【短編】現代の女子高生が強すぎるので、俺はいつまでも告白ができない

天道 源

短編

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●登場人物

大屋漣(だいや・れん)  ┃主人公

白兎(はくと)アカメ┃主人公の幼なじみ

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 俺の通う高校『私立姫八学園(しりつひめはちこうこう)』。


 かねてから共学であったが、男女の比率は長いこと9対1であったという。

 本来は血肉踊る武闘派番長の登竜門として、関東一円の不良たちの憧憬であった。

 中でも生徒会は『校内最強ランキング』に基づいて選出された学内最強集団。


 切磋琢磨! がモットーの初代学園長の思想のもと、トップ12までの生徒が二つに分けられて、校内を東西にわけて仕切る。まるで江戸時代の奉行所。東西での競い合いは、校内でありながらも、日本トップクラスの争いとなっていた。


 なにせ日本でも指折りの戦闘能力を有している高校生集団である。

 過去には外人部隊にスカウトされた人間も多々いるとか、海外からの留学生が爆弾で校舎を吹っ飛ばしたとか――聞けば聞くほど頭がどうかしそうな話ばかりでてくる。


 が。

 それも昭和の話。


 今は平成を飛び越え、令和の時代である。


 番長なにそれおいしいのぉ? という価値観のもと、姫八学園はいたって普通の価値観を手に入れつつあった。


 だが決して、弱者による腑抜けの集団になったわけではない。

 生徒会ランキングの文化だってまだ残っている。校内ランキングのトップたちが東西に分かれて、まるでここが日本の中心であるかのように競い合っている。


 だが、先の通り姫八学園は『令和にちなんだ一般的な価値観』を手に入れていた。


 それはなにか? ――それは『平等性』である。


 共学であるのに男女比9対1。

 そんなことでは現代の運営はなりたたない。

 世の中は金がなければ校舎も建てられない。

 さらにいえば三代目理事長は初代理事長の孫娘――女傑であった。


 質実剛健、切磋琢磨! のスローガンは一瞬で剥がされて、「男女平等」「ジェンダーレス」などの方針へと変わった。

 今の時代、男と女に差があってはならないのである。


 で。

 その結果、どうなったか。

 

 現在の姫八学園の状況を端的にご理解いただこう。


 ――姫八学園 能力ランキング トップ12のうち

 ――女子の数は11名

 ――男子の数はたった1名


 結論。

 現代の女子高生、まじで強い。


 時代は変わったのだ。

 日本を代表する幾人かの番長男子が肩で風を切り、舎弟が腰をおり、その脇に姉さん女子高生が色気を出しながら街を闊歩する時代は終焉を迎えたのだ。


 いまや世界は、女傑時代!

 女子高生が最強の世界!


 ちなみに12人中、たった1人の男子とは俺――大屋漣(だいや・れん)のことである。

 姫八学園の男子唯一のランカーであり、他の男子から『令和最後の最終兵器男子』と言われている。令和、はじまったばかりだろ……。


 しかし実際、近年の生徒会メンバーは女子率100%だったのも事実。

 そういう観点でいえば、俺は姫八学園の歴史を今一度変える可能性のある男子生徒であることは違いない。

 だが俺は、姫八学園の歴史を変えたくて、門をくぐったわけではない。

 俺は俺のためにこの学園にきた。


 ようするにこれは。

 実力主義の姫八学園において。


 強い女性ばかりの集団の中で奮闘する唯一の男である俺の物語。

 別の側面を見せるなら――『強すぎる幼なじみに、なんとか告白しようと頑張る俺の話』である。


     ◆


 姫八学園に学年間の軋轢は存在しない。

 一年から三年までが縦に並んでいるのではない。三年間だけチャンスがある――そういう話なだけだ。


 そして俺は一年かつ男子ながら、姫八学園ランキング12位。


 ランキングとは能力値の競い合いだ。

 能力値とは、知力と武力と特殊力を姫八学園独自の計算ではじき出し、数値化したものである。


 一年から三年まで皆同じ試練の果てに、数字が出される。

 今年は入学後に山を三つ借り切ってのサバイバルバトルだった。

 俺は一年としては最高値を出した。というか、今回一年からランカーとなったのは俺一人である。昔から色々と因縁のある幼なじみから、英才教育という名の連戦連続敗北を受けていた結果といえよう。


 振り分けの結果、俺は生徒会・東組となった。望むところだったので、異論はなかった。

 夏休み前から生徒会室に呼び出されては無給の労働に勤しんでいた。

 率直に言ってパシリだった。

 それは夏休み中毎日続いた。週休0の奉仕。


 しかしそれも望むところである。

 俺の目標は生徒会に入るだけではない。

 はるか先に目指すところがある。


 仲間と呼べるであろう東組生徒会の中ですら、俺は負けている場合ではないのだ。

 だから、俺は毎日戦った。


 例をあげよう。

 たとえば東組生徒会長とは、こんな感じだ。


「おい、大屋。こっちにきて、肩を揉め。生徒会とはいえ、お前はランカー最下位なのだ」

  

 確かに俺はランカーでは一番下である。

 生徒会長の体は筋肉質だが出るところはめちゃくちゃ出ている。

 少なくとも幼なじみよりは揉みがいはありそうだ。


「わかりました」と言って、肩を揉み始める。


「おお、なかなか上手いな……」


 腰まで届く黒髪をポニーテールにまとめ、軍服のような独自の制服を着る生徒会長は、俺の手腕を褒めながら、どこか声に艶を見せ始めた。


「ん……なんだ、おまえ……これは……ん……ちょっと待て……待て、待て待て待て!?」


 生徒会長が焦るほどには超絶技を混ぜて、全身のほぐしにかかった。


 〜10分後〜


「はぁ……はあ……も、もうダメ……」


 ぐでぐでに溶けた生徒会長が床で伸びている。

 それからというものを生徒会長は俺が一人になると、邪魔の入らない部屋に呼びつけて、マッサージを所望する。


 次に副会長。

 副会長は金髪のツインテールで、目は青い。

 どこぞの大企業のお嬢様らしいが、護衛のためという戦闘技術と変装(コスプレ)技術は集団戦では特に威力を増す。


 夏休みの間、俺は副会長に呼び出されては衣装をつくらされていた。


「あんた、天才とか言われてるけど、この生徒会じゃ下っ端なんだから手伝いなさいよね」


 そう言って、型紙をおしつけてきた副会長は、どうやら少し過激ともいえるコスプレ衣装をつくるつもりらしい


「これ、どう思う? わたしがデザインしたんだけど……」


 副会長がずいぶん曖昧な質問を投げかけてきたので、俺は率直に言った。


「悪くないですけど、ここをもっと切り取って、こっちをこうすれば、もっとすごくなると思いますけど」

「……エグくない? 過激すぎるというか……」

「でも、こっちのほうがいいと思いますけど」

「いやでもこれあたしが着るんだけど」

「これを人前で着る度胸がないんですね?」

「ふうん……あんた、言うわね」


 副会長の目が鋭くなる。


「わたしを誰だと思ってるわけ? ――ぱぱっと作って、あんたの前でポージングしてやるわよ!」

「写真とっていいですか?」

「撮れるもんなら撮って見なさいよ?」


 と言われたので、激しく動いたら色々と見えてしまう衣装を着た副会長の攻撃を避けながら、俺は写真を撮りまくった。


「け、けしなさいよぉ」


 消すわけがない。

 神棚に隠しておいた。


 たとえば西組の生徒会長、二年女子――白兎アカメ(はくと・あかめ)を相手にするとこうなる。

 

 彼女は俺の幼なじみ。

 とにかくクールで、とにかく強い。

 二年ながらランキング1位となり、西組の生徒会長となった。


 銀色のボブヘアを揺らしながら、彼女は言った。


「レン。なんで西組生徒会に来なかったの?」

「無茶いわないでくれ。振り分けは強制だろ」

「わたしがそう望んでるんだから、そうして」

「相変わらず、わがままだな」

「レンが弱いから悪い。強ければわたしはなんでも従うよ――それって世の中の摂理でしょ?」

「せつり、ね。難しい言葉を使うんだな――でも言ったな? 俺がこの学校でアカメに勝ったらなんでも言うことを聞けよ?」

「幼なじみとはいえ、わたしのほうが一つ上なんだから、敬語くらい使ってね」

「ふんっ。覚悟しておけよ、アカメ」

「……楽しみにしてる」


 実際俺は東組を望んでいた。

 なぜならアカメが西組だからだ。

 基本的に、同じ組の生徒会員は争うことができない。


 俺はアカメに勝たねばならないのだ。

 だからどうしてもアカメとは別の生徒会に入りたいと思っていた。

 それが叶ったのだから、この計画はすでに半分成功している。


 あと半分は――俺がアカメに勝つことだけだ。


 そして告白をして、アカメと海辺の教会で結婚!

 新築の家を買って、なるべく自宅でできる仕事について、アカメと朝から晩までいちゃいちゃして、子供を九人つくって、野球チームをつくるのだ!


「……ふ、ふふふ、俺の計画は誰にも邪魔させないぜ……」

「……? レン、どうしたの」


 昔から強かったアカメに散々勝負を挑んできたが、一度だって勝てたことはなかった。

 それは俺だけではなく、皆が同じだった。

 なんなら大人にだってアカメは勝っていた。

 俺はアカメに負けては様々な要求を突きつけられ、それを乗り越えるたびに純粋な力や、特殊な能力を獲得したのだ。


 その果てに今日がある。

 アカメが一年先に姫八学園に入ったときに、これだ! と思った。

 甲乙がはっきりとつく場所で、確実な勝利を手に入れてやる――なにせ中学三年に二次成長を迎えた俺はさらなる強さを獲得していたからだ。


     ◆


(アカメ視点)


 昔から強い自分が嫌いだった。

 何をしても負けない。何をしても勝ててしまう。

 いつしか友達はいなくなり、わたしの周りには挑戦者すら消えていく。

 姫八学園に入っても、似たようなものだった。

 懲りずに挑戦してくるやつらはいるけれど、全く危機感を感じない。追い越されるかもしれないという思いすら芽生えない。


 だれかわたしを助けてよ――そう考えて、二年目を迎えた学園生活。


 彼は小さい頃から変わらない気迫で、わたしの目の前に立ち塞がった。


 でも――足りない。

 まだまだ――足りない。


 その時気がついた。


 そうか。

 無くしてしまったなら、自分から探しに行けばいいんだ。


     ◆


 時が経つ。

 いくどもアカメに挑戦するチャンスがやってくる。


 でも――勝てない。


 二年にあがり、ランクは4位となった。俺は東組生徒会の副会長となっていた。

 卒業した元・東組生徒会長からは依然として「時間があればマッサージしてもらえませんか……」と至極丁寧な連絡がくるし、生徒会長となった元副会長の金髪お嬢様からは「しゃ、写真返してくれるなら、もっと写真撮らせてあげるわよっ」と矛盾した交渉を受けたりしていた。


 生徒会は実質、俺を中心に回っていたが、それでも西組には勝てない。

 ならばと西組生徒会そのものの崩壊を目論んだが、最終的にアカメに勝つというビジョンは見えなかった。


 そうこうしているうちに、夏が過去となり、秋を通り抜け、冬が過ぎ、春が顔を見せた。


 卒業シーズン。

 タイムリミット。

 三年のアカメが卒業をしてしまったら、勝負は叶わなくなってしまう。

 俺は今まで何をしていたのか。 

 ありとあらゆるチャンスをふがいない結果で塗りつぶしてきた。


 努力はしてきた。

 では何が足りなかったのか――俺は考えた末に気がついた。


 次があると思うから、いけないのだ。

 次があると思っていたから、タイムリミットなんぞに焦るのだ。


 最初から最後のチャンスとして、ぶつかっていればよかったのだ。


 気がつけば、答えは一つとなる。


 俺は、卒業式の予行練習の最中、壇上のアカメに果たし状を突きつけた。


「人生最後の、一騎討ちを所望するっ!! これで勝ったやつが、本当の勝者だっ!」

「……いいよ」


 アカメは、あっけないほど簡単にうなずいた。


     ◆


 まるでお祭りだった。

 なにせ西組生徒会長と東組副会長の一騎討ちである。


 学園長を筆頭に、姫八学園の有権者が特設ステージの前に並んでいる。


 平成最後のマッドサイエンティストと呼ばれた天才による一騎討ち専用ステージは、まるで格闘ゲームのようなヒットポイントシステムを有するリアル格闘システムを生み出した。

 さらに武器も使い放題。

 衝撃は緩和され、しかしダメージは蓄積するという意味のわからない技術により、本日の一騎討ちは成立するのだった。


 アカメは日本刀を構えた。

 もちろん模造刀であるが、バトルシステム外ならば骨ぐらい簡単に折れるし、突かれれば最悪死ぬこともあるだろう。


 俺はファイティングポーズをとる。

 男なら黙って徒手空拳――俺のバイブルである不良漫画の真理を俺は徹底して守っていた。 


「いくぞ、アカメ」

「望むところだ」


 こうして俺たちは交わった――。


     ◆


 剣術三倍段。

 刀を持った相手に徒手空拳で挑むには、三倍の段位が必要である。


 戦う前から結果は出ていたのかもしれない。


 一騎討ちのステージ上。

 決着はついた。

 立っていたのは――アカメだった。

 

「……最後までわたしの勝ちだったね」


 アカメはどこか寂しそうに言った。

 反応を待たずに踵を返す。


 俺は震える体に鞭を打ち、立ち上がった。


「まだだ! まだ負けてない!」

「何言ってるの? レンは負けたんだよ。最後まで、わたしに」

「……くそっ!」


 その通りだった。

 何度確認したって、俺は小さな頃かずっと負けっぱなしだった。


 幼なじみとして出会って、腕っぷしに自身のあった俺はあっけなくアカメに負けた。負け続けた。

 いつだってアカメの姿を脳裏に宿しながら修行をした。

 それがいつからか恋心に変わったが、誰にいうでもなく、じっと耐えた。

 

 アカメに勝つ。

 そして告白する――それが、今、終わった。


「ちくしょおおおおおおおおおお!!」


 天に叫ぶ。


 アカメは小さく首を振った。

 それから、なんでもないことをふっと思い出したように言った。


「もう少し周りが落ちつたら、あとで言おうと思ってたんだけど」

「くそおおおおおおおおおおおおお!」

「わたし、昔から、ずっとさ」

「俺は、俺はああああああああああ」


「――レンのこと、好きだったんだ」


「……え? 今なんて?」


 アカメの顔を見る。

 ずっと天に吠えていたので気がつかなかったが、どうやらアカメの顔が赤い。


「だから、レンが好き。結婚して、子供が欲しい。十一人つくって、サッカーチームつくろうよ」


 時が止まった。

 笑ってるのは学園長の周囲の大人ぐらいで、生徒はみんな唖然としていた。

 後ろで元副会長が叫んでいるのを、どこか別の世界のことに感じながら、俺は言った。


「まじ……?」

「マジだよ」


 まさかの展開。

 二度と手に入れられないと思ったものが、あっけなく腕の中へ滑り込んできた。


 天に吸い込まれた声はどこへやら。

 勝ってもいないのに、目当てのものを手に入れた俺は、果たして勝者と言えるのだろうか。


 答えはわからないが、一つ言えることはあった。


「や、野球チームじゃだめ……?」

「ダメ」

「あ、はい」


 現代の女子高生、まじで強い。

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