「短編」殺した言葉を僕が紡ぐ

たのし

殺した言葉を僕が紡ぐ

「ねー。おじさん。今何を考えているの。」


空をぼーっと眺めるアキラ叔父さんに聞いた。


「空から、雨じゃなくて食べる飴が降って来たら世界の人達はどうするかなー。って考えているよ。」


中学生の僕でもバカらしく思う事をアキラ叔父ちゃんは真剣に考える。アキラ叔父ちゃんは魚屋でアルバイトをしながら小説家として生計を立てている。


「なーヒカル。もし飴だったら子供は毎日甘いものを食べられるよな。世界中の子供は甘い物には不自由しないな。」


僕はまた始まったっと付き合いきれなくなり庭から部屋の中に入った。


アキラ叔父ちゃんは小さなメモ帳を出し、小説のネタを書き加えた。


アキラ叔父ちゃんは身長がある割には華奢で僕のお母さんとは正反対だ。力もなく仕事では良く魚の入った箱を落とし何度か売り物にできなくしているくらいだ。


家に帰って来ると、自分の部屋に入り400時詰めの原稿用紙に向かいペンを走らせている。


毎年大小様々なコンクールに出展しているが、小さな賞を数回取っただけ。編集者もついてくれた時期はあったが、作風が斜め上をいっていると匙を投げられた。それからアキラ叔父ちゃんは1人で小説を書き続けている。


僕のお母さんはアキラ叔父ちゃんに優しい。

「昔からあんな弟だから、応援しなくちゃね」

っと僕達家族の家に置いてあげている。お父さんもアキラ叔父ちゃんの事は気に入っていて、夜時々2人でお酒を呑んでいる。お酒が弱いアキラ叔父ちゃんはいつもお父さんから酔わされ倒れている。


僕はアキラ叔父ちゃんの小説を読んだことがない。読みたくない訳では無いけれど、身内の人が書く文章に少しこそばゆい感じがするから。


お母さんは,アキラ叔父ちゃんの本は毎回読んでいる。

「生きた文章って、あんな文章を言うのね。」

これがお母さんの感想である。僕にはよく理解できなかった。生きた文章って言葉の意味はまだ先に分かることになるのだが。


アキラ叔父ちゃん良く近所の河原の決まったところに座り、川を一点に見つめ何か考え事をしている。


時々、夕飯の支度ができたと伝えに行くのだが、その時アキラ叔父ちゃんの近くまで呼びに行かないと気づいてくれない時がある。

その時のアキラ叔父ちゃんは自分の穴の中に入って何かを獲物を探す様に身動きとらず、じっと一点を見つめている。時々、その光景が不気味に思う時さえある。


左手には小さなメモ帳。

インクで汚れた右手にはボールペン。


その日も僕はアキラ叔父ちゃんの耳元でおーい。っとでかい声を出さないと気付いて貰えないくらい深くまで入り込んでいた様だった。


ブワっとこちらの世界に帰ってきたアキラ叔父ちゃんは体をプルルと犬の様に震わせいつもの穏やかな表情に戻った。


「叔父ちゃん夕飯だって。帰ろう。」


僕が言うと。


「なー。ヒカル。死んだ言葉は何処に行くんだろうな。」


アキラ叔父ちゃんは膝をパキッと音を鳴らし立ち上がりながら言った。


「んー。よく分からないなー。死んだ言葉か。でも、言葉って忘れられても言われた人、言った人、見た人、書いた人の一部にはなってると思うよ。」


僕はアキラ叔父ちゃんと影の大きさを合わせる様歩いた。


それから数日間、アキラ叔父ちゃん部屋に篭り小説を書き続けた。右手はインクで真っ黒になり顔も痩け、トイレ以外は部屋に篭った。


魚屋の人も家に訪ねにきたが、会う事なく小説を書き続けた。


それから、1ヶ月経った頃。


アキラ叔父ちゃんは部屋から出てきてお母さんにご飯をお願いし、出てきたものを片っ端から食べ「うめー。」っと一言発した。


それから、家の縁側で穏やかな表情で子供の様にヨダレを垂らしながら眠っていた。


夜になり、晩御飯をみんなで囲いお父さんに誘われアキラ叔父ちゃんは晩酌を始めた。


しかし、この日はいつもと違いいつもなら焼酎の水割り一杯で倒れる叔父ちゃんはビールに焼酎ロックと次々と瓶を空けていき、お父さんが顔を真っ赤にしてグッタリしていた。



アキラ叔父ちゃんはご機嫌にお風呂に入り、スッキリした様子で自室に入って行った。






次の日、僕が起きるとアキラ叔父ちゃんはいなかった。昼を過ぎた頃、耳を劈く様に電話が鳴った。

相手は警察だった様で、今朝アキラ叔父ちゃんが河原で遺体となって発見されたらしいのだ。電話に出たお母さんは膝から崩れ落ち、一時正気を失って居たが、身元確認のため僕とお父さんと3人で警察署に行った。

ビニールの袋に入った人の形をした何かのファスナーを刑事が開けると昨日昼寝をして居た子供の様なアキラ叔父ちゃんの顔があった。


それからの時間は無になるほど早かった。葬儀も終えてアキラ叔父ちゃんは僕のお婆ちゃんとお爺ちゃんのお墓に入れられた。


遺影は昔、写真集の小さな見出しに使われた少し若いアキラ叔父ちゃんはの写真だった。写真の表情はなんだか乾いた様な笑顔でこちらを見ている。


僕は線香臭い部屋にいるのが嫌になり、二階に上がった。僕は少し空いたアキラ叔父ちゃんの部屋に入った。沢山積まれた段ボール。それに詰まった沢山の原稿用紙。アキラ叔父ちゃんの言葉が沢山詰まっていた。


いつもアキラ叔父ちゃんが座る机の上にいつも持っている小さなメモ帳とボールペンが置いてあった。小さなメモ帳にはおじさんの言葉が沢山並んでいた。大事そうに丸のついた文章に殴り書きの様な暴力的な文章。


1ページ目を開くと一行目にこう書かれていた。

【駄目なんだなー。俺、駄目なんだよなー。文章が好きだ。周りも見えなくなるくらい好きだ。文章書くって頭千切れそうになるし、体は重くなるけど、できたら皆踊ってるんだもん。だから辞められないんだよなー。呪われたなー。こりゃ】


「わがまま過ぎるよ。」


僕はアキラ叔父ちゃんが死んだ事実をやっと理解できたのか、ぽたぽたと涙を流して泣いた。


同時にアキラ叔父ちゃんを殺した文章に怒りが湧いてきた。僕は段ボールを抱えると床にばら撒き一枚一枚破いた。


「お前が。お前たちが。」


僕はひたすらに破いた。

「こんなの死んだ言葉だ。死んだ文章だ。殺してやる。殺してやる。」


僕はビリビリに破いた。アキラ叔父ちゃんを殺した文章を破いた。


気付いた時には泣いているお父さんに抱きしめられ床にはバラバラになった原稿用紙が散らばっていた。




それから、叔父ちゃんの49日を終え半年が経とうとしていた頃、家に出版社の人が訪ねてきた。


「安藤 明さんはご在宅でしょうか?」


お母さんはそっと仏間に編集者の人を通した。

事を察した編集者の人は線香を手向けバッグから重々しく封筒を出すと、こう言った。


「私どもの出版社で検討されていただきこちらを本として出版させていただきたいのですが。」


お母さんはその封筒を手にアキラ叔父ちゃんの仏壇に向かうと。


「やったじゃない。凄く大きい出版社じない。」


っとアキラ叔父ちゃんに伝え二つ返事で「よろしくお願いします。」と伝えた。


僕はまだ気持ちの整理が付かず部屋に籠る様になっていた。


それから一年が経ち、アキラ叔父ちゃんの命を掛けた本は書店に並ぶ様になった。


【言葉を紡ぐ】


僕は読む気にもならなかった。

いや、読む勇気が無かった。


しかし、出版社の方が来た時段ボール一杯に手紙を持って来たのだ。

お母さんとお父さんと一通一通読んでいくと暖かい感想と沢山のありがとうが込められていた。


その夜、僕は【言葉を紡ぐ】を開いた。


一行目には「なー。そらから雨じゃなくて飴だったら皆甘いもの食べれるよな。」から始まっていた。


内容は言葉を発すると現実になる青年の物語だった。その能力を使い様々な人を助けるその中で恋に落ちるが、言葉を発すると彼女の気持ちを優先できないと言う葛藤を描いたストーリーだった。


「30超えて恋もせず、文章ばかり書いて何やってんだよ。いい話じゃんか。」


僕は一冊の本を越えてアキラ叔父ちゃんと繋がれた気がした。


僕は一気に読み、アキラ叔父ちゃんの部屋に入った。


ビリビリに破かれたアキラ叔父ちゃんの言葉を僕は一つ一つ拾って貼り合わせていった。


「ごめんね。アキラ叔父ちゃん。死んだ文章なんて言って。命がけで書いたんだもんな。ごめんな。」


僕は全てを貼り終わると、原稿用紙一枚一枚を読み込んだ。


毎日毎日アキラ叔父ちゃんはのストーリーを読んだ。どれもいい話だった。生きた文章が広がっていた。


全ての文章を読み終わりコンコンっと分厚い原稿用紙を机で鳴らした後、僕はアキラ叔父ちゃんのボールペンを持ち原稿用紙に書き始めた。


【殺した言葉を僕が紡ぐ】





おしまい。

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