決めた。異世界行くわ。

マニアック性癖図書館

序章 命粗末に、時間を無駄に。

第1話 死んでみよう


佐野太郎、十七歳。

趣味は無く、特技も無い。

頭が良いかと聞かれれば中の上、顔が良いかと聞かれても中の上。

体を鍛えようとしてみても、筋肉がつきにくい体質らしく細身になっていくばかり。

暗い性格をしており、常に下を向いて生活している。

去年の秋ごろからいじめられている、どこにでもいるようなつまらない男だ。


相手は不良グループ…ではなくクラスメイトほぼ全員。

波風立てないように生活していたはずなのに、なぜ急にいじめられるようになったのか。

それがわからない。


とにかく、訳の分からないまま始まったいじめは何と今日まで続き、俺の心身を疲弊させているという事だけは確かだ。


――さて、そんなある日、俺はある作品に出合った。

それが、異世界系の作品だったのだ。


死んでしまった主人公が、神から力を貰い、別の世界でご都合主義的ともいえる生活を送る……それの何と素晴らしく、羨ましい事か。


「という事で、その主人公のように俺も死んでみようと思う。この遺書を読んだ人は、佐野太郎は死んだという事を是非両親に伝えておいて欲しい、と。―――ふぅ。身辺整理終了っと」


紙を封筒にしまい、靴を脱いで重しにする。


現在地はとある高層ビルの屋上。

本来なら関係者以外立ち入りできない場所だが、意外と簡単に侵入することができた。

フェンスもそれほど高くない上に上りやすそうで、自殺にはとてもいい場所だとわかる。


「あ、遺産について書いてねぇや。父さんと母さんに全部差し上げますって書いとかねぇと」


相続税、というのは良くわからないが、それほど大金でもないしあまり引かれたりしないだろう。

短期のアルバイトでそれなりに貯めた金だし、生活の足しにはなると思う。


――よし。ちゃんと書いたな。

二枚目の紙には父さんと母さんへ向けたメッセージも書いてあるし、これで思い残すことは無い。


後は異世界に行けるかチャレンジする飛び降りて死ぬだけだ。


不思議と恐怖心は無く、なぜだか高揚感すら感じる。


「よっと……街中だし、人に当たらないように気を付けて落ちないとな」


前にニュースで飛び降り自殺に巻き込まれて死んだ人がいる、と聞いたのを思い出しつつ、一度下を確認。


よし、誰も居ないな。


「遺書にも書いたけど…お父様お母様、先立つ不孝をお許しください。俺は、異世界に行きます…!!」


空中へと身を乗り出し、そのまま両足を屋上の床から離す。


ギャグアニメのように空中で少しの間留まるなんて事はなく、体は重力に従って下へ下へと向かっていった。


地面が迫ってくる。

この体勢だと、頭から衝突できる事だろう。


視界が暗転するその直前に、ふと恐怖が戻ってくる。


怖いな。

…異世界、行けると良いな。


※―――


そよ風が頬を撫でる。

瞼は閉じているが、日差しが直接照り付けているせいか、明るさを感じる。


「ん、うぅ…」


眩しい。

そう思いながらも、ゆっくりと目を開く。


真っ先に瞳に映ったのは、青々と生い茂る雑草。

それが風の流れに従って、ざわざわと音を立てて揺れている。


どうやら俺は、草原にいるらしい。

時刻は、恐らく昼間。


「――俺、確か…死んだよな?」


第三者が聞けば正気を疑うようなセリフと共に、自分の体を確認してみる。

衣服に汚れは無く、まるで何事も無かったかのようだ。


「…これって…異世界転生、成功って事…なのか?」


なにやら釈然としないものを感じつつ、もしかしたらと呟いてみる。

無論、返事をしてくれる人等いない。


だがこの状況、そうとしか考えられないのではなかろうか。


俺は死んだ。

自らの意志で、死を選んだ。

一番の理由はいじめの過程であったとある事なのだが、それはともかくとして死んだのだ。


だというのに、今の俺は無傷かつ衣服もその時着ていた物のまま。

その上見たことも行ったことも無い場所で目覚めたと来た。


これはもう、異世界転生成功と言っていいのではなかろうか?


『違いますよ。№88572377‐JP』

「えっ誰!?」


頭の中と、この空間全体に、同時に声が響く。

軽く聞いた程度の印象では優しさ等を感じるが、よく聞くと機械のような無機質さをもた声だ。

正直、好きになれない。


…ってか№88572377って何?

JPってのは、多分…ジャパンの略称?日本って事?



混乱し始めた脳内を鎮めるように、再び無機質な優しい声が響く。

今度は、少々音量が増しているようだ。


『私は、貴方方が神と呼ぶ存在。世界そのものが望み、創り上げたシステムです。会話内容は全てプログラムされたモノですので、予めご了承ください』

「し、システム…?」

『言うなれば、都合のいい救世主デウス・エクス・マキナのような物。私の担当は、人の救済。非業の死を遂げた、貴方のような人に手を伸ばす存在です』


非業の死って…自ら望んでの死だったんだけど…


でもこの状況…死んだはずが意識があって、神を名乗る存在が現れて…って。


「神様転生って事か!!」

『№88572377‐JP。貴方の死因は、自殺ですね?』


喜びのあまり声に出したが、神がソレを気にする様子はない。

どうやら本当にプログラムされた内容しか喋らないらしい。


この質問に対して肯定か否定をしないと、多分話が進まないのだろう。

なら、ここは聞かれるまま、求められるままを答えようじゃないか。


「はい。高層ビルの屋上から、飛び降りました」

『―――。元の世界に、未練はありませんか?』

「…はい。完全に、ではないですけど」


父さんと母さんよりも先に死んでしまうだなんて、親不孝にも程がある。

きっと、俺の死を知ったら悲しんでくれるだろう。

そこに関しては、未練がある。


…だがそれ以外はもうどうでもいい。

恋人?居るはずがない。

友人知人?居るには居るが、気にする程でもない。

好きな人?勿論いない。


死ぬ準備は、十分できていたに決まっているだろう。

だから死んだのだ。

異世界に行けたらいいな、等と淡い希望を持ちながら。


『―――。もし記憶を持ったまま別の世界に転生できるとすれば、それを望みますか?』

「はい」


言うまでも無い。


確かに、元居た世界よりもずっと辛く、厳しい可能性はある。

それでも、俺なんかでももっと良い生活ができる可能性も、またあるのだ。


一縷の望みでも、それに賭けてみたい。


『―――。判定、終了。№88572377‐JPは、№88572377‐JPの元居た世界とは別の世界への転生が最適解と判断。現在魂の追加収容が可能な世界を選出――』


その言葉の後、神は言葉を発さなくなった。

代わりに、パソコンの起動音にも似た音がずっと流れている。


本当に機械…というか、システムなんだな。


『検索終了。最適解の世界が複数あることを確認。――№88572377に質問します。新たな世界を訪れるにあたって、必要とするものは?』

「必要とするもの…?」


これはアレか。

チートという奴ですか。

貰っちゃって良いって事ですか!?


どうする?

ここは謙虚に、ちょっと丈夫な体ーとか…いやいや。異世界ナメてたら死ぬぞ俺。

貰えるってなら、貰えるだけ貰ってしまった方が良い。


恐らく向かう世界は魔法と剣とが乱舞するファンタジー極まりない世界のはず。

なら…


「沢山あります!誰よりも強い肉体、無尽蔵の魔力、魔法の才能、武の才能!世にも珍しい異能力とか、異世界ファンタジー御用達のステータス画面&鑑定能力!後………えっと、他にも沢山!」

『――。計算開始……終了。リソース不足です』

「り、リソース?」


思いついたままに欲しいチートを要求してみると、神は突然不穏な事を言い出した。


リソース不足。

一体どういう事だろうか。

…まさか、要求できるチートの量には限界があって、俺はソレを軽くオーバーしてしまったとか。


『問題の解決案を模索――終了。現状最優良な方法は、「自力での解決を促す」だと判断』

「…えっ?」

『特殊訓練場の作成、能力限界値の設定解除、制限:人間種の解除、その他全必要条件達成。六十秒後に転送を開始します』

「えっ?――いやいや、ちょっとまって!?自力!?自力って何!?」


俺の叫びも空しく、神なる物の声は無機質に数字を数えるだけだ。


無論そんな状況で冷静になれる訳もなく、言われた言葉の意味を何とか必死に理解しようとしつつも、カウントダウンにせかされるようにして冷静さを着実に失っていった。


「自力って…つまり、さっき言った俺の要望全部を自力で達成しろって事!?無理ゲーだろソレ!?神様なんて都合のいい存在でも無けりゃ実現不可能な事ばっかり並べ連ねた自信あるぞ俺!?」

『39、38、37…』


どうすべきか、今からでも撤回は通用するのか、等を必死に頭を働かせる。

だが現実は非情な物で、俺の言葉なんか聞こえないというように、まるでペースを乱すことなくカウントダウンを続けている。


「あのっ、ちょっ、待ってください!!待って!?流石に人間には不可能な物を自力ではキツイっすよ俺!?ねぇ、聞いてます!?」

『6、5、4』

「あー!?聞いてねぇしやべぇもうカウントがゼロに…!?」

『1、0。転送を開始。よき異世界ライフを』

「特訓場ライフの事ですよねソレぇえええええ!!?」


ブラウン管テレビの電源を切ったかのように、俺の体は消えた。

それと同時に意識も消え、ある種幻想的にすら思えた景色は遠い物となった。


――佐野太郎が異世界へ行くまで、後××××。

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