第3話 崩壊の加速

「どうだったの、何か分かったかしら?」


「うーん、良く分からないけど取りあえずスキルを発動してみるね、危険だから母さんは少し離れていて」


「危険なの? 分かったわ」


「『ミニプチタウロス』になれ!」


 僕の身体が赤黒く光り出し胸に魔方陣のようなものが現れた。その魔方陣に吸い込まれるような感覚がし、気が付くと僕を遥か上から驚いた顔をして覗き込んでいるか母さんと目が合った。


「まぁ可愛い! バランなのよね? それにしてもこれは牛?……じゃないわね、牛の魔獣のミノタウロスかしら?」


 そう言い僕を手のひらに乗せて持ち上げた。


「これが『うし改』というスキルか――すごいぞ話せるんだ……でもなぁ、はぁ」


「もう、なにため息ついているのよ、スキルにレベルがあったんでしょ? だったら沢山スキルを使って行けばスキルのレベルが上がっていくわ。きっとどんどん身体が大きくなるスキル技を覚えていくのよ」

 

「そうなのかなぁ、でもこれくらい小さいなら牢屋から脱出来るよ、母さんちょっと僕を高く持ち上げて」


 母さんは僕が乘っている手のひらを更に上に掲げた。うーんちょっと届かないかも、僕はそこから思いっきりジャンプをした。思った以上のジャンプ力があって驚いたが、蓋になっている柵に捕まり隙間から無事地上に出られた。

 蓋になっている柵には開かない様に鍵が付けてある。


「チョット待っていて母さん、鍵を探してくるから」


「まってバラン! 鍵はその納屋の奥の壁に掛かっているわ、でもそれより納屋の中に見張りがいるか見てきてちょうだい」


 僕は母さんの指示に従い納屋の周りを一周した。ドアも窓も閉まっていて中を覗けない。納屋の上を見ると屋根の所に隙間がある。そこからなら侵入できそうだ。


 近くの木に登りそこからジャンプして屋根に乗り移り隙間から侵入した。

 中を覗くと色々と村で使う道具が沢山置いてある、が村の誰かがよく寝泊まりにでも使っているのだろうか、中は以外と綺麗に片付いており、寝られる場所やご飯を食べられる場所まである。

 

 いい匂いがするなぁと思っていたら三人の若い男が肉を焼きながらくだらない話をしていた。僕とはあまり親しくはないが父さんや母さんと話しるところを村で何度も見た事がある顔だ、今回の僕達の見張り役なのだろうな。


 それにしてもあの肉、もしかしてさっき父さん達が倒したビックボアの肉じゃないか? まあいいや、それより今は鍵だ……有った! でもあんなにあいつらの近くにあるならいくら手のひらサイズとはいえ、こっそり取るのは難しいなぁ……いったん戻って母さんと相談しよう。


 僕は急いで母さんの所に戻り、納屋の中の説明をした。


…………


「そう、あの若者達か……母さんも父さんもあまりいい印象を持って居ないのよね、性根が腐っているというか……」


 母さんは少し考え、着ていた服の袖をビリビリと破りロープのようなものを作って僕に手渡した。


「バラン、そのロープを天井の柵に結んで、その姿なら一人で登っていける?」


 そう言い、上から覗いても分からない端の所に僕を持ち上げてロープを結び付けさせた。その後試しに登ってみたがこの身体ならロープも切れずに脱出できた。

 あいつらが見回りに来るかもしれないので念のため一度元の姿に戻り服を着た。

 

 突然母さんが僕を抱きしめた――そして僕にこう話を切り出した。


「バラン……今から母さんが言う事に従って欲しいの。いい? 貴方はここからひとりで逃げて、そしてどこか遠くで幸せに暮らしてほしい、父さんの分マイアの分、プレイオネやエルナト分、そして母さんの分まで幸せになってほしいの」


 僕は言っていることが良く分からなかった。


「母さん、何を言っているの? 大丈夫だよ、なんとか上手く鍵を盗んで来るから」


「……」


「だから一緒に逃げてよ、逃げようよ、ヤダよ、絶対ヤダからね、なんで答えてくれないの? なんでそんな事言うんだよ」


「二人とも逃げたらすぐ追手が来るわ、きっと逃げきれない、でもバランひとりならそのスキルを使って上手く逃げられるわ」


「ヤダよ、ひとりはヤダよ、もう父さんも姉さんも居ないんだよ、それなのに母さんまで居なくなったら……僕は、僕は……」


「バラン、もう貴方は大人なんだから我が儘言わないで、それに仮に二人とも上手く逃げ果せたら、あの領主はその腹いせに確実に村の人を皆殺しにするわ」


「村の奴らなんかどうでもいいじゃないか! あいつらは今まで散々父さんや母さんに世話になっていたくせに――裏切ったんだぞ」


「それは村の人達だって死にたくないし家族だっている。だからああするしかなかったのよ、分かってあげて」


「分かんないよ! 僕達だって死にたくないし、家族だって居たんだよ!」


「許してあげて」


「許せないよぉ」


 泣くじゃくる僕を母さんは強く抱きしめてきた。そしておでこにキスをした。


「バラン愛しているわ、貴方は私とアトラスの自慢の優しい子、貴方一人ならそのスキルを使って確実に逃げ切れる、でも見回りがいつ来るか分からないから、少しでもバランが遠くまで逃げきれるように母さんがあいつらの相手・・をして隙と時間を作ってあげる、そして責任はあいつらに取ってもらうわ」


 あいつらの相手・・……僕は詳しく無いけどきっとそういう事なんだろう……。僕は役に立たない優しさなんかより母さんを守れる強い力が欲しかった。


「母さん……」


「じゃあ、いいわね……これでお別れよ――愛しているわ」


「僕も……父さんの母さんの子供で良かった、ホントだよ――大好きだよ」


 涙を流し最後にもう一度おでこにさっきより長いキスをしてくれた……。


…………


「誰か居ないの~、ねぇ誰か~、聞こえないの~」


 母さんは大声で叫んだ。しばらくすると、納屋の中から先ほどの三人の男達が出てきた。


「なんだい奥さん? もしかして最後に男でも欲しくなったのか? ひゃはっ」


 下衆な笑いだ。それにしても元からこんな奴だったんだろうか?

 もしかしたら助けてくれるかもと少しだけ期待したんだけどな。


「あら、それは良い考えね、そうね、最後だし旦那も死んじゃったし こんなおばさんでも相手して下さるかしら? 時間もまだあるし勿論三人一遍にね」


 男ども三人は顔を見合わせると、その内の一人が居なくなった。ここからじゃ見えないが多分納屋に戻り鍵を取りに行ったんだろう。案の定走って戻って来た。


「へへっ、下手な真似はするなよ」

  

「するわけないでしょ、もう覚悟は決めたのよ」


 一人の男が蓋にしている柵の鍵を開けて手を伸ばして来た。母さんはそいつの手を掴み地面に穴を掘っただけの牢屋から出て行った。


 残りの二人は周りや空を気にしている。そして母さんの両手を後ろ手に縛り『ガキはお留守番だぜ』と僕に言い柵を閉めまた鍵を掛けた。


 三人の男達は母さんを引き連れ、納屋へと戻って行った。


「母さん……僕が弱いから……『ミニプチタウロス』!」


 手のひらサイズのミノタウロスになると、僕はロープを伝い牢屋を脱出した。


「さようなら母さん、僕もっと強くなる! 絶対強くなる、そして……」


 この村を出る前に一つやる事を思い出した。僕は誰にも見つからない様に隠れながら村の中を進む。さっき父さん達が殺された広場に来た。村の奴らは父さんと姉さんの装備品を盗み、プレイオネの毛皮や牙、爪を楽しそうに剥ぎとっていた――肉は不味くて食べられないがキングウルフの素材は高値で売れるから……。


 父さん、姉さん、プレイオネ……遠くに放り投げられたエルナトの死体は見当たらないが、あいつらめ! 僕は怒りで体が震えているが、それを抑え込み更に辺りを見渡した。――有った! 家の陰に僕が父さんから貰った道具袋が落ちていた。あいつらは解体に夢中だ。これだけでも回収しなければ、そして僕は誰も見ていないのを確認し、それを素早く拾って村から――逃げた。

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