「短編」あの丘の老人

たのし

あの丘の老人

ホーホへ。ホーホへ。


今日もあの丘から老人の歌が聞こえる。


ホーホへ。ホーホへ。


あの丘に住む老人は何でも直してくれる代わりに、寿命を一年貰うらしい。だからあの老人の年齢は100歳を超えているらしいぞ。


麓に住む住人はその老人をそんな風に噂していた。




「お父さん。この車の玩具タイヤが取れちゃったよ。治してよ。」


「んー。これはもう車軸が折れちゃってるから治すことはできないなー。」


「お父さん直してよ。お婆ちゃんから買ってもらった大事な物なんだ。」


僕は裁縫屋を営むお父さんと2人で暮らしている。去年亡くなったお婆ちゃんに買って貰った車の玩具で遊んでいる時に壊してしまった。


ある時、丘の麓にあるお屋敷まで仕立て終わったブラウスを持って行った時だ。一見獣道に見える道脇にボロボロの小さな看板が立て掛けてあった。


『あなたの壊れ物なんでも直します』


所々色がはげ読みにくかったが、そう書いてあった。

この上にあるのか。

僕の車の玩具直してくれるかな?

僕は配達を終え、一旦家に帰り、壊れた車の玩具と外れた車輪を持って獣道を登る事にした。


小一時間歩いた時、開けた場所に着いた。

一軒木造の小屋。小屋から突き出る煙突からは黒い煙がもくもく上がっていた。


僕は恐る恐る小屋の扉をノックした。

すると中から、シワシワで髪がボサボサ。髭を蓄え、手は煤で黒くなっている痩せ型の老人が出てきた。


「おや。ボウヤ。こんな所に一人で来たのかい?熊にでもあったら大変だよ。」


僕は熊より今目の前にいる、老人の方が恐ろしいとその時思った。


「ささ。春とは言え山の中。寒いだろうから中へお入り。」


老人は僕を中へ入れてくれた。

小屋の中は様々な工具に暖炉。小さなテーブルと簡素なキッチンが広がっていた。


「今日はどうしたのかな?下の看板を見て来たのだろう?」


僕はそう言われて、車の玩具と車輪を小さなテーブルに置いた。


「おやおや。これは車軸も駄目になっているね。よし来た。おじいちゃんが直してあげるから、ちょっと待っておくれ。」


老人はそう言うと、埃に塗れた工具箱を出し、そこから鉄の丸棒を取り出した。そして器用にそれをヤスリで削り、車軸を完成させた。


「よしよし。これをこう入れて。どーだ。」


新しい車軸の入った車は買った当初より、勢いよく回った。


「おー。おじいちゃんありがとう。」


僕は車輪を回しながら動作を確認した。


「おじいちゃんお代は?今僕お金全然持っていないんだ。来月のお小遣いまで待っててくれない?」


すると、老人は手を振りながら


「お金はいらないよ。でも君の寿命を一年貰うってのはどうかな?」


老人は淡々と慣れた口調で言った。


「寿命を一年?僕8歳だから。。。でも、いいよ。分かった。」


僕は少し悩んでそれに応じた。


「ホーホへ。ホーホへ。毎度あり。ボウヤ、ビスケットと紅茶を入れてあげるから少し休憩してお帰り。」


僕は、手作りでパサパサしたビスケットと紅茶を食べた後、帰り支度をした。


「この獣道は夕方でも暗くなるから気をつけてお帰り。石に躓くんじゃないよ。」


僕は獣道をまた小一時間かけて下山した。

そして、夜お父さんが車輪がついた車を見て


「これはどうやって直したんだい?この車軸は確か特注品でもう在庫はないはずだよ。」


僕は今日の出来事をお父さんに話した。すると。段々とお父さんの顔から血の気が引いていくのが分かった。


「ビスケット爺さんの所に行ったのかい?寿命を取る爺さんの所に。」


「行ったよ。寿命を一年払う約束はしたけれど何もされなかったよ。」


お父さんはそれを聞き少し安心したのか落ち着きを取り戻して僕に言った。


「もう、あの丘には登ったら行けないよ。約束だ。」


「分かった。」


お父さんはビスケット爺さんを恐れているようだが僕はそうはあまり思えなかった。


それから、一月が経ったくらいだろうか。僕が川で魚を釣っていると、ビスケット爺さんが沢山の石を二輪車に乗せてそれを引っ張っていた。


僕はお父さんとの約束はあったが、余りにも重そうに運んであるビスケット爺さんを手伝う事にした。


「おや、何時ぞやのボウヤ。悪いね。手伝ってくれるのかい?」


僕は二輪車の後ろを押しながらビスケット爺さんに質問をした。


「おじいちゃんは何で僕の寿命を一年取るの?」


ビスケット爺さんは手を止めて顎髭を触りながら言った。


「その内。分かるさ。」


それ以上、ビスケット爺さんは何も言わなかった。

そして、ビスケット爺さんが住む小屋までついて岩置き場まで運びそれを下ろした。


ビスケット爺さんはその後、岩を大槌で粉々に砕き、網目が細かいザルでそれを濾し始めた。


「ボウヤもやるかい?」


僕は実際何をさせられているか分からなかったがビスケット爺さんの言われる通りに行った。


「ボウヤ。ビスケットと紅茶を淹れてあげるからお上がり。」


僕はビスケットと紅茶を頂いた後、もう少しビスケット爺さんを手伝った。


「ボウヤ。後少しで日が暮れそうだ。早くお帰り。後、もしボウヤが来たかったら、いつでも遊びにおいで。」




僕は一日ビスケット爺さんと過ごして、彼に少し幼ながら興味を持っていた。


「うん。またくるよ。」


僕は沈む夕日を背に僕の住む村へと帰った。


あくる日、僕がビスケット爺さんの所を尋ねると僕より少し年上の女の子が小屋の横の少し小高い場所に穴を掘っていた。


「こんにちわ。ビスケット爺さんはいますか?」


僕は女の子に尋ねると、山の方を指差し薪を取りに行ったと教えてくれた。


「僕、ピックルって言います。君名前は何て言うんだい?」


彼女は地面に棒で『ミド』っと書いた。

書いたのち彼女は僕との会話を止めるようにまた穴を掘り始めた。


「おー。ボウヤ来ていたかい?」

薪を担いだビスケット爺さんが山から降りて来た。


「ビスケット爺さんお手伝いに来たよ。何かやる事はある?」


そう言うと、ビスケット爺さんは少し考えた後で


「なら、この前の続きをしてもらおうか。」


「分かった。」


僕は砂にまで砕かれた岩をザルに掬いそれを濾した。

「これ、いったい何なんだろう。」


僕はザルに残った小さな砂粒を手に取ってみた。黄色がかった粒は当時の僕はただの砂でしかなかった。


「ところで、ビスケット爺さん。あの女の子は誰だい?」


「ミドか?あの子は君と同じでワシが一年寿命を頂いた子じゃよ。お母さんの義足の修理にここまで来た子じゃ。ボウヤと同じで時々ここに来てワシを手伝ってくれておる。いい子だよ。」




「そうなんだ。でもあの子しゃべらないよ。」


「そのお母さんも半年前に亡くなってそれからはあの状態さ。いろいろあるものだよ。」


「そっか。」


僕はこれ以上は聞いていけない気がしたので、また作業に戻った。


そして、空が青からオレンジがかろうとした頃。


「ほら。二人とも。ビスケットと紅茶を淹れたから休憩してお帰り。」


僕とミドは簡易的なキッチンで手を洗い、それを頂いた。ビスケット爺さんが焼くビスケットは不揃いでパサパサしているが、癖になる甘さだった。


僕達は休憩を入れた後、お互い反対の方へと歩いた。


「ミド。じゃあね。また会える日まで。」


女の子は僕を見て軽く会釈すると下山して行った。


それから、僕は時間がある時は獣道を抜けて丘で待つビスケット爺さんの所へ行った。


時々、ミドも居て作業が終わるとビスケットと紅茶を頂いて帰る。だんだん僕は作業にもなれて来たが自分がしている事については分からなかった。


ビスケット爺さんと出会って季節が一周したあたりのある昼間。


「ボウヤ。今日は違う作業を手伝ってくれないかい?」


「いいよ。どんな事をすればいい?」


そう言うとビスケット爺さんはミドが掘った穴に僕を連れて行き


「ミドが掘った穴が崩れないように中を木で固定して欲しいんだが。」


穴は縦2メートル横1メートル深さは1メートル半くらいだろうか。僕は穴の横にある角材をミドと2人で担ぎ穴の中を囲った。


囲い終わると辺りはカラスが鳴く時間となり、いつもの様にビスケットと紅茶を頂いて下山した。


次の日僕がビスケット爺さんの小屋に行くと、僕とミドを連れ山の奥に案内してくれた。


獣道を更に奥に行くと、樹齢千年は優に超える大木に案内した。


「ここは、ワシが若い時に良く来たところじゃ。」


そう言うと大木の根が剥き出しになった丁度腰を掛けるには良い場所に3人で座った。


「2人とも今までご苦労だったね。少しワシの昔話を聞いてくれるかい?」


そう言うとビスケット爺さんは古い写真を見せてくれた。

その写真には若々しきビスケット爺さんと奥さんらしい女性。その女性に抱かれた子供の様子が映されていた。


「これは、若い時のワシと妻と子供じゃ。この頃はワシは機械工として、会社を起こしていて成功しておった。毎日働いて、帰って寝て、仕事をしての毎日だった。お金がだんだん入ると当時のワシは何でもできると勘違いして、毎晩高い酒を飲み夜の街へ出かけ遊び回った。」


ビスケット爺さんはそれから写真に目を落とし続けた。


「それから、戦争の世になった。ワシは国から火薬を作るよう命じられた。その火薬は沢山の命を奪った。そして、ある日ワシの経営する工場にも敵が攻めて来た。火薬工場を消すためじゃ。それがミド。お前の住む街じゃよ。ワシの妻も子供もその時に死んだ。悪かったの。」


そう言うとビスケット爺さんはミドに向かい。


「悪かったな。お前のお母さんをこうしたのはワシのせいじゃ。欲に目が眩んだワシのせいじゃ。」


ビスケット爺さんはミドに頭を下げながら言った。


「ううん。ビスケット爺さんのせいじゃないよ。」


その時初めてミドの声を聞いた。


「村では1人の私にずっと居場所をくれたのはビスケットだもの。感謝してるの。」


ミドはビスケット爺さんの手を握って言った。


「2人とも良くお聞き。今からはワシの遺言じゃ。ワシが亡くなったら2人で作った穴にワシを葬っておくれ。そして、どうしても困った時はこの木の裏にある、金柑の木を掘ってみるといい。ワシからのプレゼントじゃ。」


ビスケット爺さんは右の木を僕。左の木をミドと教えてくれた。


「ワシは2人から一年分の寿命を頂いた。ここに2人で登って来てちょうど今日で合計は365日じゃ。暇な老人のために、来てくれてありがとう。」


「でも、ビスケット爺さん。明日も僕は来るよ。」


僕はそう言うとミドも大きく頭を縦に振った。


ビスケット爺さんは両手で顔を抑え弱々しく泣いた。


大木の枝から溢れ光はビスケット爺さんを照らしていた。


ビスケット爺さんの話を聞いた後も、僕とミドは毎日獣道を抜けビスケット爺さん待つ小屋へ向かった。作業をして、ビスケットと紅茶を頂いて帰る。その繰り返しだった。


ただ、少しづつビスケット爺さんは弱々しくなっていった。


ビスケット爺さんと出会って季節は3週目に入ろうとした、ある日。いつもの様に小屋に向かうとミドが小屋の前で呆然と立っていた。


「ピックル。ビスケット爺さんを穴に入れよう。」


僕は全てを悟った。


「分かった。」


僕は小屋の中に入り、小さなテーブルに伏せている、ビスケット爺さんを見た。まだ起き上がってホーホへと笑いそうなビスケット爺さんの身体がそこにあった。


それから、僕とミドでビスケットを爺さんを小屋の横にある。穴へと運び埋葬した。それから山にある花や木の実を集め穴には土を被せ墓へと名前を変えた。


僕とミドはその後、これからの事を話した。週に一回ここへ来てお墓の掃除をしよう。小屋の中も綺麗にしようと。


それから、僕達週に一日ここへやって来ては小屋の掃除とお墓へのお供えを続けた。




そんなある日の晩。僕は夜なのに真っ赤になる外に気付き目を覚ました。

そこにはボーボーと音をたて燃える山の光景が目に入った。

あそこはいつも僕が行っていた方角だ。

山火事はこちらまで暑くなる様な凄まじい炎で山を全て無に返そうとしていた。僕はその光景を見て胸のあたりがヒヤリと冷や汗をかいているかの様だった。


数日山は燃え続け、大雨が降ったあくる日に勢いを失った。


僕は鎮火したのを確認して小屋へと向かった。

小屋は見るに耐えないほど黒く焦げビスケット爺さんのお墓も何処にあるか分からないほど悲惨なものだった。


僕より少し後に来たミドは肩の力が抜けすっかり抜け殻になっていた。


とりあえず僕は自体の把握にと小屋を一周したが、手の施しようがないほどだった。


「ミド。燃えちゃったね。」


僕は誰がどう見ても分かるだろうって事を言った。しかし、それくらいしか今の僕は言えなかった。


「そうだね。燃えちゃったね。」


僕達はその場に伏せるしか出来なかった。

しかし、ビスケット爺さんのあの言葉を思い出した。


「ミド。金柑の木に行ってみようよ。」


僕達は困った事があったらと。ビスケット爺さんに言われた金柑の木を目指した。


幸い大木は燃える事なくその生命力を維持していた。大木に守られた2本の金柑の木を僕達は掘り起こすことにした。


そこには各々一つの木箱が入っており、開けると一枚の手紙と僕がビスケット爺さんに言われて作業した、黄色の小石が沢山敷き詰められていた。


手紙には


「ボウヤ。これを読んでいる頃はワシはもういない。そして、困っているに違いない。この箱に入っているものを売って役にたてて欲しい。金に人生を売ってダメにしたワシじゃが、ボウヤにはこれしか残す事はできない。しかし、これは心に刻んでいて欲しい。この金で高い酒を飲もうが、どうしようかはボウヤの好きにして良い。しかし、金持ちも貧しい人も死んだら同じ骨じゃ。しかし、その骨に芯があるかどうかはボウヤ次第じゃよ。」


ビスケット爺さんの文字は筆圧が強くそう書かれていた。

ミドにも同じ内容が書いてあったらしいが、僕達には迷いはなかった。


「ビスケット爺さんのあの小屋で修理屋をしようと。」


僕達はそれから金を売りそのお金で小屋を新しくした。


そして、修理に来た人にはビスケット爺さんのビスケットと紅茶を振る舞った。


ビスケット爺さんに教えて貰ったことは僕達が引き継ぐよ。僕達は今日もあの丘で修理屋を営む。


ホーホへ。ホーホへ。ビスケット爺さんを思いながら。

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