第24話 【SIDE】強化術の失われた王国。


「食料相場は安定しているから…、これらは商業都市で売ろう。一番高く売れるはずだ」


 魔力の限り強化術バフをかけ、収穫出来るだけの作物を収穫をして馬車に積んだ。それをどこに売るかと相談したらルーソンさんは開口一番商業都市の名を挙げた。


「そうですか、では商業都市アキンドへ!」


 そうして俺は生家を再び離れたのだった。



 一方、その頃。

 王都カルアリンにて。


「あー、出撃かぁ」

「まあ、遠足みてーなモンだろ」

「そうだな、流れてきたゴブリンなんてよー」


 三人の若い騎士が十数人の兵卒を連れて城門を出ていく。任務ではあるが緊張した様子も無く東に伸びる街道を進んでいた。


「あー、早く帰りてーな。今夜は愛しのあの娘に会う約束してんだからよー」


「おっ、酒場で声かけた?」


「どんな具合なんだ、聞かせろよ」


「それがな、さっきも城門のトコに目立たないようにしていたが見送りに来ててな…」


「あっ、見送りに来るのが分かってたから新調したその鎧を着てきたんだな?」


「へへっ、そー言う事」


「じゃあ、早く帰ってやらねーとな」


 三人の中で一際目を引く華美な鎧を着た騎士が上機嫌に話している。なるほどその通り、出来たての新しい鎧だ。


「まあ、ゴブリン退治の軽い任務だし」


「ホブゴブリンもいるようだが俺達の敵じゃねえ」


「退治するより探す方が手間なんだよなあ。物じゃねえから動くしよォ」


「まあ街道脇の森ならそこまでデカくはねえ。兎が猪でもいりゃあついでに狩りをしてヒマ潰しすりゃ良いんだ」


 そんな気軽な気持ちで三人は街道脇の森に足を踏み入れた。



 街道脇の森は王城からも遠くはなく、狩人の狩場や薬草やきのこの採取場として知られていた。季節によっては果実も採れる、仮にそれらがなくとも薪(まき)ぐらいは拾える。有用な森であった。


 そこにゴブリンが現れたらしい。薬草を採取に行った者が見かけ、衛兵の詰所に訴え出た。


 その報告を受けた詰所では城にお伺いを立てようとしていたが、たまたま立ち寄っていた例の派手な鎧を着ていた若い騎士がその話を聞き、俺がやると仲間を誘い今に至る。


 本来なら実績を積み、名声を高める為に勇者一行が赴くのが通例であった。しかしその勇者一行は最近不調だという。


初陣ういじんでは大戦果を上げて当代とうだいは歴代勇者の中でも最強と言われてたのになあ」


「ああ、ゴブリン退治と思ったら三匹の食人鬼オーガが現れたんだろ?それを勇者に戦士に魔道士か、それぞれ単騎で討ち取った…って話か」


「初陣で食人鬼だもんな、有り得ねーよ。やっぱ勇者だな。だが、その次がいけねえ。敗走だ、這々ほうほうていってヤツだ」


「初戦の大戦果に油断した…ってトコか。勇者サマも人間だな」


 そんな事を言っているとすぐにゴブリンの集団と出会でくわした。街道から森に踏み入れてから五分と経っていない。


「へっ、オマケ付きだったな」


 騎士の一人が言う。岩場の隙間から出てきたゴブリンと鉢合わせし、驚いたゴブリンが大きな声を上げた。すると岩場の奥から次から次へと仲間が出てくる。そして最後に一際体の大きな個体が三匹現れた。


 もっともゴブリンは人間に比べて体格が小さい、ホブゴブリンで同じか少し大きいくらいだ。


「ホブゴブリンか…、まあ問題ないか」


「よし、兵卒ども!ゴブリンをやれ!俺達はそれぞれホブゴブリンをやる!」


 騎士達は下馬し、その騎馬はそれぞれの従者に預けた。


「よお、せっかくだから賭けねーか?」


 抜剣しながら騎士の一人が声をかける。


「あ?何賭けるんだよ?」


「丁度ホブゴブリンも三匹だ、一番早くった奴に一杯奢るってのは?」


「良いねえ。んじゃ、せーのっ!!」


 騎士達は群れの先頭に出て来たホブゴブリンに、兵卒達は回り込みゴブリンに攻撃を開始した。



「ヒッ、ヒイイイッ!!」


 騎士達も兵卒達も、そして騎士の従者達も何もかも打ち捨てて逃げ出していた。泥と汗、中には血にまみれている。


 幸いな事にゴブリン達は追っては来なかった、おそらくは残して来た荷物と馬を回収しているのだろう。


「な、なんでだ!?見習いの時に従軍した時にはゴブリンは一撃で、ホブゴブリンとも戦えていたのにっ!」


「それだけじゃねえ!し、新品の鎧がホブゴブリンの棍棒ごときでこんなにひしゃげて!」


「やっと首筋を捉えたと思ったら刃が中に通っていかねえ!な、なんでだ!?」


 若い騎士達は悪態をつきながら逃げる、付き従う兵卒達もゴブリンを倒すには至らなかた。結局、一匹も討ち取れず逃げ戻るだけ。何の戦果も得られずに敗走した。


 それもそのはず、今まで聖王国カルアリンはあらゆるものが強化されていたのである。騎士や兵卒達の肉体は強化され、さらには装備している武具などもである。


 派手な鎧の騎士の装備品を例にとれば分かりやすい。その鎧は派手で目を引くが余計な飾りが多く、その分だけ重くなる為に装甲を薄くしていた。その為に実戦では物の役には立たず、ホブゴブリンの木製の棍棒の一撃で簡単にひしゃげてしまうほどだ。


 また、武器に関しても認識の甘さがある。敵は人間だけではない、魔物なのだ。体格や骨格、肉質も違う。それなのに用意しているのは細身の優美な剣。戦場に優美さは不要だ、殺らなきゃ殺られる…それだけである。無骨でいい、そして折れない丈夫さもあれば。騎士達の剣はまさに非実用的なものであった、さらにマリクの武器への強化…いわゆる魔力付与は失われていた。


 それは切れ味にあらわれた。マリクの『先鋭化シャープネス』の強化を失った聖王国の騎士や兵卒達の武器は弱体化しているのだ。本来、剣とは切れ味の鈍いものだ。叩き付け重さで断ち切る、刃のついた鈍器と言った方が正しいかも知れない。


 鋭さや切れ味を失い、あまつさえ叩き付けて打撃を与えるだけの重量も丈夫さも無い。もっとも肉厚な剣を所持していたとして、それを満足に振るうには騎士達の基礎体力は不足していた。マリクの強化術バフは既に失われているのである。


 身体的な能力も、身を守る防具に攻撃する武器も満足にない彼らに唯一出来た事。それは現在進行形で繰り広げられている王都への逃避行であった。







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