呪いに踊らされて……

「も、もう無理ぃ!」

「誰か、助けてー!」

「もう、もう踊りたくないっ!」


「「「……「「「「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」」」」……」」」


 車道、歩道、車の上、沿道の駐車場、神社の石段……。あちこちで、断末魔に近い悲鳴や懇願の絶叫が起こる。


「くぅ……っ!」


 くぐもった香織の声が聞こえた。


「香……、しっ……かり」


 僕も息絶え絶えであった。


「ぁ……、ぁば……」

「お、おばあさん……、しっかり」

「ぅぼ……、ぅぼ」

「おじいさん!大丈夫ですか!」

「だ、誰か助けて!支えてやって!」

「みんなで支えよう!」

「む、無理~!」

「無茶言うな……」

「踊るので手一杯ですぅ!!」


 呪いが、僕たちを分断する。


 鈴木のおばあちゃんをはじめ、高齢者の中には白目をむいて泡を噴きながらも踊りつづけている人がいた。

 僕は、赤い靴の呪いの恐ろしさを真の意味で体感していた。それだけは、僕ら全員の共通認識だった。


 香織も、意識を失いかけて朦朧もうろうとしている。


「と、止め……!」


 かすれた声で、僕は叫んだ。


 誰でもいい。一人でも多く踊りをやめれば……。


 僕らは今や意識体。ならば、まだ体力のある人たちで無理にでも踊りを止めれば、この呪いを断ち切れるかもしれない。連鎖反応で全員が呪いから解放されるかもしれない。そう推測したのだ。


「ち、力、合わ……踊り……やめ」


 だがもはや、言葉もまともに発せなかった。誰の耳にも届かなかっただろう。




「うおーーっ!!」


 突如、誰かが叫んだ。

 もはや首を巡らせる力もない僕が視界の端に見たのは、呪いにあらがって踏ん張る人の姿であった。


「踊りを……止めるぞ」

「そうだ!呪いに……負けんな!」

「よっしゃあ」

「がんばれーっ!」


 中高生や若者たちを中心に、一人また一人声を上げて、両足を踏ん張り、動き出す足を必死に押さえている。


「じいちゃん!大丈夫すか!」


 一緒にラインダンスを踊っていたあの大学生が、歯を食いしばって踊るのを制止し、股引爺ももひきじいさんのコサックダンスを止めに入った。


「うぉぉぉ……、今までの踊りは、ワシにはよ~わからん!」


 弱々しい声で股引爺さんはそう言った。そして、目をカッ開く。


「ワシらにも、ワシらの踊りがあるじゃろ!こんな時こそ、地域に伝わる舞踊ぶよう鬼面浮立きめんぶりゅうじゃーーっっ!!」


 股引爺さんは天に向かって絶叫する。

 その言葉を聞いて、幼稚園児や小学生たちがお互いの顔を見合う。


「そーだった!」

「うん、そーだよね。鬼面浮立は、悪いことが起こった時に踊ったんだもんね!」

「よーし!みんなで鬼面浮立を踊るぞーっ!!」


 そんな声が上がる。


 鬼面浮立は、この町の人間ならば誰もが知っている伝統舞踊だった。幼稚園や小学校の運動会などでもよく披露される。鬼の面をかぶって太鼓を打ち鳴らして踊るのだ。

 目の前にある神社、天狗神社てんぐじんじゃでもよく奉納されていた。起源は古く、悪霊や疫病退散を目的に脈々と継承され、さらに戦国時代に敵に攻め入られた時には、地侍たちが鬼の面を着けて敵陣を襲い、多勢に無勢の中、敵を敗走させたこともあるそうだ。


 ……しかし、ここへ来て、さらに踊ろうとするとは。そこまでする必要はない。とめるだけ、踊りをとめるだけでよいのだ。


「二人とも!」


 僕を誰かが呼ぶ。ハッと意識を戻して、聞き慣れた声の主を見やった。


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