第1話 ソフィア・タウゼントシュタイン

 傭兵部隊の一員であるソフィア・タウゼントシュタインは、今日の任務が終わると自分の部屋に戻って、くつろいでいた。


 ソフィアは赤毛の長髪で青い目の十九歳。出身は、傭兵部隊の隊長であり、剣の師であるユルゲン・クリーガーと同じ、此処ズーデハーフェンシュタットである。

 彼女は叔父がクリーガーと同じ旧共和国軍の精鋭 “深蒼の騎士” で、所属は国境警備隊の一員であったが、先の “ブラウロット戦争” の際、開戦まもなくの戦闘の混乱の中、行方不明となった。

 “深蒼の騎士”であった叔父に憧れていた彼女は、“ブラウロット戦争”の後、同じく“深蒼の騎士”のクリーガーの存在を知り、傭兵部隊に入隊、そして彼の弟子となった。


 傭兵部隊が設立されてから約半年。その間ずっと、ソフィアが就いている任務は街でのテログループが集まっている疑いのある場所の捜索などが多い。今のところ剣を抜いて斬り合いになるように事態は少なかった。おそらく、ユルゲンがまだ戦いに慣れていないソフィアを危険度の低い任務を割り当てているのだと思う。

 ソフィアが剣を持ったのは傭兵部隊に入隊して、クリーガーの弟子になってから初めてだった。クリーガーの剣の指導は的確だが、まだ半年。ソフィア自身も剣の腕前は、まだ、もう一つという自覚があった。


 一方で、ソフィアはカレッジで魔術の発展の歴史を学んでいたせいもあって、魔術はもともと興味があった。なので、魔術の覚えは良かった。

 魔術に関しては師のクリーガーだけなく、同じく傭兵部隊の魔術師エーベル・マイヤーからも教えを乞うている。


 ソフィアが部屋でくつろいでいると、扉がノックする音が聞こえた。

 扉を開けると、隣の部屋のエミリー・フィッシャーだった。

「急な命令が来たわ。明日朝六時、城の中庭に集合よ。ダーガリンダ王国へ行くことになったわ」

 それを聞いてソフィアは驚いた。

「ダーガリンダ王国?!」

「大規模な落盤事故があったらしくて、それの救難活動よ」

「そんな任務もあるのね」

「そうか。あなたは、共和国軍にはいなかったから知らないのね。以前は王国と共和国は友好関係にあったからたまに王国からはこういう依頼が来ていたのよ。二、三年に一回程度だけれどね。まさか、帝国に占領されてからもこういう依頼が来るとは思わなかったけれど」

 エミリーは、共和国軍に所属していたので、以前の任務についても良く知っていた。


「帝国と王国の関係はそれほど良くなかったはずでは?」

「おそらく、落盤事故がそれぐらい切羽詰まった状況だということよ」

「なるほど、そういう事なんですね」

 これは、想像をしていなかった任務だ、落盤事故ということだから、土を掘ったり、岩をどけたりという力仕事が多いと想像する。

 剣を抜いて斬り合うような任務ではないだろうから、危険は少ないと思うが、体力勝負である力仕事には、ソフィアは少々不安を覚えた。


 ソフィアは不安の解消のため、もう少し情報を得たいと思った。

「少し待ってください」

 ソフィアは、扉の前を去ろうとするエミリーに声を掛けた。

「もっと、詳しく話を聞かせてもらえますか?」

「いいわよ」

 エミリーは微笑んで答えた。

「ここではなんですので、中に入りませんか? ラーミアイ紅茶がありますよ」

「いいわね。いただくわ」


 エミリーは部屋の中にあった椅子に座った。

 彼女は元共和国軍でクリーガーと同じ首都防衛隊に所属していた。傭兵部隊では、五名しかいない女性の一人。茶色の短い髪と茶色い目をしていて、身長は小柄で華奢。実戦の経験は少ないそうだが剣の腕はかなり良いそうだ。併せて弓も得意としている。


「この部屋を一人で使っているのね、羨ましいわ」

「そうね、自由にさせてもらっています」

 女性兵士には、この部屋と同じ大きさの部屋があてがわれていて、本来、女性二人で使うのであるが、女性は五名。一人余るのでソフィアが一人でこの部屋を使っている。

 ソフィアは魔術を使って火を起こして暖炉に火を点けた。その上にヤカンを置いた。そして、ソフィアも椅子に座る。


「落盤事故について、もっと詳しく教えてください」

「いいわ。確か三年ほど前にも、ダーガリンダ王国で落盤事故があって、共和国軍に援助の要請があって出動したわ。出動したのは三百人程度で、事故現場は比較的国境に近い場所だったから、船三隻に分乗して二日半ほどで到着したわ。そして、徒歩で半日行進して現場に到着。現場にはダーガリンダ王国の軍なども来ていて騒然となっていたわ」

「そもそも、ダーガリンダ王国軍の規模はどれくらいなんですか?」

「そんなに大きくないわ。帝国との国境は高い山脈で遮られていたから、帝国から侵略を受ける脅威も少なかったし、南の共和国、北のテレ・ダ・ズール公国とも関係は良好だったから、さほど大規模な兵力は必要なかったの。さらに、あの国では魔術が禁止されているから、軍には魔術師が全くいないのよ。だから軍事力という意味ではとても弱いわ」

「“軍には魔術師が全くいない”と言われましたが、軍以外にはいるんですか?」

「ええ、実はこういった落盤事故の救難の時のみ使う魔術があって、その魔術を使える者が十名程度だけどいるわ。三年前にも、その何人かが救助活動に参加していたわ」

「どういう魔術でした?」

「まず、“索敵魔術”。もともとは、隠れている敵兵を捜すための魔術だったんだけど、岩の向こう側閉じ込められている人を探すためにも使えるということでよく使われていたようね。あとは、“潜水魔術”。こちらも、もともとは水中で活動するために開発された魔術で、新鮮な空気を体内で発生させて溺れるのを防ぐというものだけど、坑道内で酸素が少ないところや、有害な気体が発生しているところでも有効ということで使われていたわ」

 ソフィアも少しはこれらの魔術を聞いたことがあったが、坑道での救難で使われていることは知らなかった。

「とても参考になります」


 そうしているうちに、ヤカンのお湯が沸いた。

 ソフィアは、ラーミアイ紅茶の茶葉を用意してヤカンに入れ、しばらくしてカップに注いだ。

 カップの一つをエミリーに渡した。


 二人は、その後も少しだけ話をして、解散した。

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