第2話 勇者グリウェルたちと国王の増長


 勇者パーティの初陣として与えられた任務はとある農村の近くに住み着いたゴブリンの群れの討伐であった。勇者として選定されたグリウェルたち三人は一年間を訓練期間として過ごし、満を持して出陣した。

 

 俺は三人とは同じ村の出身だが、幼い頃に大魔導師テンコに見出され十年ほど弟子として過ごした。ゆえに出陣前に三人と実に十年ぶりに再会し、そのままゴブリン討伐に向かった。


 勇者パーティの初陣である、万が一にも失敗が無いように軽い難易度のミッションのはずであった。

 つまり出来レース。そして英雄譚にありがちな力無き民衆を守った勇者パーティ…、勇者選定の儀を行った聖王国としては宣伝になるような肩書きが欲しかったのである。


しかし、楽勝とおもわれた討伐に予想外の出来事が起こる。なんとゴブリンの群れに数匹の食人鬼(オーガ)がいたのである。


 農村から連れ去られた牛がいると聞き、俺はゴブリンの群れでは食べ切れない量なのではと考えていたのだが、悪い予想が当たってしまった。

 つまり連れ去られた牛一頭…、それはオーガの食料でもあったのだ。ゴブリンを討伐していた中で突然現れたオーガに浮き足立ったグリウェルたちであったが、俺が移動不能と行動不能の付与魔術を仕掛け、他の三人を呼び戻しオーガをしとめた。それを繰り返した結果、特に大きな怪我もなく魔物の群れを見事全滅させたのだった。


 しかし、それがいけなかった。


  いくら訓練したと言えども実際に命を奪いそして奪われるかも知れないという戦いの本質に戦慄していたグリウェルたち三人であったが、次第に自分たちの戦力がゴブリンを圧倒的に上回っている事を知ると討伐するというより殺戮するようになっていった。


 そして。そこにとても敵(かな)わないような強敵…オーガが現れた。途中で立ち向かう事もせずに逃げ出そうとした事も忘れたかのように三人は自分たちの力だけでオーガを倒したと考えたらしい。


 アイツらには昔からその気があったが、今は清々しいまでに馬鹿である。よほど勇者選定の儀で選ばれた事が誇らしいようだが、まだ自力では何も成し遂げてはいない。


 去年まで剣を握った事もないただの村人であった三人、それが御伽噺(おとぎばなし)のように神に選ばれたと言われ、マリクのお膳立てが有ったとは言え活躍したように感じれば増長もする。


 勇者グリウェルからすれば実際にオーガという肉体的に強靭な魔物の首を刎(は)ねて殺したのは自分だ。女賢者オボカは炎の魔術でオーガを消し炭にしてやったし、巨漢の戦士マケボは両手持ちの戦斧で頭を叩き潰した。


 初めての実戦でベテランの冒険者パーティですら手こずるオーガを倒した、それも一度に三匹も!自分たちは選ばれた特殊な人間だ、魔王を討ち取った初代勇者パーティのように!いや、初代とてここまでの戦果は上げられなかったはずだ!そんな風に感じていた。



 聖王国カルアリン、別名『勇者の国』。

 百年前の魔王との大戦時、魔王を討ち取った勇者パーティの出身地として知られている。


 カルアリンはパジャン大陸の中央部からやや東側にかけて広がる大陸最大の版図と国力を誇る国として知られている。

 周囲にもいくつか国家はあるが国力のケタが違う。さらに言えば二十年か三十年か…、新たな勇者パーティが現れるので、その発言力は強い。


 その聖王国カルアリンの王都の中でも一番高い丘の上に作られた難攻不落の誉高い王城オダワールの大広間では勇者パーティの初陣の成功を祝う宴が開かれていた。


「陛下…。どうやら今回の勇者パーティは当たりのようで…」


 聖王国カルアリンの名の由来となった審判の神カルアリン。その神を奉じた国教カルアリン教は正義を重んじる教えとして知られている。


 そのカルアリン教のトップである大司教ダムドゥは聖王国カルアリンの国王ムロケイと談笑している。


「ウム…、思わぬ拾い物であったわ…。最初に見た時は貧弱な者どもと思うていたが…。なかなかどうして初陣でオーガを屠(ほふ)るとは…。ダムドゥ、そちの見立てと育成の手腕には恐れ入ったわい」


「お褒めに預かり恐縮です。あの三人にはほとほと手を焼かせられましてな、死なれても面倒ですゆえ神殿に保管されていた聖剣をはじめとした初代勇者パーティの武具をお守り代わりに使わせておったのですよ」


「何ッ!あの骨董品とさえ言われた古ぼけた武具をか!?」


「はっ。実は勇者たちが出陣する直前に何やら輝きを取り戻しましてな」


「なんと!!それでは古(いにしえ)の伝説のようではないか?なんだったか…、自分を唯一倒し得る聖剣の力を恐れた魔王は暗黒の魔力を三年かけて注ぎ続け聖剣を砕いた」


「左様でございます、陛下。そして勇者は苦難の旅の末に聖剣の破片を集め、一人の刀匠にその復元を依頼した。そしてその蘇った聖剣で魔王を討ち取った…そんな逸話でございます」


 国王ムロケはムムムと唸る。


「それならばグリウェルをはじめとしてあの三人は初代を…、いやそれをも凌ぐ存在やも知れぬッ!ならば…盗(と)れるぞ!」


「へ、陛下、どうなさいましたか?それに…盗れるとは…?」


「国盗りじゃ!このパジャン大陸に武を布(し)くのじゃ!今まで誰も成し得なかった大陸統一…、幸いな事にここ五年あまりで我が国は大陸随一の生産力を誇るようにもなった。この国力に勇者パーティの力と名声を組み合わせれば必ずや大陸に覇を唱えられるであろう!」


「おおっ、陛下!それでは…」


「ウム、聖戦じゃ!この大陸を我が手にする為の…な。その時にはダムドゥ…、そなたはこの大陸全体にカルアリン教を広めるが良いぞ!」


「ははあ〜!その覇道、お供致します!」


 国王ムロケ、大司教ダムドゥ、それぞれが交わす酒と野心に酔い醜い笑顔を浮かべる。

 しかし、二人は気付いてはいなかった。その野心も自分たちが世に送り出そうとしている勇者たちも既に終わっている事を。

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