第10話 月山富田城は闇に沈む
大内義隆を総大将とした大軍は、その途上に点在する国人領主の兵を吸収しつつ、出雲の月山富田城を目指して進攻していた。
その軍の進路は大きく三つに分かれている。
まず、義隆の養嗣子、
毛利元就は安芸の国人を糾合し、
その元就を二ツ山城の
この本城氏はもともと高橋氏を名乗り、毛利の一族だった。
だが最後の当主、
「主君を討つとは、何たる犬武士か」
元就はそう盛光を罵った。
現在、島根と広島の県境に残る「
その後、高橋氏の残党は石見へ逃れ本城氏を名乗るようになった。
以来、この一族の元就に対する恨みは、ほとんど骨髄に徹していると云っていい。常光も驍勇で世に知られる男である。毛利の先陣はあっという間に蹴散らされた。
「行け、元就の首を打て。誰が犬武士であるか、奴に思い知らせてやるのだ」
常光は馬上で咆哮した。
「うろたえるな。敵は小勢だ、穂先を揃え押し出せ!」
元就の次子元春は最前線へ馬を進め、みずから指揮を執る。彼も若いながら、勇将との呼び声が高い。
元春が麾下の槍隊を突入させると戦況は一変した。反撃の体勢を整えた毛利軍に対し、数に劣る本城軍は崩れたつ。
敵将、本城常光はそのまま出雲を目指し撤退して行った。
大内軍の本隊を率いるのはもちろん義隆である。周防のみならず北九州からも兵を呼び寄せ、数万という大軍で備後地方を席捲していく。彼が進むのは元就よりも更に東、備後と出雲を結ぶ石見(銀山)街道である。
ここは大軍が進むには適しているが、その分、尼子方の城が数珠つなぎになっている。南から、
彼らは通称『尼子十旗』と呼ばれ、富田城防衛の拠点となっているのだ。
「奴らめ。城門を閉じたまま、出て来ようとはしませんな」
大内家の重臣、
もともとは義隆の男色の相手であったという隆房は、その軍事の才によって現在の地位にまで上っている。自身が秀でた才能を持つ故か、能力に劣ると見た者を侮る傾向が強く家中での評判は芳しくない。
しかし軍を率い、戦えば常に勝つ隆房を面と向かい讒謗する者は無かった。
「いかがする、隆房」
彼を見る大内義隆の視線には、まだどこか媚びるような色がある。人目が無ければ手をとり、身体をすり寄せかねない様子だった。
「構わず置き捨てましょう。月山という幹が無くなれば、このような枝葉など自然と枯れ落ちる」
ふん、と隆房は嗤った。
「それに、戦う気概を持たぬ者を相手にするのは、大内家の恥辱ですからな」
衣掛城が攻撃されなかった事が、すぐに他の城にも伝わったのだろう。
街道沿いの城は、大内勢が城下を通り過ぎても、幟旗すら下ろしたままで沈黙を続けた。
大内義隆は戦うことなく富田城まで軍を進め、その峻険な山を大軍をもって取り囲んだ。
「間もなく、晴持さまも到着とのこと」
使者の報告に、義隆は満足げにうなづいた。
☆
「囲まれてしまったな」
櫓から見下ろした尼子晴久は後ろに控える立原久綱を振り返った。
「先に城下の者たちを避難させておいて良かった」
晴久の顔には焦りの色はない。このような事態は当然予想されていた。
事前に富田城を離れていたのは住民だけではなく、大内軍の後方の山には、既に山中鹿之助、熊谷新右衛門らの小部隊を潜ませてあるのだった。
「なるほど、これは
三国志好きな鹿之助は嘯いた。
大内の軍は飯梨川を挟んだ両岸に延々と陣を敷いている。山に囲まれたこの城下では、大軍を展開するだけの場所が無いのである。
これはまさに三国志の英雄、蜀の劉備が大敗を喫した夷陵の地形に似ている、と云えなくもない。
「ばかか、鹿之助。俺ら数十人では糧秣を焼くのが精一杯なんだからな。おかしな事を考えると死ぬぞ」
「うーむ。やはりそうか。では仕方ない、久綱さまの命令に従うか」
「やっと、か。やっとその境地に達したのか。もしや、今のいままで敵中に斬りこむつもりだったのではないだろうな」
「ん、まあな」
何て危ない奴だ、新右衛門は鹿之助と同行する事を少し後悔した。
鹿之助たちは斥候と、大内軍の後方攪乱を目的としている。
やがて日は落ち、闇が訪れた。
「では、俺たちの出番だ。いいか鹿之助、くれぐれも変な気を起こすなよ」
なおも、くどくどと説教する新右衛門に、鹿之助は曖昧に頷き返した。
彼らの眼下には、月山を包囲した大内軍の松明の火が、満天の星のように揺らめいていた。鹿之助はゆっくりと立上った。
「では行くか、新右衛門」
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