第2話 追放

「ノア、成人後はこの屋敷から出ていきなさい」


 俺は父上の書斎に呼び出され、急にそんなことを言われた。

 成人したらこの屋敷を出て行かなければならないみたいだ。

 成人する年齢は15歳。

 あと3日で俺は15歳の誕生日を迎える。


「はい、分かりました」

「貴様はアルデハイム家の長男だが、次期当主にはしてやらんぞ。なにせ魔法の才能がないのだからな」

「存じております」

「この俺を憎むなよ? むしろ魔法の才能のない貴様をその歳まで育ててやったことを感謝して欲しいぐらいだ」

「ええ、勿論です。父上には感謝しております」

「……ふんっ。ならいい。分かったならさっさと行け」

「それでは失礼します」


 この屋敷にいられるのもあと3日かぁ……。

 そう思うと、少し感慨深かった。


 いつもと同じように書庫に向かう道中、廊下の掃除をしている使用人と出会った。


「いつもお疲れ様です」


 俺は笑顔で使用人に挨拶をした。


「……」


 使用人は表情を変えずに黙々と掃除をする。

 昔から話しかけても無視されてきたから慣れている。

 それでも俺は使用人達に感謝を忘れない。


 どうしてか? と問われれば、俺がそうしてもらいたかったから。

 自分が他者に対する振る舞いは、幼少期の自分がしてもらいたかったことだと思っている。

 話しかけてもらったり、優しくしてもらったり、助けてもらったり……。

 そんな人として当たり前のことを俺は求めていた。

 そして満たされなかったからこそ、俺は自分から誰かにそうしたいと思っている。


 まぁ……完全な自己満足だろう。



 ◇



 書庫に着くと、椅子に座って本を読む。

 アルデハイム家では何も教育が施されなかったので、必要な知識は本から学んだ。


 隠し書庫に通うようになってから約10年経ち、既に蔵書されていた『古代魔導書』は全て読み切ってしまった。

 そのおかげで俺は現代魔法の代わりに、沢山の古代魔法を身につけた。


 なんでも現代魔法は魔法の才能が無いと使えないようなのだ。

 選ばれし者だけが使えるもの、それが現代魔法という認識かな。


 生き物は必ず魔力を持っているのに、才能がないと魔法が使えない。だから、魔法の才能を持つのは凄いことだと思う。

 俺なんかには逆立ちしても真似できない。


 しかし、そんな俺でも古代魔法なら使うことが出来た。


 古代魔法は魔導書を読むだけで取得できる。


 それは魔導書に記されている独特な言語──古代文字ルーンが作用するからだ。


 古代文字ルーンを正しく組み合わせることで古代魔法は発動するのである。


 その組み合わせによって、魔法の種類や内容も変化する。


 つまり古代魔法の理解とは、すなわち古代文字ルーンの理解である。


 ……で、肝心の古代文字ルーンとはなんだ? ってことなんだけど、古代文字ルーンとは、魔力を帯びた他言語よりも圧倒的に情報量の多い文字だ。

 これがめちゃくちゃ難しくて、5歳の頃の俺は解読するのに一ヶ月もかかった。


 さて、本題に戻ろう。

 古代文字ルーンを組み合わせる方法は二通りある。

 体内で組み合わせるか、体外で組み合わせるか。

 そして前者を古代魔法、後者を古代魔術、といった具合で名称も少し変わる。


 少し分かりづらいだろうか?

 だったら一つ具体例を出そう。


 隠し書庫を見つけたとき、自動で魔照石が光っただろう?

 あれは古代魔術が発動したからだ。

 特定の条件が満たされたとき、魔照石が反応するように古代文字を組み合わせていたのだ。


 体外で古代文字を組み合わせる古代魔術はこのような使い方をする……らしい。


 では古代魔法はどのように使うのか。

 体内で古代文字を組み合わせると言っても、これは感覚的なものだ。

 一番簡単な方法だと、古代文字を詠唱すれば古代魔法は発動する。


 難しい方法は無詠唱で発動することだ。

 その場合は体内で魔力を操作して、古代文字を組み合わせなければならない。

 これが中々難しくて、魔法の才能がない俺は10年経った今でも上手く使いこなすことが出来ない。



「おい。ノア、とうとう家を追い出されるんだってな」



 俺の前に赤髪の少年が現れた。

 彼は次男のグレン。

 才能適性は【火属性魔法】で年齢は13歳。

 現在のアルデハイム家の次期当主候補は間違いなくグレンだろう。

 グレンは意地の悪い微笑みを口元に浮かべていた。


「やあグレン。情報が早いね」

「当たり前だろう? 父上から僕が次期当主であることを告げられたとき、ついでにノアの今後も聞かされたんだ」

「なるほど、寂しくなるね」

「っは! 何を言い出すかと思えば、そんなことか。寂しいわけないだろう。魔法も使えないお前はアルデハイム家の恥なんだからな。いなくなって清々するぜ」

「はは、そうかもしれないね」

「……何を笑っているんだよお前。魔法も使えないくせによォ!」


 そう言ってグレンは右の手のひらの上に火の球を浮かばせた。


「お前にこんなことが出来るか!? ハッハッハ!」


 俺はふーっ、と息を吹いてグレンの火の球を消した。

 ただ息を吹くだけでは消せないので、無詠唱で古代魔法を使わせてもらった。

 ちなみに《微風(そよかぜ)》という古代魔法だ。


「な……っ! なにしやがる!」

「周りに本があるからグレンの魔法は使わない方がいいよ」

「ぐぬぬ……お前は魔法が使えない分際でいつも調子に乗っているな……! そんなお前がムカつくんだよ!」

「調子に乗っているかな……? そんなつもりないんだけど、そう思わせてたならごめんね」

「ああ! ムカつくぜ本当によ! 早く家から追い出されて野垂れ死ね!」


 グレンは捨て台詞をはいて、去って行った。

 グレンとは昔から仲良く出来なかったな……。

 最後まで仲良く出来ないとは悲しい限りだ。


「……少し早いけど出て行くか。アルデハイム家は俺がいない方が幸せだろう」


 俺は荷物をまとめて、家を出た。



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