第23話 これからどうする?


 嵐が過ぎた次の朝。


 強い風が時折吹くが空は晴天、気持ちの良い青い色。しかし、地上に目を向ければそこはただの村。折れた枝や木の葉っぱ、燃え残った建物の破片などが散乱している。


「おはようマリク」


 ルーソンさんが起き出して来た。


「簡単なものですいませんが朝食出来てますよ」


「いやいや、あれだけの雨風をしのげて朝食までありつけるとは…。野宿だったら薪が湿って火も起こせないだろうからスープどころか湯も沸かせないだろうし…、そもそも無傷で夜を越せたかどうか…」


 簡単なスープと芋を茹でた物をかじる。


「ところでマリク、これからどうするんだね?カルアリンを追われた訳だし、この国に何かしてやる義理もあるまい。ここで土いじりをして一生を送るつもりではないだろう?」


 塩茹でにした芋を食べながら問いかけてくる声に俺は昨夜話した事を思い返した。



 当面の間しなければならない事はない。今の俺はそんな立場である。そして勇者パーティのおりをしてやる必要もなくなったし、王都やこの村の土地などに強化術バフをかけ続けてやる義理も必要もない。


 それをわざわしてやっていたのはひとえに生まれた村、そして国だったからだ。国が俺を必要とせず、あまつさえ追い出すというのならなおの事してやる事はない。


 ただ、修行の一環として強化術をかけていたというのもあった。それを解除した今、俺にはかなりの余裕がある。家の周りの土地を豊穣な土地に、周囲を嵐が来てもびくともしない障壁を張り巡らせてもまだまだ魔力には余裕がある。


 何か魔力付与エンチャントの実験をしても良いし、師匠が戻るまで遊歴ゆうれき(武者修行)と称して各地を回っても良い。あるいはここで取れる作物を売って生計を立てても良い。

 他人の事を考えず自分のしたい事を考えてみるのも良いかも知れない。


 そんな自分の思いを俺は酒をチビチビっているルーソンさんに話していた。会話をする相手に飢えていたのかも知れない。あるいは不満が、そんなものが酒のせいとは言えないくらい俺を饒舌にさせていた。


 ルーソンさんはこの国以外にも商売で回っているから世事に詳しい。様々な話を聞くにつれ外の世界…、というかこの国の外の事を知りたいと思った。


「ルーソンさん。俺さ…」


 俺が話そうとするとルーソンさんは片手を上げて制した。


「来客だよ、マリク。もっとも招かれざるなんとやらかもしれないがね」


 ああ…。だいたい誰が来たか想像がつきましたよ。俺はそんな風に返しながら家の前の道に向き直った。そう言えば嵐が過ぎたか確認する為に障壁を透明にしていたんだったな、外の様子も分かるけど目障りなものも見えてしまう。良い事ばかりじゃないな…そんな風に思いながら。



「防音」


 俺は障壁に防音属性を付与した。吹いている風の音はもちろん、家の前にやってきた迷惑な集団むらびとの声も届かない。


 俺はルーソンさんの馬車を眺めていた。


「そういやルーソンさん、馬車の荷台を軽量化と頑丈にする付与をしておいたんで」


「おお、ありがとう。これでより多く安心して荷物を運べるな」


 ルーソンさんはのんびりと口調で言う。


「ははは、ルーソンさんもなかなかですね。あれだけ連中が押し掛けてるのを見てものんびりしてるんだもん。今だって芋食べてるのワザとでしょ」


「マリクもそうだろう?それなら便乗しないとね、一宿一飯の恩があるからね」


 ああ、なるほど。ワザとやってくれてるんだ。じゃあ、俺も。


「連中が何か言ってるけど、素知らぬ顔して三つ目の芋食べちゃお!」


 そんなやり取りをして村人達を散々待たせた後、俺は立ち上がり防音の効果を解除した。


「待たせたな、朝食中だったんだ。んで?何の用?」


 そう言うと例の如く、村人が口々に言うのは食い物をよこせの大合唱だった。


「お前らにくれてやる義理はねえ。それにただよこせとはなんだ!金を払うなりして得るべきだろう!金が無いなら労働するとか、少なくとも何か対価は示すべきだろうが!」


 だが、その俺の声は村人共には届かない。村の人間なら村に尽くせと言う声だけが繰り返される。


「ルーソンさん、俺決めたよ」


 俺はルーソンさんの方を向いた。


「俺、この村を出るよ。幸いな事に時間はある。村の外で色々なものを見て回るよ」


「そうか…、それが良い」


 ルーソンさんも頷いてくれている。


「なら、後始末だな」


 俺は村人共に向き直った。


「俺はこの村を出る」


 一際大きな声ではっきりと。


「だからこの村とは何の関係もない。だからお前らとの関係はここまでだ!本来ならお前ら家に火をつけに来た事に対する仕返しでもしてやる所だが…見逃してやる」


「優しいなあ、優しいなあ。マリク」


 ニヤニヤとルーソンさんは笑っている。俺がただ許す訳はないと思っているのだろう。


「この家と土地はこのまま残しておく。このやせた土地ばかりの寒村にどうして小麦が実っていたのかその目で確かめるが良い。誰がこの村を実りある土地にしていたか、俺の強化術バフは人だけじゃねえ。物にも土地にもかけられる万能の強化術バフだ!障壁の中で実り続ける麦を見てせいぜい後悔すると良い!」


 そう言うと俺は障壁に防音と不可視の属性を付与した。これで終わりだと呟いて。


「ルーソンさん、連中が引き払ったら行きましょうか。刈り取った麦や芋を積んで行きま…しょうか、品質には自信があります。これを売る伝手つてになっていただけないでしょうか?」


 そんな風に俺はルーソンさんに切り出した。心は寒村から外へ、心は既に飛んでいた。

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