【読切】書く理由

ニノ

書く理由

先日、小説を酷評された。


進んで感想をもらい出た結果だったので文句は言えない。「お世辞抜きで良い?」という相手の言葉を、能天気に二つ返事で快諾したのは僕なのだから。


感想は的確で、僕の執筆中の迷いや懸念を見事に穿った。

それが尚更に僕の心をゴリゴリと音を立てて削る。コーナーに追い詰められた僕はどこへも逃げることが出来ずにクリーンヒット、ワンパンKOだ。挙句、熱が入ったのか「才能ないのにどうして書くのか?」とまで言われた。


項垂れた。

その日はちょうど、仕事でミスをした事もあって落ち込んでいた。そこへきてこの仕打ち。凹み、荒み、やさぐれる。仕打ちと呼ぶのは的外れである事は分かっていても、なお仕打ちとしか思えなかった。幸いだったのは夕方だったことだ。これが朝だったのなら、きっとその日は鬱々とした気分で1日を過ごし、悪夢の床に着いたに違いない。


もう書くのをやめてしまおうかな。

そんなことを思う。執筆が好きだと言っておきながら、その薄っぺらさに自分で笑った。しばらくは書きたくないし、きっと書けそうもない。もしかしたら……この先ずっと。


帰宅して、いつものようにパソコンのスイッチを入れた。

あ……と思ったが、パソコンは低い音を鳴らして起動を開始する。書かないのにパソコン立ち上げてどうするんだよ……と笑いが漏れた。どうやら癖になっているらしい。


起動中のパソコンを消すわけにもいかず、椅子に座って起動を待つ。

ものの数十秒でパソコンが立ち上がり、ホーム画面が開く。そこには下手くそな手書きのキャラクターが壁紙に設定されいる。ファンタジー風の衣装を身に纏った女の子。表情はひどく誇らし気、笑顔でこちらを見つめていた。


僕の小説のキャラクターであり、酷評された小説のキャラクターだった。


下手くそなのに誇らし気な表情。シャットダウンするのがどうにもできなくて、僕は執筆アプリを起動してしまう。画面の半分にアプリが表示され、もう半分の画面からはキャラクターが応援するかのようにこちらを見ている。いつものスタイルだ。


背中を押されたような気がしてキーを押す。

プロットも何もない。まっさらな状態で走り出した。頭の中にあった筈のああしよう、こうしようっていう話は酷評されて書く気が失せてしまった。


……だから、僕は自分の世界のみんなに愚痴を言った。


きっと僕が弱音を吐いたら主人公はこう言うし、ヒロインはこう言うのかな。王様はこうだし、魔王はああ言うな。考えなくてもポンポンっと飛び出してくるセリフ。まるで本当に対話しているかのようだ。書き続けているとキャラクターが動き出すという話を聞いたことがあるけれど、それってこれも含まれるのだろうか。


「そんな事ないよ。自信持って!」「大丈夫、天才なんだから絶対できるさ。」「この世界を貶すなんて信じられないっす。」「今からそいつボコってやろうぜ!」「酒でも飲んで忘れるんじゃよ。」


慰められて、励まされて、罵倒して、最後はみんなで一緒に笑い合った。


気がついたら1万文字以上も書いていた。

平日の夜に、それだけの文章を書いたことなんてほとんどない。一応、ストーリー仕立てにしてあるとは言え、とても人に見せられるものじゃない。人が見たら気持ち悪いと酷評するに決まっている。僕だって他人のそんな文章みたら気持ち悪いと思う。


まさしく駄文だ。けど、こんなに楽しい駄文はなかった。

小説をバカにされた日に大量執筆をするなんて、自分が信じられなかった。そして僕は思い知った。僕の趣味は小説で、ストレス解消もまた小説なんだって。


真夜中の机上、僕の小説を酷評したあいつを思い浮かべる。

『才能無さそうなのに、どうして書くの?』そういったあいつの顔を。


その顔をまっすぐに見つめて、胸を張った。


「僕は小説が好きだから書く! これが答えだ文句あるか?」


その日、随分と遅めの就寝はすっきりと心地よかった。

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