56. 亭主関白になろう

『亭主関白になろう』

       桜多彼方左


 妻の尻に敷かれている人だとよく言われたりする。

 あいや、ぼくのことじゃないよ。今の世の中のひ弱な男子たちのことだ。でもまあ確かに今は、女性も学をつけて社会へ出て、男性たちに負けず劣らず活躍する時代になってはいる。

 そんな時代に、ではなぜ亭主関白などと言う言葉を持ち出したのか?

 ちょっと難しそうな言葉を出してきて自慢したかったからか? ――否。

 それとも漢字準二級の腕前を披露したいからか? ――否否。

 冗談はともかくとして、いくら女性の社会的立場が向上しているとは言え、家の中でまで妻の言いなりになってしまっていては、男がすたるのではないか?

 近頃の妻たちは、仕事で疲れて帰ってきた亭主を捕まえて、やれ肩を揉め腰を押せだのと言って後ろに立たせ、「もっと強くよ」とか「まだよもっともっと」などと叫んでいるそうだ。こんな有様では駄目なのである。

 今、低迷するぼくたちのこの日本社会を、ぼくたち男の手で力強く前へと導くためにも、さあ皆、一人でも多く亭主関白になろうではないか!

 ちなみにぼくは、家では超絶的なまでの亭主関白なんだぞ。なにしろ妻の体のすべてを支配しているのだ。

 実際ぼくは昨晩だって、妻・桜多オウタW美ダブルミ(仮名)の体に後ろから乗っかってやって「ひぃあぁ~んもっと優しくぅ」とか「もうだめぇあたしこわれちゃうー」などと叫ばせてやったんだもーん。



「わっはははははっはぁぁーっ! いやあ、こうきましたか。今回も先輩かなりぶっ飛ばしましたねえ。いいでしょう、これでいきましょう。わははは」

「そ、そうかい。あは、はははは」


 改めて読んでみて、とても恥ずかしいことを書いてしまっていると思えてきて、ぼくはやっぱりかなりの気おくれを感じていた。


 後日。ワラビが女性雑誌を開いてぼくに突きつけてきた。


「あなた何これっ! またこんなこと書いちゃって、もう恥ずかしくて恥ずかしくてあたし外へ出られやしないわ!」



 実際ぼくは昨晩だって、妻・葦多アシタ藁美ワラビ(実名)の体に後ろから乗っかってやって「ひぃあぁ~んもっと優しくぅ」とか「もうだめぇあたしこわれちゃうー」などと叫ばせてやったんだもーん。



「が――っ! また実名ぢゃないかー、ワサビ君のやつめ!」


       ◇ ◇ ◇


「わっはっははははぁ~。ご免なさいご免なさい。この通りっす、許してください先輩」


 いくらそんなに頭下げたって、今度ばかりはぼくも黙っちゃいないぞ。


「頼むよぉーワサビ君。あれのおかげで、もう四日間もワラビに口利いてもらってないんだよぉ。まったくぅ!」

「いやあ申し訳ないっす。ああする方がより面白くなるかと思って。わははは」

「確信犯なのかぁー、ワサビ君!」

「だからこの通り、お詫びしますって。今夜は俺が払いますから」

「えっほんと!? お金あるの?」

「先輩、実は俺くじが当たったんすよ。削るやつ」

「えええー、そりゃすごい。で、いくら当たったんだい?」

「五万円すよぉ、五万、五万!」


 まーそれほど高額じゃないけど、でもすごいなあ。


「へえーよかったじゃないか。それじゃ今夜はごちそうさま。いやまさか君に出してもらえるとはなあ。ぼく今まで生きててよかったよぉ」

「それは大げさっしょ、パイセン!!」

「あははは、いつもの仕返しだよ、仕返し」

「もーまいったなあ。でもそう言うことなんで、お姉さ~ん! お~い、大瓶三本追加。それから鮪のお刺身四人前。わさび特盛りぃ~」

「は~い毎度ぉ~~」

「あと今日の勘定は全部俺だからぁ~っ!」

「わっかりましたぁ、社長さ~ん」

「わははは。さあさあ先輩どんどん飲んでくださいよ。足りなかったらいくらでも追加しますからね」

「おー気前いいねワサビ君! いつもの君らしくないよ。あははは」

「はあい、せっかくですからねえ」


 ようし。こんな機会はもうこないかもしれない。じゃんじゃん飲むぞぉ。


「あそれで先輩、例の富くじ文庫の件、どうなってるんすか?」

「あーあれねえ、あれは他にもいろいろ問題があってね。企画倒れになってしまうかもしれないんだよ」


 と言うかもう無理だろうなあ、あの企画は……。


「え問題っすか?」

「うん。著作権が切れてるとは言え、その偉大な文豪の作品をくじにするなんて、文学に対する冒涜行為だとかね」

「そうっすね。それは言えてますねえ」

「だから、くじにするのなら、谷沢タニサワ辛子カラコとかって三流作家だけにしておけってね。あいや別の課にいる純文学好きの人だよ、そう言ったのは」

「わははは。そうっすかぁカラコは三流すかぁ」

「あれっ怒らないのかい?」


 奥さんのこと三流作家って言われてるんだよ。


「まあカラコも文章はまだまだですしね。三流の仲間入りできただけでもヨシとしましょう。四流って言われなかったんなら、それでよかったっすよ。わははは」

「へえ結構冷静に評価してるんだね。身内でも」

「いやあ身内だからこそですよ」


 そんなものなのかなあ……。


「……あ、でねぇ、その純文学好きが便所文庫のことを知って、ぼくに今すぐやめるように言ってきてるんだよ。なんでも純文学を心から愛してるとかって」

「いいですねえ。俺もそんな時期あったなあ。わははは」

「彼、君の一つ下か同じかだよたぶん。それで、まるで純文学以外は文学じゃないみたいな言い方をするんだ」

「そうすか。でも純文学って言葉使ってる時点でその人、純文学以外の文学の存在を認めちゃってるんすけどねえ。まあそれにしても、色んな考え方があるんすよ世の中には」

「それもそうだね。彼の考え方も一つの考え方ってことなんだろうね」

「そうそう。みんながみんな同じ考え方になっちゃったら、もう終わりっすよ。怖い怖い世の中になっちゃいますよぉ。わははは」

「うんそうだそうだ」


 確かに単一のイデオロギーに支配された社会は恐ろしい。

 多くの悲劇を繰り返してきたから――とまあ、こんな硬い内容なんかじゃなくて、もっと軽い話題についてこの後もぼくはワサビ君とあれこれ話し込んだ。鮪のお刺身も二人前ずつぺろりと平らげた。

 しっかし今夜もまたずいぶん飲んぢったなあ。ひっく。


「あ先輩、それよりもうこんな時間すよ。そろそろ帰りますか?」

「おおっ、もうこんにゃ時間かぁ。早く帰らにゃいとねー。ましゅましゅワリャビを怒らせてちまうよぉ。ひっく」

「ですね。俺も早くカラコの顔みたいし」

「おいおいぃのろけかいワシャビくぅん」

「そうっすよ、わはははーてああーっ、あれれ!」

「ぬ? ぞーしたんだぁー?」

「おっかしいなぁ、財布忘れてきたみたいっす俺」

「は?」

「すんません。そう言う訳で、ごっそさんです先輩!」

「おいおい、またかぁーっ!」


 結局はこうなるんだよなあ。酔いも一気に醒めてしまったよぉ。はぁ~~、やっぱりワサビ君は、いつものワサビ君だった。とほほほ。


       ◇ ◇ ◇


「ねえシマ」

「あ御主人様、なんだもぉ?」

「お父さんとお母さんけんかしてるみたいだよ。シマなんか知ってる?」

「知っているもぉ。アツオさんがエッチな話を書いて雑誌に載せたからでもぉ」

「えっなにそれ、お父さんそんなことしちゃったの?」

「しちゃったもぉ」

「へえぇお父さんってエッチだったんだぁ」

「そうなもぉ。人間の雄はみんなエッチなのぢぁ」

「ふうん」

「ナラオちゃんとシマ、なんの話をしてるんだい?」


 うわさをしてたらお父さんだね。


「アツオさんのエッチの話なもぉ」

「そうだよぉ。お父さんのエッチ!」

「はあ?」

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