「短編」僕の昔話

たのし

僕の昔話

鶴は千年、亀は万年。

貴女は元気でいますか?

鶴は千年、亀は万年。

僕の気持ちに名前はいらない。


僕が、貴女を意識する様になったのは猿岩で君を見た時。満月の夜に照らされた貴女は凄く素敵だった。

でも、僕はこうしてテトラポットの影から貴女を見ることしかできない。


僕はこの村の産まれで両親は酒屋を営んでいる。小さい頃から猿岩の横にある砂浜が僕の遊び場だった。

ある日、カモメに襲われている小さな生き物に遭遇した。僕はそばに落ちている木の枝を振り回しながらカモメと戦った。

頭は突かれるは空は飛ぶわで痛かったけれど、小さな亀を助けた勇気を鼻高らかに親に話したのは覚えている。


僕は小さな小学校に通っていた。全校生徒は13人。一年生の僕は二年生と一緒の教室で勉強していた。

ある日、外を見るとイチョウの木の下で女の子がこっちを見ている。僕は自分と同じ歳くらいの女の子がこんな時間にあそこにいるのはおかしいよなーって疑問を持っていた。


夜お母さんにその話をしたら、そんな子はこの村には居ないよと言った。


多分葬儀があったからそこの子だろうと説明があった。


しかし、次の日も次の日もイチョウの木の下には女の子がいてこちらを見ている。

お母さんと商店街に買い物に来た時もその女の子は一人で歩いている。


お母さんあの子だよ。


そう言って女の子の方を見たが女の子はいない。それからその女の子を見かける事はなくなった。


ある日、海へ出かけた時に彼女が居た。一人で海岸に落ちている木の棒を集めていた。

何か基地でもつくるのかなー。っと僕は屋根にちょうど良いであろう乾燥したワカメを持って彼女に近づいた。


見てー。ワカメ。


びっくりした様な表情の彼女は僕を見て、目をキョロキョロさせながら僕を見ていた。

そして彼女は一呼吸置いて


気持ち悪い。


それは僕に言っているのか。確かに僕はまん丸に太っている。汗でベタベタしてるから気持ち悪いのだろう。

僕はカラカラのワカメを丸く小さくして彼女の前から逃げる様に去った。



僕は中学と高校を卒業し、実家の酒屋を手伝う事にした。同級生は大学に就職と次々村を出て行った。


僕は同じ歳の人が居なくなったから一人でよく猿岩のある海岸へ出かけていた。


貴女を見かけた。あの頃と変わらず貴方は誰も寄せ付けないオーラを纏っている。まるで自分を守るかの様に。


僕は貴女の空間に入らない様、遠くに座り同じ月を楽しんだ。貴女の空間に入ってしまったらもう会えない様な気がしたから入らない様にしていた。


僕はよく仕事で猿岩のある海岸線をバイクで走る。

ある日、僕は不思議な光景を見た。波打ち際に亀がいるではないか。

前足をパタパタさせてまるでいってらっしゃいと言われている気がした。

驚いたのは次の日もその次の日も同じ亀が波打ち際で前足をパタパタさせている。

夜はいないのに朝から夕方までいる様だった。

僕はその亀を見るのが少し楽しみになっていた。


ある晩いつもの様に猿岩のある海岸に行った時、貴女は猿岩にもたれかかり眠っている様だった。


僕は少しづつ様子を伺いながら彼女の方に近付いて行くことにした。


無防備な貴女はスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。

僕は何故か昼間の亀の事。

仕事の事。

家族の事。

そして自分の事を話した。

独り言だが、何故か貴女に話したくなったのだ。

貴女は横でずっとスヤスヤ眠っている。いったいどんな夢を見ているんだろう。


僕はその日から彼女が眠っている時は隣に行き沢山のことを独り言の様に話した。

時々貴女の寝息を聞きながら本を読んだり、同じ空間を楽しんだ。



僕は両親が酒屋を引退して僕に店を譲ってくれた。

僕はがむしゃらに働いた。

いつもの亀も20年変わらず僕を見送ってくれる。

夜は猿岩に行き変わらず貴女を眺めたり、眠っている時は横でいろんなことを話した。

貴女は歳の割には若々しかった。


ずっと、何処の人なんだろう。って気になっていたが調べる事はしなかった。きっと貴女は嫌がるだろうって思ったから、貴女の空間に入るのは眠っている時だけにしようと決めた。だから僕は貴女の名前を知らない。


ある日、僕はいつもの様に海岸線を走り配達に向かっていた。

山中に差し掛かった時、山の上から大きな音と一緒に大きな岩が降って来た。強い衝撃と痛みで僕の意識は無くなった。


遠い意識のなかで両親の泣く声、医者の諦めの言葉が聞こえた。


あー。もう僕は死ぬんだ。

これからの店のこと。

両親への罪悪感。

貴女の事。

遠のく意識の中で沢山考えた。


後悔しかない。まだ生きたい。僕は強く願った。


その時である。誰かが僕を起こした。この感触知っている。この声も小さい時に聞いた事がある。


貴女だ。頑張ってやっと薄く目を開いた。

背中が血に染まっている。

僕に何かを飲ませた貴女はフラフラと病室を後にした。僕は薄れゆく意識の中で彼女の痛々しい背中に薄ら亀の甲羅の破片を見つけた。


それを見た時、点が線になった。


海岸の亀。

夜しか現れない貴女。

小さな時を冷たくあしらった女の子。


全部君だったんだ。

全てが繋がった。

ずっと僕の近くに居てくれたんだ。


次の日僕は目を覚ました。医者に奇跡だ。といわれた。しかし、後遺症が残った。僕はどうやら回復したが、頭のネジが抜けてしまったらしい。昼間は大丈夫だが、夜気を失う様に眠ってしまう様だ。


夜貴女に会いに行く事ができない。しかし、昼間なら海岸にいつもの様に波打ち際で前足をパタパタして待っててくれる。退院したらすぐ感謝と今までの事を全部話そう。僕はそう決めていた。


退院は予定より早くなった。

僕は早速、亀の貴女がいる海岸へ向かった。

しかし、亀の貴女はいなかった。


次の日も次の日も貴女はいなかった。


夜行こうとしても、僕は意識を失う。朝になりいつも歯痒くなる。


感謝を伝えたい。それだけなのにそれを僕の身体は許してくれなかった。


月日が流れ僕は80歳を越えていた。

子供のいない僕は酒屋を畳み余生を過ごしていた。


時々昼間亀の貴女がいた海岸線を散歩する。

亀はどうやら僕より長く生きるらしい。

僕は玉手箱を開けた様な一瞬の人生だった。貴女に出逢えた人生。それも悪くない。


貴女は素敵な女性だった。

最後に一目でいいから会いたかった。


貴女は貴女の人生を歩んで欲しい。

あっちに先に行っているから、貴女が来たら沢山話をしよう。僕の話。貴女の話。沢山話そう。

先に行って待ってるから。


絶対玉手箱があっても開けちゃだめだよ。


鶴は千年、亀は万年。

貴女を想った人生だった。

鶴は千年、亀は万年。

貴女を想う僕の気持ちに名前はつけれない。


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