第8話 俺の家を燃やしに来た村長の家が火事だ


「な、なんだってー!!」


 村長は慌てふためき自宅のある丘の方を見た。俺もつられて見てみると、なるほど確かに燃えているのが遠目にもよく分かる。

 村長の家はこの村で一番大きい。そして村が領主に納める税としての作物を保管する倉庫も隣接している。


「村長、アンタ急いで出てきたから松明たいまつ点火けた時の火の始末が…」


 オボカの父親が思い出したように呟く。村長はハッとして表情になった、思い当たるフシがあるのだろう。


「ど、どうするだ、村長!?アンタのトコには倉庫くらがあるだ!オラの家で育てた小麦は早い時期に採れる品種だ!それにこの品種を育てているのはオラの家だけじゃねえだ!」


「村の半数以上が早い品種を育てている。もう税としてアンタのトコに納め終わってるぞ!それが燃えてしまったら…」


 マケボとオボカの父親たちが顔を青くして何やら言っている。


 ああ、確かにな。ここからでも見えるくらいに村長宅は盛大に燃えている。家だけでなく、倉庫が全焼するのも時間の問題だろう。

 税というのは個々人がバラバラに領主に納めるものではない。村ごとに割り当てられた量があり、それを村長がまとめて領主に納める。その村全体から集めた作物を保管しているのがあの倉庫だ。


 そんな大事な作物を責任もって預かる、その代わり村中からいくらかの報酬を得る。ゆえに普通の村人より村長は良い暮らしが出来るのである。


「お、おい!」


 村長が目を血走らせ俺に声をかけてくる。


「なんだ?」


「さっきの水の魔法でワシの家の火を消せ!そして、中身が燃えていたら元通りにしろ!」



 村長はそれが当たり前だと言わんばかりに消火しろ、元に戻せと言っている。


「なんで?」


 俺は村長にそう返事する。


「な、何でだとっ!見て分からないかっ!ワシの家が燃えているんだぞ!」


「お前はさっき俺の家に火をつけたじゃないか。そしてそれを悪いとも思っていない。謝罪すらしない…、そんな奴を助けると思うか?


「ワシは村長だぞ!そのワシの言う事が聞けないのかっ!」


「ああ、聞けないね。俺の家を燃やすような奴の家の火をなんで消さなきゃいけないの?」


「で、ではワシの家は…。それと倉庫くらの作物が焼けてしまうではないかっ!」


 村長は必死だ、このままでは失火で作物を失った責任を取らされるだろう。そりゃあ必死にもなる。


 だが、俺は言い放つ。あくまでも冷徹に。


「それがどうしたの?」


「なっ、なんだと!」


「それがどうしたのって言ったんだよ」


「ワシの家が燃え…。そっ、それに村の納める税が…」


「お前さ、自分のした事分かってる?俺の家を燃やしといて、自分の家は救えってさ。それに俺の家を焼くって事は住む所を…居場所を奪うって事だ、つまり村からの追放だ。だったらそんな村を救う義理は無い」


「わ、分かった!追放はしない!だ、だから…」


「それは、これから未来永劫か?」


「あ、ああ」


「だが、これはなんの詫びでも無いな。俺はもともとここに住んでる村人なんだし。そっちが頼むからこの村にいてくれってんなら話は別だが」


 村から頼まれて住む場合は税を免除される。その分は村が負担する事になる。だが俺はこの十年は修行の為に師匠の元にいた。だから元々俺はこの村にいないも同じ、だから村の生産力として頭数には入っていなかった。村長は考える素振りをしたがすぐに俺の提案を認めた。


な?」


 俺はしっかりと念を押す。


「よし、では我が家の火事を…」


 話は済んだとばかりに村長はすぐに俺を火事場に連れて行こうとする。だが俺はそれを突き放す。


「それとこれとは話が別だ。言わばお前は俺の家を燃やしたかたきだ、そんな奴に手を貸す…?馬鹿も休み休み言え!行かねえよ、俺は。何があってもな」


「ば、馬鹿な!それでは話が…」


「話が違うってか?村長、お前馬鹿なのか。火を消しに行くなんて約束はしてないぞ。それには謝罪をしてからだろう?まあ、とにかく俺には行く気が無い。それより早く消しに行った方が良いぞ?家も倉庫くらも焼け落ちる前にな」


「ク、クソッ!」


 捨て台詞を残し村長が自宅に駆け出して行った。オボカとマケボの父親たちも後に続いて走っていった。ようやく厄介者が消えた。


「まあ、間に合わないだろうし、手の打ちようも無いだろうけどさ」


 俺は誰にとなくそう呟くと同時に考えを巡らせる。


 さて、これからどうするか…?


 村長はあの言い訳ばかりのグリウェルの親父だからな、きっと自分に火事の原因がある事を棚に上げギャーギャー言うに決まっている。


「なら、先に手を打っておくか…」


 俺は十年ぶりの我が家に入る前に一仕事するべく家の周りを歩き始めた。





 

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