第9話 爆発のちプロポーズ?
「刺客か⁈」
ルディウスがマルティナを背に隠すように前に進み出たが、先日のような暗殺者が襲ってきたわけではないことは、すぐに分かった。
爆発が起こったのは、貴族の学生寮の最上階──まるまる全部ルディウスの部屋だ。そこの窓ガラスが粉々に吹き飛び、黒焦げになったシルクのカーテンの切れ端がヒラヒラと舞い落ちて来た。
そして、爆発を起こしたであろう犯人――エリック・フォン・カルロスは、中庭の中央で狂ったように高笑いをしていた。
「あーはっはっは! ルディウスの部屋を爆破してやったぞ! あの馬鹿殿下は死んだかぁっ?」
ルディウスを殺害する意図で爆破を起こしたことは、その言葉から察することができた。
だが生憎、ルディウス本人は外で筋トレをしていたために、部屋ごと吹き飛ばされてはいない。
「誰だ、てめぇ!」
周囲の生徒たちが恐怖で逃げ出す中、ルディウスは、エリックに聞こえる大声で叫んだ。当然だが、自室を爆破されて怒っているのだが、相手の名前はまたも覚えていなかった。
(エリック! エリックですわよ、殿下!)
緊迫した場面と判断し、喉まで出かかったツッコミを呑み込むマルティナ。煤まみれの部屋を見上げながら、いい加減覚えてあげてくれと叫ぶ神経は持ち合わせてはいなかった。
そして案の定、再び名前を覚えてもらえていなかったエリックは、ぴんぴんした様子で近づいて来るルディウスの姿を見て、いっそう絶望の色を深めていた。
「な、なんで、生きてんだよぉっ! あんた、授業サボる時は部屋に女連れ込んでんじゃないのかよぉぉっ!」
「るせぇっ! 女遊びはもうヤメた‼︎」
「嘘だろぉぉーっ⁈」
エリックはわなわなと震え、「右腕になれると思ったのにぃぃっ!」と喚いている。
ルディウスの右腕になれないことは大食堂で了承済かと思いきや、おかしなことを言うものだ。
だが、そうマルティナが思ったのも一瞬。
エリックは「死ねっ! 死ねぇっ!」と、ルディウスに向けて手をかざし、多数の小爆破魔術を繰り出した。
ドガンッドガンッと魔力の砲弾が飛来してきて、ルディウスのそばで炸裂する。
マルティナがステラと大慌てで後方に避難している間も、それは止むことはない。
(本当におかしくなってますわ! ヤケというやつですわ!)
「殿下ぁっ!」
「マルティナ様、危険です!」
ステラに諫められるが、マルティナはルディウスが心配で身を乗り出さずにはいられない。
なぜなら、ルディウスに少しも爆破を避けようとする気配がないからだ。
「おら、雑魚。得意の魔術で俺を殺すんだろ? 早くしろよ」
ポケットに手を突っ込んだまま、一歩一歩ゆっくりとエリックに近付いて行くルディウスは、凶悪な笑みを浮かべていた。笑っているけれど、心底怒っている。おそらく赤子なら秒で泣き出してしまうし、マルティナでさえゾッと震え上がってしまった。
「うっ、うわぁぁっ! 爆ぜろ! 爆ぜろぉぉっ!」
「…………っ!」
下手なナントカも数撃ちゃ当たるとはよく言ったもので、ようやく一発二発と砲弾がルディウスの腕に命中した。
だが、ルディウスはわずかによろけただけで、表情ひとつ変えずに突き進で行く。
痛みや怪我はないのか?
その答えは、単純明快。ルディウスの蔑称が一番分かりやすく表現している。
【歩く回復薬】――。
ルディウスは、ほとんどの魔術ダメージを負ったそばから治癒していくという、超回復魔術の使い手なのだ。
その異名を蔑称として用いる者たちは、治癒魔術しか能がないとルディウスを蔑むのだが、実際に目の当たりにすると、神か魔人が歩ているのだろうかと疑ってしまいたくなるような光景だ。
少なくとも、マルティナはそう感じた。
「痛くも痒くもねぇぞ! おらぁぁっ!」
エリックが言葉にならない恐怖の声を上げる同時に、一気に距離を詰めたルディウスの殴打が炸裂した。拳がメキメキとエリックの頬にめり込んだかと思うと、彼は一瞬で視界から消え失せる。
マルティナがハッとしてエリックを捜すと、彼は数十メートル先の植え込みまで吹っ飛ばされていた。
「は、速すぎて見えませんでしたわ!」
「ひぇ〜! ヤバい音がしましたけど!」
マルティナとステラがそれぞれ感想を言い終わらないうちに、ルディウスは再び地面を蹴り上げ走り出し、倒れているエリックの襟首を引っ掴む。そして、彼を無理矢理立たせると、大きなモーション付きで腹に膝蹴りを喰らわせた。なんと圧倒的であることか。
「ごへぇぇぇッ! い、いだいぃぃっ!」
「まだ喋れんのか。もう一発いくかぁっ? あぁん?」
「殿下! やり過ぎですわ! エリックはもう動けませんから、今は二次災害の対処をしませんと!」
マルティナは慌ててルディウスに駆け寄り、無理矢理エリックから引き剥がすと、火の手の広がる学生寮を指差した。ルディウスの部屋で起こった爆発から出た炎が風によって流され、平民寮の最上階へと燃え移っていたのだ。
平民寮は貴族寮よりも古い建物──ベースが木材であるため、みるみるうちに炎が大きくなっていき、事態はあっという間に深刻化していた。
「いけませんわ! 中に生徒が!」
周辺の生徒たちは次々と安全な場所へと避難しているものの、肝心の最上階に取り残された平民の生徒の姿が見えた。大柄な男子生徒がバルコニーの手すりにしがみつき、必死に助けを求めて叫んでいる。
このままでは、彼は炎に呑まれてしまうだろう。
「平民が……、いくら死のうが、かまわない……だろう? 価値のない命だ……!」
口を開いたらルディウスから追撃を喰らうことを理解していないのか、エリックは倒れたままで再び自論を述べる。
そしてもちろん、ルディウスはエリックの発言を許さず、キツい足蹴りを一発追加した。
「黙れ、カス! この国の奴らの命の価値は、俺以下で一律だ!」
(エリックを上回る傲慢! けれど、説得力があるのが不思議ですわ!)
痺れる暴言に頭がくらくらしてしまう。
だが、実際に激しいめまいが起きていたらしく、ふらついたマルティナをルディウスが力強く支えてくれた。
「まぁ、殿下……!」
「今、てめぇに倒れられたら困んだよ。オラ、とっとと火ぃ消せ!」
束の間のトキメキも吹き飛ばされ、マルティナは現実に引き戻される。
どうやら、ルディウスは学生寮の火事を消せと言っているらしいが、2棟の最上階の炎を鎮火するほどの魔術など、マルティナは習得していない。ましてや、水魔術は雷魔術以上に訓練不足だ。
その理由は、女に魔術は不要だと教えられてきたから。
「殿下! わたくしにはできません! そのような大きな魔術、使ったことがありませんもの!」
「うるせぇ、やれ!」
「無理ですわ!」
「てめぇが決めるな!」
「なんて傲慢ですの!」
だが、そこがイイと叫びそうになるのを堪え、マルティナはふるふると首を振る。魔力の暴走や不発が恐ろしく、簡単に頷くことなどできない。
そして、なぜルディウスが自分のことをそれほど買い被っているのかが理解できず、マルティナは戸惑いを隠せない。
しかし、次のルディウスの言葉によって、そんな感情は吹き飛ばされた。
「未来の王妃が、ヤワ言ってんじゃねぇよ! 国民のためにタマ張れよ!」
「タマ」が何かは分からなかったが、マルティナにとって最重要ワードは最大音量で聞き取ることができた。「王妃」。それは、ルディウスの伴侶という意味に違いない。
「わたくし、やりますわ!」
マルティナは、「何かあったらお父様に言い訳しておいて」とステラに告げると、胸を張ってズイと前に進み出た。
(愛しい方からのプロポーズ、お受けするしかありませんでしょう!)
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