大列車強盗
結局のところ、こうなることはわかっていた。
列車が止まったと思えば、乗客全員が外へと連れ出され、地面に座らされる。その中には当然、私もいた。全員が拘束されているわけではない。見たところ警察隊と思われる男二人が全身を縛りつけられているぐらいだ。何度か殴られたのだろう。腫れ上がった顔をしていたが、敵意と殺意に満ちた視線を野盗たちに向けている。
金属が捻じ切れるような不快な音の方向――先程までいた場所を見ると、先端部の機関車と石炭を載せた荷車だけが進み、線路の上には三つの客室と一つの車両……計四車両が残されていた。
一纏めにされた乗客たちを囲むように、スカーフを付けた野盗の群れが銃を片手に立っている。その中には当然、ウィリアムと思われる青年もいた。
彼は結局、私に対して銃弾を打ち込むことはなかった。それどころか銃を奪うこともせず、ただ乗客のところへと連れていっただけだった。
今のところ乗客全てに危害は加えられていないようだ。行動を制限されているだけで、ここから逃げようとしない限りは撃たれたりすることはなさそうだ。
「さァて、御機嫌よう皆様」
野盗たちの奥から帽子を被った大柄な男がぬらり、と現れる。私が列車に乗り込む直前、ウィリアムらしき男と一緒にいた男だ。スカーフで口元を隠しているのは野盗たち全員に共通した風体ではあるが、全身から発せられる異様な空気は、彼が集団のリーダー格であることを容易く想像させた。
「俺サマはストリクス。そうだな……皆様の運命を握る男だ」
男――ストリクスはホルスターに収めた拳銃を見せつけながら私たちを見下ろしている。身振り手振りを踏まえたわざとらしい動きは、まるで芝居を見ているようだ。それでも私たちが現在置かれている状況は、紛れもない現実だ。現実逃避をしても、どうにもならない。
警戒を怠らないようにしながらどうにかこの場を対処する方法を考えるが、どうにも思いつかない。武器らしい武器は腰に吊るした木のツルギと、弾の込められていない拳銃ぐらいなのだから。抵抗したところで穴だらけにされるのが目に見えている。
「これから一人ひとつ、今持っているもののなかで『最も価値があるもの』を俺たちに譲って頂きたい。カネ以外のものを頼むぜ」
やっていることは粗暴そのものなのだが、ストリクスの話す言葉は丁寧なものだ。そのアンバランスさが胃の裏側あたりから恐怖心がぞわぞわと湧き上がってくる。
それは周りのヒトたちも同じようで、伝染するように恐怖が広がっていくのが実感できた。
「ひとつ、ひとつでいいんだ。それで命が助かるなんて、安いもんだろう? 神様だって言ってたぜ、汝奪うことナカレってな――だからよ、譲ってほしいんだよ。あくまで善意で、だ」
彼の言うことは要請に聞こえるが、実際にはただの奪略だ。善意でものを頼むのであれば、わざわざ銃を持って包囲などしないはずだ。別の男が差し出す袋の中に、乗客たちがブローチやネックレスなどを入れていく。そのような類のものを身に付けていないし持ってもいない私は、一体何を入れればいいのだろうか。今、最も手放したくないものといえば街で保存食として購入した干し葡萄の小袋だ。口の中でじんわりと広がる甘みが愛おしく、まだ二粒しか食べていない。 この地域ではなかなか手に入らない商品で、ダイナーでの豆料理が5回は食べられるほどに高価なものだ。
意を決して差し出された袋に干し葡萄の小袋を入れる。男は訝しむような目で私の顔を覗き込むが、すぐに別のところへ歩いていった。
そんなに名残惜しそうな顔をしていたのか、それとも別になんでも良かったのか。もう少し食べておけばよかったと後悔をしていると、騒ぎ声が聞こえた。どうやら一等客室の乗客が抵抗しているらしい。
「な、なぜ私がそのようなことを……!」
身なりのいい男が身を乗り出して叫んでいた。その正面に立つストリクスの表情は、先程と全く変わらない。ただ乗客の異論を無言で聞いているだけだった。私には彼が静かに飛び、音もなく獲物を捕まえる静寂の狩人――狩りを行う猛禽類に見えた。
「二等客室に来るような奴らなんかが価値のあるものなど持っている訳がなかろう! 明らかに不平等だ!」
「そうかい」
怒号にストリクスが応えたのは、たった一言だった。それに続くのは雷のような銃声。一瞬のうちに抜かれた拳銃から放たれた銃弾は、乗客の眉間を正確に撃ち抜いた。脳を破壊しながら頭蓋骨の中で暴れ回る鉛の塊のエネルギーなど、ヒトは耐えることなどできない。
言葉を発する暇もなく絶命し、倒れる乗客に向かってストリクスは無言のまま更に五発の銃弾を撃ち込む。一発で致命傷なのに、何度も撃ち込むのは、明らかに過剰な銃撃だ。銃弾が撃ち込まれる度に、つい先ほどまで生きて言葉を発していた命だったものが大きく痙攣する。
「嫌ァァァァッ!」
隣に座っていた女性が悲鳴を上げながらはみ出した脳を死体の頭に戻している。自身の手が血や髄液で汚れようと、手を止めることはない。それを見下ろすストリクスは表情を変えずに、銃弾を装填していた。あまりにも衝撃的な光景に、私を含めた他の乗客たちも悲鳴どころか声を上げることも出来なかった。
「あなた、あなたァ……」
恐らく妻なのだろう。愛するものが一瞬で命を奪われた上に見るも無残な姿に変えられたのだ。恐慌状態になるのも、当然の話だ。
「ミセェ~ス、さっき俺サマァ言ったよなぁ。汝奪うことナカレって」
女性は息を吞む声を上げる。夫の命を奪った野盗がすぐ近くで笑みを浮かべることもなく、悲しむ訳でもない。ただ自然体でいるという異様な姿に、途轍もない恐怖心を抱いているのだろう。少し離れた私も、背中から嫌な汗が止まらない。
「コイツは俺サマの時間を『奪った』んだよ。神様が禁止してるのにさぁ。それはもう罪なのさ。殺されて然るべきだ。そうだよな?」
女性の喉に銃を突きつける悪党の目は、何故か優しげなものだった。ヒトを殺したことに、罪悪感どころかなんの抵抗すら持ちえていない。それが当然だと言わんばかりの行動は、ヒトの形をした獣を更に堕とした、ただの怪物のそれだった。
「……まぁ、俺サマも悪人じゃねぇ。ミセスは俺からなーんにも奪ってねぇんだからな」
怪物は銃をホルスターに収め、大袈裟に両手を広げながらぐるりと首を動かす。口元はスカーフで見えないがその口角は上がっていることは容易く想像できた。
「おいウィリー、このクソ馬鹿間抜け野郎をその辺に片付けてこい」
ストリクスの声に呼ばれて、ウィリアムと思われる男がこちらに向かってくる。ウィリーという愛称からして、やはりこの男がウィリアムであることは間違いなさそうだ。口元だけを隠していたスカーフを鼻先まで上げた彼は、惨状から目を逸らしながら遺体の腕を掴む。
無言で遺体を引きずり運ぼうとするウィリアムの足を、夫人が縋り付くように止める。彼女の手に付着した亡き者の血が土色のズボンを濡らしても、ウィリアムは何も言わなかった。
「返して、夫を返してください……」
「残念だ、残念だよミセス」
ウィリアムの代弁のつもりなのか、ストリクスは深く溜息をつく。失望というよりも呆れの感情が強く現れた吐息。これから彼がどういった事を口にするのか、夫人以外の全員がわかっていた。
「ウィリー、殺せ。んでもって二人仲良く片付けてこい。俺たちゃ最後の『仕事』に取り掛かるから、よ」
ウィリアムの表情は強ばったままだ。青い瞳が微かに震えながら、縋り付く夫人を見下ろしている。腰のホルスターに吊るされた銀色の拳銃が、木漏れ日を浴びて輝いていた。
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