第9話 新宮国久、誅殺

 せんやまは出雲と石見の境界にあたる。

 出雲側の田儀たぎ海岸からその峰へと分け入れば、狭く急こう配の径が曲がりくねり、延々と続く。この峠道は現在では国道となっているが、それでも事故や、積雪時には車の立ち往生が頻発する交通の難所である。

 そして仙山峠を越えれば、そこは石見の国だ。久手くての中海と呼ばれる湿地帯を横に、再び山間に向かうと、石見銀山を抱える大森の街並みが見えて来る。


 此度の出陣は、毛利方に奪われて久しいこの石見銀山を奪還するためのものであると尼子晴久は触れていた。



「しかし、我らの力も無しに出来ると思うておるのですかな、晴久は」

 父、国久くにひさと並んで登城している誠久さねひさは、憎々し気に吐き捨てた。

「よいではないか。お館直々の出陣とあれば、勝って当然。負けたとしても我らは傷つかぬ。茶でも飲みながらお手並み拝見と行こうではないか」

 うむう、と誠久はまだ納得がいかない様子である。この男は、常に先陣を切り一番手柄をあげる事こそが、武人にとっての最高の栄誉と考えているのだ。


 元来、新宮党には尼子宗家に対する尊崇の念が薄い。

 国久の弟、興久おきひさ塩冶えんや氏の養子となっていた。塩冶氏は出雲大社の宮司である千家せんげ北島きたじま両家の縁戚に連なる名家である。先代の尼子経久は、自らの子を養子として送り込むことで、その社領の支配を目論んだのである。

 だが塩冶の名を背景に各地の豪族と手を結んだ興久は、父に対し叛旗を翻す。結果、出雲を二分するほどの内乱となり、尼子家の結束の緩さを内外に晒すこととなってしまった。

 叛乱が鎮定されたのち、経久の在世中は大人しくしていた国久だったが、晴久の代になってその横暴さは目に余るものとなった。その気分はこの誠久にも受け継がれているようだ。


「毛利でさえ、父上が当主になった暁には、喜んで麾下に馳せ参じると言って来ているのですからな。晴久など銀山の坑道に埋まってしまえば良い」

「これ、声が大きいぞ。滅多な事を言うものではない」

 たしなめる国久も、知らずしらず頬が緩んでいる。

「だが、それも間もなくでありましょうがな」

 わははは、と哄笑する誠久と国久の前に、鹿之助を連れた立原久綱が立ち塞がった。


「何やら楽し気なご様子、結構なことですね」

 久綱は皮肉な笑みを浮かべた。

「なんだ、立原。そこをどけ。それにそいつは、鉢屋の仲間ではないか。お前もあ奴のようになりたいか。えい、そこをどけと云うのだ」

 だが鹿之助は冷ややかな表情のまま、動こうとしない。


「おのれ、無礼な」

 ついに誠久は剣に手をかけた。だが誠久はそれを抜く事は出来なかった。鹿之助の抜き放った太刀はそれよりも早く、誠久の刀の柄を握った右手を斬り飛ばしていた。

 絶叫をあげ、誠久は地面に転がった。


「な、何をする。このような狼藉、許さぬぞ」

 蒼ざめた国久の背後で、本丸の門が音をたてて閉じられた。立原久綱は一通の書状を手に国久の前に進み出る。

「聞け、新宮国久!」

 城内に響き渡る声が久綱から発せられた。

「そなたは毛利と通じ、この富田城を奪うつもりであったな。この書状によりその叛意は明白。潔く自害するか、それとも捕縛されたうえで斬首か、選ぶがいい」


「偽物だ、そのような手紙など知らぬ」

 しかし思えば心当たりは幾らでもある。毛利の力を借り晴久を追い落とすつもりであった事は間違いないのだ。

「毛利め、この国久をたばかったな」

 国久は天を仰ぎ、呻いた。

 その周りを武装した侍たちが囲む。


「久綱め……誰が貴様などに膝を突くものか」

 肩で大きく息をついていた国久は太刀を抜く。

「儂は尼子のためを思い闘ってきたのだ。それが何故分からぬ、この小僧どもが」


 久綱に向け太刀を振りかぶった国久の身体を、何本もの槍が貫いた。

 血走った目で国久は久綱と鹿之助を睨む。

「これで……」

 国久の太刀が手から離れ、地面に落ちた。


「これで尼子も滅びる。……お前たちが、滅ぼしたのだ」

 ごふっ、と血を吐き、国久は息絶えた。


 ☆


 尼子家の混乱は毛利から周防の大内へ伝えられた。

 大内義隆はこれを好機と出雲への侵攻を命じる。周防、長門、安芸、備後の国衆を動員した大軍が、月山富田城を目指し進軍を開始した。

 自ら出陣するという義隆を側近は必死で止めた。月山富田城は難攻不落の城として名高いのである。不測の事態が起きないとは限らないのだ。

 しかし義隆はまったく意に介さない。


「案ずるな。尼子経久はすでに亡い。さらには新宮党も誅殺されたというのであれば、富田城ごとき小城、何ほどの事があろう」


 ほとんど物見遊山の気分で、大内義隆は周防を発したのだった。



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