08. 絶対X感を持つ人になろう

『絶対X感を持つ人になろう』

       桜多彼方左


 絶対音感を持つ人だとよく言われたりする。

 あいや、ぼくのことじゃないよ。音の高さを他の音との比較をしないでも識別ができる特別な能力を持つ人のことだそうだ。当然ぼくにはそんな能力はない。楽譜も読めないし楽器の演奏もできない。カラオケだって下手だし。

 そんなぼくが、ではなぜ絶対音感などと言う言葉を持ち出したのか?

 ちょっと難しそうな言葉を出してきて自慢したかったからか? ――否。

 それとも漢字準二級の腕前を披露したいからか? ――否否。

 冗談はともかくとして、音の高さに限らず何かの価値の高い・低い、あるいは大切かそうではないか、これを他の人の言葉や意見に左右されることなく、正しく識別できる能力が必要なのではないか?

 昨今、著名人あるいは社会的地位の高い人物が、「あへぇー」と言えば皆揃って「あへぇー」と言い、「はひぃ~」と言えば皆揃って「はひぃ~」と言う。こんな有り様では駄目なのである。

 今、低迷するぼくたちのこの日本社会を、より良い方向へと導くためにも、さあ皆、何か一つでも多く絶対X感を持とうではないか!

 ちなみにぼくは絶対性感を持っているんだぞ。他の女体との比較をしないでも識別できるのだ。

 実際ぼくは妻以外を全く知らないが、それでもぼくの妻の体が世界一だと識別できたのだ。絶対性感を持っているからこそそれが可能なのだ。だってぼく毎晩妻に、「あっへぇー、あへぇー、はひぃ~っ、はっひぃ~ん!」とか、言わされてるんだもーん。



「わっはははははっはぁぁーっ! いやあ、こうきましたか。先輩にしてはかなりぶっ飛ばしましたねえ。いいでしょう、これ採用しましょう。わははははぁー」

「そ、そうかい。あは、はははは」


 改めて読むと、とても恥ずかしいことを書いてしまっていると思えてきて、ぼくはこのときになってかなり気おくれを感じていた。


「ところで先輩、ナラオちゃんの具合どうなんすか。カラコから聞いて心配してたんすよ俺」


 ぼくの一人娘のナラオちゃんは学校で倒れて先日まで入院していたんだ。それで私立・秀香しゅうこう学園を退学して公立のヤマメ中学校に通うことになった。


「ああうん。もう大丈夫だよ。やっぱり私立は向いてなかったんだろうな。でも今日からは松男まつお君や竹子たけこちゃんと一緒の学校になったしね」

「そうすか。大事なくてホントよかったすよ」

「うん。ありがとう」


       ◇ ◇ ◇


 ワラビがどたどたどたどたっと走ってきた。

 そして女性雑誌を開いてぼくに突きつけてくる。


「あなた何よこれっ! こんなこと書いちゃって、もう恥ずかしくて恥ずかしくてあたし道も歩けやしないわ!」


『絶対X感を持つ人になろう』

        葦多渥夫


「あ――っ! 実名ぢゃないかー、ワサビ君のやつめ!」

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