第4話 そんなことをあっさり言われても

『これで私の投球は終了です。良いコンボができました!』

 どうやら終わったようだ。

 目まぐるしく動いていたので、おさらいが必要だった。

 ディスプレイの中でリプレイが始まる。

 地球のアップだ。

 地球がぐるぐる回り、射出される。

 どうやら月は置いていったようだ。

 プロキシマ・ケンタウリ系に到着。

 星系全体を映したディスプレイの方を見てみると、軌道がよく分かった。

 地球はプロキシマ・ケンタウリ系の内側の方へ入っていき、内側から二番目の惑星にぶつかる。地球は外側へ進路を変える。進んでいくと木星がちょうど周回してきて、地球とぎりぎりのところを通る。そこで地球がぐるっと軌道を変え、更に外側へ。進行方向に別の惑星が周回してくる。しかしこのままだとちょっとズレていて当たらない。

 そこでおかしなことが起こる。

 地球がぐぐぐっと自力でカーブし、惑星に衝突した。

「これは一体……」

 秀将が隣に質問すると、真剣に悩んでいる調子で回答が返ってくる。

「分からない。地球の軌道を変えるようなものは存在していなかった。何だこれは……ダークマターか?」

「何すかその中二設定みたいなものは?」

「暗黒物質だよ。我々が観測できているようないわゆる普通の物質は宇宙の5%程度でしかない。その他のわけ分からない物の方が圧倒的に多いんだ。ワクワクするだろう?」

「胸アツですね。暗黒物質とか中二要素満載じゃないですか」

「宇宙とはそういうものだよ。温度は何万度・気圧は何百万気圧・大きさは何億㎞・距離は何十兆㎞……出てくる数字には0が沢山つく。信じられないような世界だ。言ってみれば夢のような世界だよ」

『残念ながら暗黒物質ではありません。私自身で軌道を曲げました。自分の意思で動く星は特殊な呼び方をします。それは……【生き球】です』

「もっとわけ分からない設定だった?!」

『皆さん、そもそも何故私が生命を育んでいたか分かりますか?』

 みんな静まり返った。

 何で生命がいるのか?

 これは誰も知らない謎だった。

 もう宇宙の探査なんて何十年もやっているのに、いまだ地球外生命が見付からない。

 何で地球には生命がいるんだろう。

『多くの生命を収穫すると我々は生き球に進化します。そのためだったのです!』

「何だってー?!」

 衝撃の事実。

 多くの生命を『収穫』すると星は進化する。

 収穫……

 文脈からすると、死を指しているのだろう。

 人は何故生きるのか、何故死ぬのか。

 生物は何故生きるのか、何故死ぬのか。

 考えたら眠れなくなるような、答えの出なかった問題。

 その答えが、簡単に言えば地球が進化するためだった。

『昔、別の銀河からやってきた星が近くを通り過ぎた時に教えてくれたんです。生き球になれる噂があるって。生き球になれば普通の球にはできない色々なことができるようになります。星系輪舞祭で活躍するにはこれ以上ないと思いました』

 次々語られる事実がいちいちビッグニュースで頭の整理が追いつかない。

「別の銀河から星ってやってくるんですか?」

「100億年前に天の川銀河は小さな銀河ガイア・エンケラドスと衝突したと見られている。それかもしれない」

 徳丸が喜々として答えてくれる。とにかく分からないことはこの人に聞いて解消すれば良い。

「星って噂話するんですか?」

「それは流石に分からないよ。でも、イルカだって互いに交信するだろう? 何かしらの手段で交信しているのかもしれない。例えば電波とか」

 電波で交信というと普通はイタイ人を指すが、この場合は違う。

 あり得るのか……そんなことが。

 いや、それより。

 さらっと流されそうだが、重大なことがある。

 噂話で始めたのか……この壮大な生命の営みを。

 リプレイの様子が、地球が激突したシーンに差し掛かる。

 そこで、あることに気付いてしまった。

 日本が無くなっていた。朝鮮半島も中国の大部分も無くなっている。

 あそこにいた人達はどうなってしまったのか……

『生物はもういません。終わりにしましたから』

 さらっと言っているが、けっこう、いやとんでもないことのような気がする。

「終わり? あの、終わりっていうのは……」

『終わりとは、始まりの反対でして』

「いや、そういうことじゃなくて!」

『終着駅とか、そんな感じの』

「詩的に言っても駄目だから! どうせならもっとはっきりと言ってくれ!」

『皆殺しにしました』

「いきなり物騒になった!」

 はっきり言ってくれとは言ったけど!

 せめて絶滅とか、言い方があるだろうよ!

『もう進化は達成されましたし。ここにいる皆さんも、もう生きているわけではありませんよ。食事も排泄も必要ないようになっています。観戦に必要な機能だけ残っている感じです』

 また衝撃の事実が出てきた。

「え、僕らもう死んでるの……?!」

 実感が湧かない。

 知らない間に死んでいたというのか。とはいえ機能が制限された状態で生きているとも言えるのだろうか。

 あまりにもさらりと言われてしまうのでどう処理して良いか分からない感じだ。

『皆さん生きたままでは観戦できませんから。もうこういうものだと思って下さい』

 非常に、どこまでもあっさりしていた。地球はいずれ住めない星になると言われていたけど、それはもっと遠い未来の話だと思っていた。人類滅亡とか、そういうのは映画みたいに壮絶なドラマがあるものだと思っていた。それが、まさかこんな一瞬で、しかも知らない間に終わっているなんて思いもしなかった。既に梅雨入りしてましたって後出しで発表されるみたいなものだ。あっけない。

 リプレイがまた最初から始まる。

 地球が射出される。

 星間空間を行く。

 プロキシマ・ケンタウリ系に到着。

 1回目の衝突。

 相手惑星はどうやら軌道が外側に膨らんだようだ。

 地球はもっと鋭い角度で外側へ向かう。

 木星がちょうどいいところへやってくる。

 地球は木星を掠めるように横切り、そこでぐいっと進路が変わる。

 地球は更に外側へ。

 最も外側を回っている惑星へ地球が向かっていく。

 そして、最後に地球は意思を持ったように、いや意思を持って曲がり、当たった。

 一連の動きは華麗であり、よく計算されているのだろうと思った。

 ディスプレイの中では小気味よく二回の衝突を繰り広げている地球。

 しかし実際の衝突ではとんでもない衝撃が発生しているはずで、それが何だか不思議だった。

 規模が大き過ぎるものは実感が湧かない。

 しばらく、ぼうっとリプレイを眺めていた。

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