好きな人を守るため、俺は過去をやり直す
ミント
第1話 美琴……?
三月を過ぎ、この地域では雪が降らなくなって段々と暖かくなってきた頃。俺、赤井空(あかいそら)は今日、高校の卒業式を迎えた。
朝から体育館に集められ、校長先生のありがたくも長い話を聞き、クラスの代表が卒業証書をもらう。周りで泣いている奴はいないが、みんな普段とどこか違う真剣な表情をしている。
そのあと下級生達による花道を通って解散となった。解散した後も、「また遊ぼうなー」 と言葉を交わしている男子生徒や、「先生、今までありがとうございました」 などと言って泣いている女子生徒が多数残っていた。
俺はあまり友達がいない為、別に今すぐ帰っても問題ないのだが、最後に一度寄りたい場所があった。
体育館などがある本校舎から少し離れた旧校舎の2階、そこには去年廃部になってしまった文芸部がある。一年前まで俺は文芸部員だったので、最後に部室を眺めておこうと思ったのだ。
まず職員室に行き、文芸部の鍵を入手した後で文芸部の部室へ移動する。鍵を開けて部室に入りると、懐かしい風景がそこにはあった。
部室に入って正面は窓、左にロッカーがあり、そのロッカーの右隣には昔部員がよく使っていたティーカップが食器棚に綺麗に並べられている。部屋の真ん中には長めのテーブル一つと椅子が六つ並べて置いており、部屋に入って右には大きな本棚に本が綺麗に並べられている。
俺は部屋に入ってドアを閉め、窓を開けた後、適当な椅子に座る。特にすることはなにもないが、不思議と退屈ではない。そんなひと時を過ごしていると、ドアが不意に開いた。そこには、同じく元文芸部の豊中明里(とよなかあかり)が立っていた。
「あ、空くん。久しぶりだね」
「あぁ、久しぶり」
俺も豊中も文芸部が無くなってからほとんど会うことはなく、久々に言葉を交わすので、少しよそよそしい挨拶になってしまう。
豊中は、黒髪ロングで眼鏡をかけおり、顔立ちは整っていて美人ではあるが、おっとりとした柔らかい顔をしているのでハムスターに近いものを感じる。背は小さく、身体は華奢なのに巨乳というロリ巨乳属性を獲得しており、しかも妹属性も兼ね備えているので恐らく異世界に転生したらかなり強いはずだ。因みに俺と同じく卒業生である。
ついでに自己紹介しておくと、部活以外ではあまり友達のいない俺、赤井空は外見にあまり特徴がないのが特徴だ。髪はツーブロックのキノコ型で薄く茶色い色をしている。爽やかな顔をしているとは思うが特にイケメンというわけでもなく、かと言ってブサイクでもない、と思う。身長、体重は今年の日本の平均成人男性と完全一致している。
豊中は何も言わずに俺の対面に座ると、下を向いてモジモジし始めた。耳が赤くなっていて、何故か萎縮している。
「じ、実はね、部室に空くんいるかな、なんて思って来てたりするんだよね、あはは、」
「ん?俺に何か用があったのか? 」
「いや、そういうわけじゃ無いんだけど、、今日で卒業だから、会いたいなって思って」
「あぁ、最後だもんな」
俺は恥ずかしくなって窓の方を向いた。
窓から吹く暖かい風が二人の髪を優しく撫でる。
「あ、あの! 空くんは彼女とかって、いるの? 」
「いないぞ。そして友達もほとんどいない」
「友達がいないのは聞きたくなかったかな」
豊中は俺の自虐ネタに苦笑する。俺は彼女がいるか聞かれた時点で色々察してしまい、動揺しているのを隠す為に普段通りの振る舞いを必死で演じた。
「ところで空くんは、その、まだ好きなの?美琴みことちゃんのこと、、」
「いや、どうだろうな、わからない」
「そっか。わからないんだ」
美琴という名前に反応し、急に空気が重たくなるのを感じた。だが、ここで一番出さなければいけない名前だ。
美琴とは、俺と同じ学年の元文芸部である。同じ学校で、同じ部活の、女子高生。だけど、
ーー今はもう、この世にはいない。
俺が高校二年のクリスマスイブの日、美琴と、同じ文芸部の美琴の姉である浜寺美羽(はまでらみはね)先輩は、当時俺の担任の先生だった男に誘拐され、それから1週間後に近くの海底で見つかった。そして、その時にはすでに二人とも亡くなっていた。先生はその後すぐに警察に捕まり、今も牢屋で生活している。
俺は美琴の事が好きなことを、昔豊中に言った事がある。だから今もまだ美琴の事を好きなのかと問われているのだ。
美琴か死んで約一年が過ぎたが、美琴に対する気持ちを完全には処理できないままでいる。このままでは一生報われない恋をすることになってしまうだろう。
だから俺は美琴の事が好きでは無いと自分の心に嘘をつき続け、その結果、気持ちがわからないけれどちょっと好きなのかもしれないという曖昧な感情が、心の中で留まってしまっているのだ。
「なんか、美琴が死んだっていう実感がまだなくてさ。でももういないから、ずっと忘れようとしてて、でもまだちょっと未練があるかもしれなくて、、ってすごい気持ち悪いな、俺」
「別に気持ち悪いのは空くんらしくていいと思うよ」
「全然フォローになってねぇよ」
努めて優しい口調で俺の悪口を言う豊中に、微笑を浮かべながらツッコミをいれる俺。少し間が空いた後、豊中は震える声を抑えながら、机に身を乗り出し、俺の顔を直視して、
「あの、それなら私とーー」
豊中が何かを言いかけた時、急にドアが開いた。
そこにいたのは一つ年上の天条白(あまじょうはく)先輩だった。現在大学生の白先輩は、白に染めた髪が目にかかるほど長く、顔は男前だが目つきが悪いためよく喧嘩を売られるらしい。俺よりも愛想がなく、そのくせ何故か友達は多い。特に女友達が多く、しょっちゅう告白されては全て断っているそうだ。因みに断っている理由は、亡くなってしまうまで美羽先輩と付き合っていたので、まだ未練が残っているからなのかもしれない。身長は俺よりも少し高いくらいで非常に細身である。
「え、なんか入っちゃまずい感じだったか? 」
「あ、白先輩お久しぶりです。いえいえ全然大丈夫ですよ」
何かを察した白先輩に、豊中がフォローを入れる。
「いや正直邪魔でした」
「お前先輩に向かってよくそんなこと言うなぁ」
「先輩、ちょっと来てください」
毒を吐く俺に呆れたように突っ込む白先輩。俺は事情を話すべく、一度先輩を廊下に連れ出す。
「多分今俺、豊中に告白されそうになってたんですよ」
豊中に聞こえないくらいの声量で、白先輩に話しかける。
「まぁ、それはなんとなくわかったけど」
「じゃあ帰ってください」
「お前なぁ、、まぁいいけど、でももう告白されないと思うぞ? 」
「なんでですか」
「タイミング逃したからだよ」
「くそっ、この白髪頭が」
「せっかく卒業したお前に飯の一つでも奢ってやろうと来てやったのに、、はいはいわかったよ帰ってやるよ」
「いや、やっぱ居てください」
「どっちなんだよ! 」
「後輩思いの先輩を、来て早々帰らせるクズ野郎だと豊中に思われるかもしれないので」
「そうか」
もう手遅れだろ、と白先輩の顔が言っていた。
すぐに部室に戻り、急に廊下に出た事を豊中に謝罪する。その後は先ほどのような告白前の照れ臭い雰囲気は無くなり、昔文芸部だった頃の雰囲気になっていた。
昔話に花を咲かせ、美琴や美羽先輩の話になって落ち込み、白先輩がモテている事を茶化して怒られ、あっという間に一時間が過ぎた。
豊中が「用事があるからまたね」と言って帰り、部室には俺と白先輩だけになる。
「あーあ。豊中帰っちゃった」
「もしかしてお前、豊中に告られたら付き合うつもりだったのか? 」
「そりゃもちろんですよー」
「まだ美琴の事忘れてないくせにか? 」
「うっ」
図星を突かれ、わかりやすく動揺する。
「それは、白先輩も同じ事でしょう? 」
「ぐっ」
返す刀で放った俺の言葉に白先輩もわかりやすく動揺した。
「結局、気持ち悪いんですよね、俺たち」
「俺をお前と一緒にするな」
「一緒じゃ無いんですか? 」
「当たり前だ」
多分それは、付き合っていたかそうで無いかの差なのだろう。きっと白先輩の方が俺よりも、もっと気持ち悪いのだ。
「さ、帰りますか。あ、そうだ。飯奢ってくれるんですよね?何にしよっかなぁ」
「あんまり高いのはやめろよ」
「オッケーです」
俺が部室のドアを開ける。すると、そこには女の子が立っていた。
それも、俺達のよく知る、今一番会いたい人だ。
「美琴……?」
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