第2話 ユルゲン・クリーガー
エミリー・フィッシャーが部屋を去ったあと、ソフィアは師であるユルゲン・クリーガーに任務についてさらに情報を聞きたいと思い、彼の個室を訪れることにした。
クリーガーは傭兵部隊の隊長という立場なので、特別に個室を与えられている。
ソフィアは城の中を進み、彼の個室に向かう。
彼の個室の前に着くと、扉をノックする。中から入るように言う声がしたので、扉を開けた。
「遅い時間に、失礼します」
ソフィアは二歩進んで部屋に入ると敬礼をした。
部屋の中では紅茶の匂いが充満しているのがすぐにわかった。
クリーガーはラフな格好で、椅子に座ってくつろいでいたようだった。右手には何か飲み物の入ったカップを持っていた。紅茶が入っているのだろう。
「やあ、ソフィアか。堅苦しいのは無しにしよう」
クリーガーはソフィアの顔を見てそう言うと、椅子を指さしてソフィアに座るように促した。
ユルゲン・クリーガーは、中肉中背。茶色い髪に茶色い瞳。ソフィアと同じくズーデハーフェンシュタットの生まれ。ブラウグルン共和国が帝国に占領されるまでの約十一年間、“深蒼の騎士”と呼ばれる騎士団の一員であった。
“深蒼の騎士”は慈悲、博愛を謳い、高い剣技とわずかばかりの魔術を駆使し、つい先日までブラウグルン共和国を守ってきた。
彼は十三歳の時、“深蒼の騎士”であった師に見出され、剣術と魔術を鍛錬してきたという。そして、十六歳の時、共和国軍の一員として従軍し、さらに六年後、共和国の“深蒼の騎士”になることを認められたそうだ。
彼は、軍人であるという雰囲気をさほど感じられないほどの物腰の柔らかさだ。
「ラーミアイ紅茶でもいかがかな?」
クリーガーはソフィアが椅子に座るのを確認するの待って言った。
「いただきます」
ソフィアが返事をすると、クリーガーは一旦立ち上がり、食器のおいてある棚まで進み、一つカップを取って戻って来る。そして、陶器のポットから紅茶を注いでソフィアに手渡した。
「ありがとうございます」
ソフィアは礼を言うと、二度カップに口をつけた。
「それで、なにか用かな?」
クリーガーは笑顔で話を切り出した。
「はい、ダーガリンダ王国の落盤事故について伺いたいことがありましたので」
「ああ、新しい任務の事だね」
「詳細を教えていただければと」
「なるほど、私も詳細までは分からないが、知っている範囲で話そう」
そう言うと、クリーガーは身を乗り出して話を始めた。
「ダーガリンダ王国の“鉱山地方”という地域では、魔石を始め多くの鉱物が採掘されているのは知っているだろう。数多くの坑道があり、落盤事故も頻繁にある。大抵は王国軍が救助活動を行うが、特に大規模な落盤事故があった場合は、共和国にも援助の要請があって出動することがあった。そのようなときは、共和国軍の一般兵士が派遣されていた。しかし、実は、私のような “深蒼の騎士”だった者は、救助活動には参加したことがないんだ。なので、私は現場がどうだったなどがあまり詳しくは知らない」
クリーガーは一息ついてから話を続ける。
「ダーガリンダ王国では魔術が禁止されているから、軍には魔術師がほとんどいないのは知っているかな?」
「はい、魔術師が居ないことは、さきほどエミリー・フィッシャーから聞きました」
「うむ。しかし、こういった落盤事故の救難の時のみ使う魔術があって、その魔術を使える者が十名程度だけどいるようだ。私は詳しく知らないが、エーベルなら詳しく知っているのではないかな」
エーベル・マイヤーは傭兵部隊の副隊長で魔術師でもある。なるほど、彼に聞いてみるか。
クリーガーは話を続ける。
「女性隊員には、後方で軍医などの手伝いをしてもらおうと思っている。土砂や岩を取り除くような力作業が多いだろうから、それは男性隊員で行うのでいいだろう」
「なるほど、わかりました」
ソフィアが立ち去ろうとしたとき、クリーガーは話を付け加えた。
「ところで坑道内で迷った時、どうすれば出口の方向がわかるか知っているかね?」
「いえ」
「人差し指に唾を付けて宙にかざせば、微かな風の流がわかるので、その風が流れてくる方向が出口であることが多い」
「そうなんですね。覚えておきます」
「まあ、使う機会はないかもしれないがね」
そう言うとクリーガーは微笑んで見せた。
話が終わったので、ソフィアは退散することにした。カップの中の紅茶を飲み干してテーブルの上に置く。
「紅茶、ありがとうございました」
クリーガーは返事の代わりに微笑んで見せた。
ソフィアは、立ち上がり敬礼をして、クリーガーの部屋を後にした。
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