九章「なんと豪華四本立て」

37. 億万長者クリオ

 オッス。オレ栗男クリオ山林サンリン家投手だ。てピッチャーだよそれだと。いやあ子供の頃はよくやったもんだけどな。

 あー、すまんすまん、も一回やり直すわ。

 オッス。オレ栗男。山林家当主だ。でもまあ当主なんて言い方もなんだか堅苦しいよな。へへへ。

 実はさあ、オレ大学一年の冬に、それは一月の寒い日のことだったんだけど、両親を同時に亡くしたんだ。交通事故だよ。

 そんで生命保険金が入った。当時高二の妹・キノコが四年制大学に進んでも卒業までは何不自由なく暮らせるくらいの金額だった。

 それはキノコが自分で計算したんだけどな。オレはまあ計算は苦手だよ。

 その年の暮れだなあ、オレは宝くじを買ってみたんだ。

 抽選日に発狂した。


『いいいいい、いちおくえーん! ひゃほーい! ふんがぁくっくるー』


 なんと一等の前後賞が二本も当たったんだ。そんでもって発狂するってこう言うことなのかってよくわかったんだよ。

 まず家を建て直した。ぼろっちい平屋建てでさ、大きな地震なんかが心配だったしな。もちろん現金一括ニッコリ払いでだ。

 ワラビ姉さん夫婦にも建ててあげようかと言ったけど断られた。リーマンやってるアツオ兄さんが結構まじめでお堅い人だからな。それで自分たちで建てるってことでローン組んだんだよ。こつこつ返済していくんだって。ぺちゃっと35とか言うやつで二十七年間もかけてな。

 だからオレの手元にはウン千万円残った。

 そのうちオレは大学に行かなくなってしまった。毎晩のように友人を連れて派手に遊び回ったよ。

 やがて退学になった。

 そっからがニートだ。まだウン千万円ある。あるんだってな。


『お兄ちゃん。そんな調子で使ってたらすぐなくなるわよ。老後どうすんの?』


 キノコからよく言われたよ。耳が酸っぱくなるくらいにな。いくら算数の苦手なオレでも金の減り方くらいわかる。目に見えるからな。まあわかるけど、働く気がしなくてぶらぶらし続けた。

 株やった。増やせばいいんだ。株は増えるはずだってな。

 ウン千万円ある状態からウン百万円まで一気に減った。バカだった。いや違う、大バカだった。大庭おおば景親かげちかいや違うオオバカゲロウだ。

 たははは、意味わかんねえよな。

 そんだけバカだったってことなんだ。金はどんどん減って借金することになってしまった。サラ金に手出したんだよ。

 もうその後はカゲロウよりもはかないよ。いやオレの存在意義がな。

 で、日雇いで働いた。日給一万二千円だ。

 でもよう、そんなんで返せるほどサラ金は甘くない。

 家と土地を手放そうかと考えたり、もう死んじまおうかと思ったりしたよ。

 でもどっちも嫌でさ。オレかなりヤバいことにハマりそうになった。そのときワラビ姉さんに思い切りひっぱたかれたよ。今までの中で一番熱かったけど、一番痛くはなかった。そして一番嬉しくもあり悲しくもあった。


『クリオ、あんたには絶対そんなことさせません。お金なら姉さんが体売る。肝臓だって半分取っていい。目玉が両方なくなっても平気。血も抜いてもらう。卵子も提供する。指が欲しいと言われたら渡す。あたしがそうしたげるから。だから……ひっ、だからあんたは、ひっ、あんた……だけは、ううっ、うううぅ……』


 ワラビ姉さんがこんなにもオレのこと思ってくれてたなんて、オレもう涙と鼻水が一緒に口の中入ってきてさ、生ぬるくて塩っぱくて悔しすぎて胸焦げて腹煮えたぎって、ぐじゃんぐちゃんになった。全身震えた。

 でもそんなことしてもらう訳にいかないじゃないか。それでオレは小学校からの友人・苦実にがみさんのオヤジさんから金を借りた。

 実はそんなお願いできる相手じゃなかったんだけどな。なぜかって、金が底を尽きかけてた頃、苦実さんがオレにプロポーズしてきたんだ。オレ断ったよ。ニートだし、その頃は借金こそなかったけど、わずかしか金残ってなかったからな。でもオヤジさんは、酒屋を継いでくれればそれでいいんだからとか言って、熱心に苦実さんとの結婚を勧めてくれたんだ。

 そんなことがあったから、金借りるときオレ土下座して頼んだんだ。オヤジさんは何も言わずにすぐ百二十九万円出してくれたよ。

 その半分で、またオレは宝くじを買ってみた。ぴったり二千百五十枚買えた。何がぴったりかって? お釣りが出なかったんだよ。

 抽選日に発狂こそしなかったけど、それでも絶叫はした。


『いいいい、一億円! またか――っ!』


 でもこのままだとオレはダメになると薄々気付いていた。ウスバカゲロウだ。バカだからどうせ同じこと繰り返すだろうってな。

 それでオレは百万円ずつ入れた封筒をあちこちの施設のポストにこっそりと入れたりした。本や文具、あとテレビゲーム本体とソフトなんかを詰めた箱を置いたりもした。毎週日曜にやってるアニメのブルーレイ全巻セットやその原作マンガ全巻セットも併せてプレゼントした。

 あの慈善行為やったのは、このオレ様だったんだよ。みんなブルーレイ見てくれてる? 面白いよな、あれ。いやまあ、このオレが言うのもなんだけどさあ。

 そんなこんなで、結局今はウン百万円残ってる。これがなくなったら、また働かないとな。

 オレがオレの人生狂わせたんだよな。すまんすまんも一回やり直すわってな訳にいかないもんな。

 ふぅ~。まあまだ終わっちゃいないんだけど。

 後悔はしてないよ、たぶん…………。

 え? いつものクリオじゃないみたいだったかい。へっへっへ。オレだってたまにはシリアスやりたいんだよ。

 は? 中途半端だって? かもね。これがオレの限界だな。


「もーお兄ちゃん、早く代わってよっ!」

「あっやべえ。いつまでもしゃがんでるとになるわ」

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