ですから」

「古代魔法……」


 セレナさんはそう呟いた。

 なかなか信じられないことだろう。


 俺自身、古代魔法のことを言うのは初めてだった。

 実家では古代魔法が使えることは隠していたから。

 多分、父上は俺が古代魔法が使えることを知っていれば、実家から追い出すなんてことはしなかったと思う。

 でも俺はどこかで魔法とかそんなもの関係なく、認めてもらいたかった。


「ふーん、ノアってやっぱり面白いわね。良ければもっと古代魔法のことについて聞かせてほしいわ」

「構いませんよ」

「ありがとう。嬉しいわ。ちょっと待っててね、とっとと料理作っちゃうから」


 そう言って、セレナさんは手際よく料理を進めていった。


「はい、お待たせ」


 出来上がった料理は、牛肉のステーキとオニオンスープだ。

 なんとも良い香りがしてくる。


 ファフニールの食事も一緒に出してくれた。

 ファフニールは草食だと伝えておいたので、お皿には何種類かの葉物野菜がのせられていた。


 早速食べてみる。

 牛肉を一口サイズに切って、口の中に運ぶ。

 じゅわー、と肉汁が溢れてきてとても美味しい。


「……お口に合うかしら?」

「とても美味しいです!」

「そ、そう。それはよかった」


 セレナさんは嬉しそうに微笑んだ。


「それじゃあ古代魔法のことについてお話しましょうか」

「ええ。是非聞いてみたいわね。でもその前に一つ、かしこまって話さなくても大丈夫よ? 私の名前もさん付けしてくれなくても良いし、自然に話してもらって構わないわ。その話し方が楽ならそれでも良いからね」


 セレナさんの気遣いがとても伝わってきた。

 うん、もうちょっと話し方を崩してみようかな。


「……分かったよ。気遣ってくれてありがとね」

「そ、そんな気遣ってなんかないわよ。ただ、面白い話を聞く訳だからノアも気分よく話してもらえればって思っただけだから!」

「それを気遣いって言うんじゃないかな?」

「う、うるさいわね」

『この娘はノアと違って少し素直じゃないところがあるみたいだな』

『はは、そうだね』


 俺がファフニールと話しているところを見て、セレナはムスっとした表情を浮かべた。


「い、一体何を話しているのかしら?」

「セレナって少し素直じゃないところがあるよねってファフニールと話したんだ」

「そ、そんなことない! 素直だからね!」

「ははは、そうだね」

『うむ。人が良さそうな娘だ。我を見逃してくれただけはあるな』


 ファフニールは感心している様子だった。


「もう、まったく……」


 セレナは取り乱していたのを正して、自分の分の料理を食べ始めた。

 思えば、食事をしながら誰かと会話をするのは5歳以来かもしれない。

 なんだかとても楽しい気分だった。



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