愛しの幽霊さま
桐生甘太郎
第1話 幽霊さまとの出会い
「はあ…今日も一人かあ…」
私は家のキッチンでため息を吐いた。
今日も食事は一人きり。三日前は違ったけど、三日前にお父さんとお母さんはカリフォルニアに出張になって、いなくなってしまった。
お父さんとお母さんは夫婦一緒に仕事をしていたし、私はもう中学二年生で、近所にお母さんの妹もいるし、出張は三ヶ月の間だけだった。
私は急にアメリカに行くなんて嫌だったし、「三ヶ月の間、家で待っていたい」と二人に伝えた。
すると、お母さんはちょっと残念そうに微笑みながら、「じゃあ少しだけ、待っていてね」と言った。
もちろんお金は送ってもらえるし、私も毎日家事を手伝っていたから、自分のことくらいならなんとかなった。
でも、一人の食事がこんなにさみしいなんてなあ…。
三日目にして、ホームシックならぬ両親シックになってしまった。
私は、ハムエッグとサラダの乗ったお皿の前でトーストをかじって、「フライパン洗うの間に合うかな。これから学校だし…」と、ぼんやり考えていた。
なんでも時間通りに済ませてしまえるお母さんは、やっぱりすごいんだなあ。
そのあと私は朝食を食べ終えて、キッチンの壁掛け時計を見ると、やっぱり八時を回っていた。
「やば!急がなくちゃ!」
これから、バスに少し乗って、学校近くの停留所から急いで…なんとか間に合わなくちゃ!
私は食べ終わったお皿もそのままにして、カバンをひったくって玄関を出ようとした。
でもその時、家の奥から何かの音がしたような気がして、ちょっと振り返る。
「ん…?」
思わず、誰かに問いかけるような声が漏れた。でも、それっきりなんの音もしない。
気のせいかな。そう思って、急いでいた私はドアを開け、朝日の下に飛び出して行った。
学校では、急に両親がいなくなってしまった私のことを心配して、担任の先生が、私の様子や、困っていることがないか、話を聴いてくれた。
さみしいとはやっぱり言いづらいけど、「一人だと手が回らないことがあって…」とは言ってみた。
「そうか…。でも、家事は少しずつ慣れるし、初めは上手くいかなくても、焦ることはないぞ」
先生は職員室の隅でそう慰めてくれた。私はその時なぜか、先生が「じゃあ手伝ってやろう」と言い出して、うちに掃除に来るところを想像していた。
いやいや、それは筋違いってもんでしょ。
「ありがとうございます。ちょっとずつがんばります」
「うんうん」
「ほかは?大丈夫なのか?」
「はい、全然大丈夫です」
「そうか。じゃあ遅くなるから、もう帰りなさい」
「はい、失礼します。さよなら」
「はい、さよなら。また明日」
帰宅してから、私は洗い物をやっと済ませて、送ってもらったお金で買った小さなお弁当を楽しみに、部屋で漫画を読んでいた。
私が好きなのは、少女漫画。ときめいて、ハラハラして、主人公の恋が叶う瞬間までを見守っているのがとても好き。
私もいつかこんなふうに、素敵な恋がしたいなと思って、たまに読み返すちょっと前の漫画の最終巻を閉じる。
「はあ〜、やっぱりいい〜!」
すっかり興奮してしまって、自分の部屋のベッドに寝転びながら、ごろりと横向きになって、漫画を抱きしめる。
何度読んでも感動するなあ。この先生のお話、ほんとに好き!
私がそんなふうに読み終わったあとの余韻に浸っていると、キッチンの方で「カチャン」となにかの音がした気がした。
ん?なんだろ。もしかして、水切りに重ねてあった食器、崩れちゃったかな?そういえば、喉乾いた…。
水を飲みにキッチンに降りていこうとした時、キッチンに行ってもお母さんはいないし、今夜もお父さんは帰ってこないことを思い出した。
憂うつな気分が押し寄せてきて、なんだか体も重く感じる。それからまた、ため息を吐いた。
お父さんとお母さんが帰ってくるまで、三ヶ月間。頑張ろうと思うしかないけど、やっぱりちょっとさみしいな。今晩は二人に電話をしよう…。
私がそう思いながらキッチンに着いた時。思わず私はびくりと体を震わせ、立ち止まってしまった。
…うそ。なにあれ。
そう思うしかなかった。
うちのキッチンの入り口は摺りガラスが木枠の中にはめ込んであって、向こう側がかすかに見える。そこからは、テーブルの上を斜めに横切り、ちょうどシンク前の様子がわかるようになっていた。でも。
ねえ…、あそこ、誰か居ない…?
私には、シンク前に人が立っているような影が、摺りガラス越しに見えた。
そんな。そんなはずない。だってこの家には今、私しか居ないはずだもの。そんなことありえない。
まさか…強盗!?
動揺して、混乱した私の息は、恐怖でどんどん荒くなっていく。
でも、もし強盗だとしたら、気配なんか感じさせずにすぐに逃げなくちゃ。
私がそう思ってなんとか苦しい息を潜めていると、突然、シンク前にいた人らしき影は、ぱっと消えた。
えっ!?何!?どういうこと!?
私はなんとか足を後ろに引く。それから、どくどくと心臓が胸を叩いて、背中に恐怖が張り付いた状態のまま、死ぬ思いで自分の部屋に帰った。一足一足が怖すぎて、今にも誰かが後ろから襲いかかってくることを想像していた。
その晩、私はトイレに行くのがどうしても怖かった。だからスマホでスピーカー状態にしながら、なるべく明るい曲を選んで音楽を再生して、トイレに向かった。
どうしよう。だってアレ、消えたよね…?強盗は一瞬で消えることなんかできないし、もしかして…。
何度もそう考えて、胸を埋め尽くして体中を支配する恐怖に怯えながら、私はトイレまで歩いていった。
用を足してからドアを開けると、私は死ぬほど驚いた。そして、戦慄した。
声も出なかった。だって、目の前に。
私の目の前には、知らない男の人が立っていた。長い髪を振り乱してボロボロの服を着た、背の高い男の人が。
その人はぼーっと私の前に立ち尽くしているだけだったけど、その目は私を見つめていた。確かに私を見ていた。
なにこれ!?どうなってるの!?誰か!誰か助けて!誰でもいい!誰か!
私はあまりの恐ろしさに、その人を押しのけて逃げることも、トイレの中に後ずさってドアを閉めることもできなかった。
その人は長い前髪で目元は見えなかったけど、私を見てにたりと笑った。その顔は喜んでいるわけでもなく、皮肉めいた表情でもなかった。
でも、私が固まったままで、また暴れ出す呼吸をなんとか鎮めようとしていると、ちょっとその男の人の前髪の向こうが見えた。そして私はまた驚いた。今度はさっきよりもっと。
世にも稀なる美青年がそこには立っていた。
「…かっこいい!」
私がそう叫ぶのと同時に、その男の人はすうっと私の目の前で消えてしまった。
私は胸がドキドキとして、それから背中が汗をかいているのがわかって、しばらくしてなんとか息を吐いた。
Continue.
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