第6話 ヤンキー殿下はメロンパンが食べたい

 マルティナとステラが尾行する中、ルディウスが次に訪れた場所は学院内の大食堂だった。

 そこは、貴族や王族の舌をも唸らせる三つ星料理を提供する食堂であり、マルティナも好んで通う場所だった。


「かつてのルディウス殿下は、いつも取り巻き令嬢たちとイチャつきながら、肉料理ばかり食べておられましたわ。女性関係も血液もドロドロ」

「まぁ、モテる分だけトラブルもあったようですからね」


 大食堂の入り口からこっそりとルディウスを覗く二人は、彼が本気にさせた令嬢に刺されかけたことや、令嬢たちのキャットファイトに巻き込まれて負傷したことなどを思い出していた。

 どのエピソードにおいても、ルディウスは金と権力で事件を揉み消しているのだが、婚約者であるマルティナの耳にはきちんと詳細が届いていた。


(本当に屑なお方でしたけど、今は別人のように猛々しいオーラを放っておられますわ!)


 彼に話しかけようとするチャレンジャーな令嬢たちを「寄るな、クソアマ!」と一蹴するルディウスは、肩で風を切ってベーカリーコーナーへと向かっていた。

 サンドイッチやデニッシュ、ブリウォッシュなどの人気パンが数多く並ぶ一角を険しい表情で眺めたルディウスは、「おい!」と偉そうにパン職人を呼びつける。


「メロンパンはねぇのかよ⁈」


(メロン……パン?)


 初めて耳にするパンの名前に、マルティナとステラは首を傾げて顔を見合わせた。


 えらく安直な名前だが、馴染みは全くない。だがメロンパンと言うからには、メロンの果肉が入ったパンなのだろう。

 メロンがふんだんに盛られているデニッシュか? それとも、クリームと一緒に挟まれたフルーツサンドか?


 マルティナ同じく、パン職人もその考えに至ったらしく、「メロンを用いたパンでしょうか?」とルディウスに尋ねていた。

 しかし──。


「メロンなんて入ってねぇよ! だいたいのは!」


(メロンが入っていないですって⁈)


 ルディウスの言葉に驚愕するマルティナ、及びパン職人。

 一方のルディウスは、身振り手振りでメロンパンなるものを伝えようとヤキモキしている様子が見受けられた。


「メロンパンは、メロンの形をしたパンだ! 上がクッキー生地で、下がふわふわの……。ねぇのかよ?」

「そのようなパンはなく……」

「じゃあ、焼きそばパンは?」

「焼きそば……?」

「茶色いソースで炒めた麺が、コッペパンに挟まって……。ってもういい! ねぇんだろ!」


 最終的に怒鳴り散らしてローストビーフのバゲットサンドを買っていったルディウスの顔は、なんだか少し寂しそうに見えた。

 よほど、そのメロンパンや焼きそばパンなるものが食べたかったのだろうか。

 マルティナの知るルディウスは、パンマニアでも無頼のパン好きでもないため、不思議な光景ではあったのだが──。


「真・殿下の好物は、メロンパンと焼きそばパンですわね! 国中……、いえ、外国の文献も片っ端から調べますわよ、ステラ!」

「えぇ〜……。本気ですか、マルティナ様」

「当たり前ですわ! 素晴らしいメロンパンと焼きそばパンを作って、殿下との距離を縮めるのです。きっと、婚約破棄の件も見直してくださいますわ!」


 まるで、恋の暴走機関のように走り出したマルティナをステラは止めることなどできない。

 もっと手軽に作れそうな食べ物だったら良かったのにと、ため息を吐くステラだった。




 ***

 マルティナがメロンパンに喜ぶ婚約者の姿を妄想している間に、当のルディウスは空いている席を求めてあちらこちらに鋭い眼光を向けていた。


 バゲットサンドを小脇に抱え、腰位置で履いたスラックスのポケットに手を突っ込んだまま通路を練り歩くその様は、大食堂の利用者たちに緊張を走らせる。

 ルディウスが通り過ぎる場所が順番に静まり返っていくことが、その証拠だ。少しでも目が合えば、「何見てんだ、コラ」と絡まれるので、皆目を伏せて口を閉ざしている。


 そんな中、日当たりの良い窓際のテーブルにいる二人の男子生徒たちはルディウスの巡行に気が付かず、何やら揉めている様子だった。


「平民のくせに、オレたち貴族様の特等席に座るんじゃない!」

「そ、そんな……。大食堂はみんな平等に使える場所なのに」

「お前のような下賤な者たちと平等だと? 笑わせるな。特待生とは、要は貧乏人という意味だろう? 貧乏人は、大人しく外で飯を食っていろ!」


(タチの悪い平民虐め……。なんて愚かしい)


 大食堂の席を巡り、貴族が平民にいわれのない文句をつけている……といったところか。


 魔術学院に籍を置くのは、貴族だけではない。数こそ少ないが、魔術の才能を持つ平民も、特待生として入学が許されている。寧ろ、金と爵位で入学する貴族よりも優秀であることが多いため、そのことをひがんで嫌がらせをするやからは後を絶たない。


「あの方はカルロス侯爵家の次男、エリック様ですね。殿下の元太鼓持ち令息の一人ですよ」


 ひそひそと、ステラがマルティナに耳打ちをする。

 マルティナも、彼の顔には覚えがあった。

 いつもルディウスのそばで「さぁっすが殿下!」と手を叩いていた令息だ。隙あらばルディウスに取り入ろうとしているコスい印象だったが、平民虐めまで嗜むとはなかなかにいい趣味をしている。


「くっ! こんな時に生徒会は何をしているのかしら⁈ 生徒のピンチですわよ!」

「落ち着いてください。生徒会がいないから、平民虐めをしているんですよ」


 正義感の強いマルティナは、ネチネチとエリックに絡まれる平民の男子生徒を見逃すことができず、今にも飛び出して行く勢いだった。

 だが、女のマルティナが出て行ったとして、その場が収まるとも思えないのも事実。


 マルティナは清廉な生徒会長を思い浮かべ、彼が駆けつけてエリックを取り締まってくれないだろうかと気を揉むが、そのように都合よく救世主は現れない。


 そんな間にも、エリックは平民生徒を怒鳴りつけ、小突き回し──。


「ステラ! ディヴァンを呼んでき──」


 我慢しきれなくなったマルティナが、ステラに生徒会長を呼んでくるよう頼もうとした時だった。


「おい、コラ! ごちゃごちゃうるせぇぞ!」


 救世主メシアではなく、不良ヤンキーが現れた。

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