第2話 悪役令嬢はぬいぐるみがお好き

「『ソーイング戦意』! ですわ」


 そう叫ぶと私の両手に薄紫色に光る糸の付いた針が浮かび上がる。


「昨日は始めてだったし五体の『ぬいぐるみ』しか作れなかったから仕方がないけど、スキルレベルは上がらなかったわ、今日こそは!」


 私は右の針と糸を縦糸に、左の針と糸を横糸に交差させて生地を作っていく。

 空中で物凄い速さで糸の付いた二本の針が動き回り、三分ほどで何かの動物の殻が出来あがった。


「出来たわ! アリア、背中の開いている部分から昨日買った綿をどんどん詰めていってちょうだい」


「かしこまりました。ぬいぐるみのパーツごとに作っていく昨日のやり方より、こちらの方が効率良さそうですね」


 綿を入れ終り開いている部分を縫うと、一体の色の付いていないぬいぐるみが出来上がる。


「出来ましたね、ところでお嬢様、このぬいぐるみは何ですか? 豚さん――」


「――何ですかって、勿論アリア、貴方に決まっているでしょ」


「えっ?」「えっ?」


…………


「そうそう、あと昨日の夜にこのぬいぐるみを抱いていて面白い発見をしたのよ」


「面白い発見でございますか?」


「そうよ、見ていて」


 私はそう言い、一体のぬいぐるみを抱きかかえ、お腹に手を当てて魔力を流した。するとぬいぐるみの手足や尻尾がパタパタと動き出した。


「まあ!? お嬢様。すごいです、きっと高値で売れますよ」


「売れるかしら? パタパタするだけだし、流した魔力が切れると動かなくなるのよ」


「きっと売れますよ、メイドの感です。ふふっ」


 それから更に四体ほど作ったその時。


≪ピコン! 『せんい』スキルがレベル2になりました。『マリオネット戦意』を覚えました≫


「えっ!? やったわ! アリア! スキルレベルが上がって、しかも新しくスキル技を覚えたわ!」


「おめでとうございます、それでどの様な技を?」


「ちょっと待っていて、調べてみるわね」


 私は『マリオネット戦意』とは? と頭の中で問いかけてみた。


―――――――――――――

『マリオネット戦意』:戦意喪失しないかぎり、両手指から出した魔力で作った糸に針を刺して繋げたモノへ、魔力に乗せた命令を流し込む事によって操作できる。但し重量には制限がある。

―――――――――――――

 と頭の中に解が聞えた。


「あら? 操れるって事かしら? じゃあ試しにさっき作ったぬいぐるみを。『マリオネット戦意』ですわ!」


 一体のぬいぐるみに各指から出た十本の魔力の針と糸がシュルルルっと伸びて行き、ぬいぐるみの頭や手足に突き刺さる。


「んっ、これでいいのかしら? てい、むぅ、それ、やぁ」


 私は各糸に『この糸に繋がっている所を上げろ』、『この糸に繋がっている所を振れ』など指示を魔力に乗せ伝達させる。するとぬいぐるみは指示通りに『右手を上げたり』、『尻尾を振ったり』した。なるほどちょっと難しいけど、一本の糸に付き一命令。その命令が終わるまで次の命令はその糸には伝達出来ないようだ。


「お嬢様、すごいです!」


「次は二体同時に挑戦してみるわ」


 右手と左手でそれぞれ一体ずつ操作してみる。一体に十本刺すより効率はよ良いようだ。なぜなら一体に対してそんなに一遍に命令する事がないから。逆に十体同時に操作してみたが今度は私の思考が追いつかない、十体も一度に見ていられないし指示の仕方が面倒になる。色々試してみたが二体同時が一番良さそう、それ以上だとただ順番に動かしているだけで意味が無いという結論に達した。


「じゃあ、アリア、私の操ったぬいぐるみ二体とちょっと戦ってみてくれるかしら? 勿論アリアはスキルとか使っちゃだめよ」


「かしこまりました、では最初は軽めにいきますね」


 一時間ほど格闘ごっこをしていたら、ふと、アリアが何気ない質問をしてきた。


「お嬢様、ちなみにその能力は生き物にも有効なのですか?」


「生き物? うーんどうかしら、意識の無い眠っている状態とかならいけそうな気がするけど、でもスキルで作ったとは言え、針を刺すのだからちょっと試せないわね」


「お嬢様、私なら大丈夫ですが」


「ダメよ! ダメダメ、何を言っているの! もし何かあったら……。とにかくダメよ」


「申し訳ございません、出すぎた真似を。ただ気が変わったらいつでもおっしゃって下さい」


「もう、この話はおしまい。それにしても随分操作にも慣れてきたわ」


≪ピコン! 『せんい』スキルがレベル3になりました。『水と火属性の繊維』を覚えました≫


「あら!? もう? やったわ! アリア! またスキルレベルが上がって、また新しくスキル技を覚えたわ!」


「流石です。お嬢様」


―――――――――――――

『水、火属性の繊維』:水または火属性を含んだ魔力で作った繊維を出す事が出来る。

―――――――――――――

 と更に詳細を確認すると頭の中に流れて来た。


「どうやら新しい能力は、水か火属性を含んだ繊維を出せるようね、試してみるわ、『ソーイング戦意』、それから『水属性』ですわ!」


 すると私の手から水色に輝く糸が付いた針が現れた。そして先ほどと同じくぬいぐるみの殻を作って、アリアに綿を入れて貰った。水色の狐のぬいぐるみの完成ですわ。


「アリア、貴方の『火炎玉』でこの水色のぬいぐるみを攻撃してみてちょうだい」


 アリアのだす『火炎玉』とは正式名は『狐火』と言い、狐獣人なら誰でも持って居る固有スキルで火の玉を空中に産みだし、それを操作して攻撃できるスキル。上級者になればなるほど、数も多く熱量が高い火の玉を生み出し操る事ができると書物に書いてあった。


「かしこまりました、威力は弱めにしますが、危ないのでお嬢様は離れていて下さい、いきます!」


 そう言うとアリアの前にこぶし大のオレンジ色の火の玉が一つ現れた。アリアが指をクイッとすると火の玉はぬいぐるみに向かって飛んで行った。


 火の玉が当たったぬいぐるみは壁まで吹っ飛ばされたが燃える事は無かった。


「お嬢様の糸の水属性の方が私の『火炎玉』の火属性を上回っていたようですね」


「そうみたいね、火属性の繊維も試したいけど、アリアは水属性の攻撃手段持って居ないものね」


 その後、私は更にスキルレベルを上げる為に、水属性の繊維で作った水色のぬいぐるみと、火属性の繊維で作った赤色のぬいぐるみを作ったり、それを操ったりした。


▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 それから数日経ったある日、私は外れスキルを授けられた『祝福の儀』以降、無視され続けている、周囲にはゴーレムマスターと呼ばれている父のアタマス・ボイオティアに呼び出されていた。


~ボイオティア家の屋敷 当主アタマス・ボイオティアの書斎


「ヘレ、分家の者から聞いたんだが、『ゴーレム思考回路研究会』から逃げ出したらしいな、いやそもそも学院自体、無断欠席していると聞いたが」


 逃げ出した? そう言う風に伝わっているのか。あの男のやりそうなことだ。


「お父様、私は別に逃げ出した訳ではありません、役立たずの外れスキルだと言われ追い出されたのです」


「それで学院にも行っていないと言う訳か。ふん、どちらにしろ分家の者に恥をかかされた事には違いは無い。それで? これからどうするつもりだ?」


「学院を辞めて、自分の持って居るジョブやスキルの研究をしようかと」


「お前のは、兄や姉と違って市井の者共が持って居るようなジョブとスキルだったな。確か『裁縫士』と言う『下級職』に『繊維・・』とか言う、名家の人間には相応しくないスキルだったな」


「お父様、『繊維・・』ではなく『せんい・・・』です。それにお父様がお召しになっている服はその市井の『裁縫士』が作った物では?」


「何だと貴様!?……ふん、まあよい、一応学院の方には体調不良で休学と伝えておく。お前には『魔法国家キャンサー』の貴族の者との結婚という大事な役目があるからな、それまで部屋で大人しくしておれ」


「……分かりました」

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