第7話 突然のプロポーズ
お父さんとお母さんが帰ってくる2、3日前になって、近所に住んでいる叔母さんから、「ちょっと遊びに来ない?お食事しましょう」とメッセージがあった。
私はそのメッセージに、「いいよ。じゃあ明日行ってもいい?」と返事をした。翌日が日曜日だったから。
叔母さんはお母さんの妹で、お母さんは三人兄妹だ。実は、今回お父さんとお母さんがカリフォルニアに行ったのも、一番上のお兄さんから、「仕事の手伝いをして欲しい」とお願いされたから。
お兄さんとお母さん、それから昔お母さんと仕事場で出会ったお父さんは、三人とも建設関係の仕事をしている。末の妹の叔母さんも似たような仕事かと思いきや、叔母さんはなんと、お花の先生なのだ。
でも、叔母さんの話では「まったく違う仕事に見えるかもしれないけど、誰かのために何かを作るのは、同じ」と前に話していた。なんとなくわかるような気もするけど、私にはまだよくわからない。
叔母さんの家にはお花がたくさんあって、お花の道具も、たくさんの素敵な花瓶もある。それはいつも楽しみ。
ちょっとして、叔母さんから「OK。じゃあ明日、11時を過ぎたら来てね」と返信が来た。
「ありがとう。じゃあ、よろしくおねがいし、ま、すっと」
叔母さんの家を訪ねる当日、私は、見送りに出てくれた時彦さんに、「行ってきます」と言った。でも、時彦さんはそこで急に首を振る。
「え、どうしたの?」
それにしても、いい加減私は時彦さんに対して、きっちりと言葉遣いの線引きをした方がいいような気がする。
でも、なんとなくそれはできていなかった。もしかしたら、私は距離感が決まっちゃうのが怖かったのかもしれない。
「僕も行くよ。この間みたいなことがあっても良くないし」
え。
「え、大丈夫ですか…?誰にも見えないかな…?」
そこで時彦さんは首をかしげて考えているようだった。その間に私も考える。
あれ?でもこの間、時彦さん私のこと助けてくれたよね。ってことは、あの時も時彦さんはそばにいたんじゃないの?
もしかして、危険を察知して急に姿を現したから、それが大変だったってことかな…?
うーん、幽霊の事情って全然わからないから、想像しかできない…。わざわざ聞くような勇気もないし…。
時彦さんはややあって、きりりときらめく両目を私に向けて、こう言い切った。
「見えたとしても、多分見える人は、避ける」
私はなんとなく察した。
そうよね。そりゃあそう。私みたいに、幽霊と積極的に関わろうとする人の方が、少ないよね。
「あー、えっと…じゃあ、行きましょうか」
「うん」
時彦さんは道々、私の右後ろにぴったりくっついて、するすると歩いていた。私はそれを時々振り返っていたけど、そのたびに道行く人に不審がられないように、真面目な顔をするのが大変だった。
近い…!近いです時彦さん…!あー心臓爆発しそう!
やがて20分ほどで叔母さんの家まで着く。インターホンで門の鍵を開けてもらってから中に入った。
「まあまあ入って雪乃!もうおなかすいた?それとも早いなら、お茶にしましょうか?」
玄関を開けると、奥の廊下から歩いてくる間に、叔母さんは早口でそう言った。
「ごめん、ちょっと早くなっちゃって。でも、おなかすいたかも」
「そう、じゃあちょっと待ってね。お米が炊けたら、おかずを温めるから」
「ありがとう。お願いします」
「はいはい」
正直に言えば私は、ヒヤヒヤしていた。もし叔母さんに時彦さんが見えたらと思うと。でも、やっぱりそんなことはなかった。
靴を揃えた私に時彦さんはちょっと笑って、自分のことが見えていない叔母さんの背中に一礼すると、するりと上がり框に浮き上がる。そのまま私たちは奥の台所に通った。
「今日はお教室はないの?」
「ええ、今日は昼がなくて、夜にお花の会に出かけるけど、夕方までは大丈夫よ」
「そうなんだ。今日はどこに?」
「浅草よ。いつものところ」
「私、一回行ったっけ?」
「ええ。もうずいぶん小さい頃ね。こーんなだった雪乃も、もう中学生なのね」
「ふふ、そうだね」
私たちはそんな話をしながら、叔母さんの作った美味しいごはんを食べていた。
「そうそう。それで、おうちに一人だけど、どう?困ってることはない?」
私は何も言わないつもりだった。
でも、もしかしたらこれは、言わなきゃいけないことを隠しているかもしれない、とも思った。
「んー、何もないかなあ。でも、家事と勉強を一緒にやるって、ちょっと大変かも」
「そうねえ。でも、それは最初は必要最低限でいいのよ。だましだましでね」
そんなことを言って、叔母さんは楽しそうに笑う。お花の先生だけど、こういうざっくばらんなところがあるのが、好きなところかなあ。それに、すごく優しいし。
「でも3ケ月は長いからさみしいでしょうし、ちょくちょく顔を見せてね。きっとよ」
そう言って、わざとちょっとだけたしなめるような顔をした叔母さんに、私は笑顔で「ありがとう」と言った。
“実は家では、幽霊と生活してるんだけど…”と、内心でまたヒヤヒヤとしながら。
食事のあとで私と叔母さんが喋っていると、二階からとととととん、と軽快な足音が降りてきて、台所までそれが駆けてきた。
「雪乃ちゃん!」
力いっぱいドアを開けて現れたのは、まだ少し小さな小学生くらいの男の子。私はびっくりしたけど、いつも仲良くしていた従弟の「雄心」に、「おじゃましてます」と手を振った。
「こら雄心!階段は静かに降りなさい!ドアももっと静かに!」
「だって雪乃ちゃんが来てるんだもの!早く言ってよ!」
「あなたは宿題するって言ったでしょ」
「えー!ちょっとだけお話!」
親子はそんな言い合いをしていたけど、私は結局叔母さんに頼まれて、「少しの間相手をしてあげて」と任されてしまった。
「僕の部屋で遊ぼう!」
「うん、ちょっとだけよ?」
私が席を立つと、雄心は私をグイグイ引っ張り、「早く早く!」と、二階にある子ども部屋に連れて行った。
大変だ。大変なことになった。
ありていに言うと、私は従弟から唐突に、プロポーズをされた。
部屋に入る時、雄心がやたらにそっとドアを閉めたので、私は“叱られたのが効いたのかな?”と思って振り返った。
その時、あまりにも強すぎる目とかち合ったのだ。
「どうしたの?そんな真剣な顔して」
私がそう言った後、雄心はきっぱりと、でも、聞いたこともないような太い声でこう言った。
“大きくなったら、結婚してほしい”
「え…ちょっと待って雄心」
私は、本当に待ってほしかった。とにかく考える時間が欲しい。この子を傷つけないために。でも雄心は、まるで大人みたいなため息を吐いてから、こう言う。
「わかってる。早すぎるって言うんでしょう。でも僕、本気なんだ。だから、ちゃんと大人になるまで考えてて」
その時の雄心の目は、本気であることを私に訴えたかったのか、大きく見開かれ、にらむほどまっすぐに私に向けられていた。その強さに私は戸惑う。
でもすぐに気を取り直して、私は必死に気持ちを落ち着けた。
「わかった。大人になるまで考えるけど、途中で好きな子ができたら、逃がしちゃダメよ?」
そう言って雄心の頭を撫でようとすると、雄心は私の右手首を優しく掴んでしまい、なおも私を見つめた。
「絶対、そんなことない」
叔母さんの家からの帰り道、私はちょっと気重になっていた。
どうしよう。雄心にあんなこと言われたら、叔母さんの家、行きづらいなあ。
そう思っていたのがわかったのか、時彦さんが横から顔を出す。というか、右後ろから?
「困ってるね。そりゃそうだけど」
「う、うん…ほんとに」
「あっさりした男って少ないし、真面目ならなおさらねー」
「もう、他人事みたいに。もうほんとにどうしよう…」
頭を抱える私をよそに、彼は「大丈夫だって」と言う。
それから、夕焼け色に透ける手で、また私の頭を撫でてくれた。
Continue.
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