第10話・拉致
しばらく経って年末も近くなり、肌寒い日が続く。
その後、大陸“ダクシニー”のシンドゥ王国も、現金輸送馬車の犯人についても、大きな動きはない。
しかし、ある日、海軍の動きが何やらあわただしくなった。
ズーデハーフェンシュタット沖に国籍不明の大型船が三隻現れたというのだ。海軍は巡洋艦一隻とフリゲート艦四隻をその大型船の対応に向かわせたという。
しばらくして、国籍不明の船は、シンドゥ王国のものだとわかった。
そして、シンドゥ王国の船長が代表として、ブラミア帝国側と話し合いを持った。
彼らはセフィード王国の王女を捜しているとのことだった。王女の乗った船が嵐で遭難し、海流から鑑みて色彩の大陸に漂着している可能性があり、こちらに遭難船と王女の捜索の協力を要請しているという。
船は実際にこちらに漂着して、海軍によって曳航されて港にあるはずだ。そして、探している王女とはメリナの事で間違いないだろう。
その話は当然、ルツコイにも報告された。
ルツコイは私を呼び出し、すぐにメリナを帰すことを命令した。
私は、メリナを帰すことには当初少々疑問を感じていた。しかし、ルツコイの言うように、“メリナが人質として、シンドゥ王国に行かなければ、セフィード王国が再度攻撃を受けるかもしれない”、という意見にも一理あると考え、ここは命令に従うことにした。
ルツコイも孤児院に同行し、メリナを一旦、港近くの海軍の兵舎まで連れていくことになった。
私とルツコイは帝国軍の兵士数名を引き連れて孤児院に到着し、院長先生に事情を話して、メリナを連れ出した。
メリナはこういう事態を想定していたのだろう、何も慌てる様子もなく、少ない荷物をまとめて我々と一緒に孤児院を出た。
そういえば、最初、メリナはシンドゥ王国へ行きたがっていたのを思い出した。
自分が人質としてシンドゥ王国へ行かなければセフィード王国が危ないということを、わかっているからだったのだろうか?
メリナと私は並んで歩き、それを取り囲むように帝国軍兵士が取り囲む。さらにルツコイがその先頭を歩く。
しばらく進んで港までやってきた。海軍はさらに進んだ港の端にある。
港では、何やら人が集まっていた。聞くと、シンドゥ王国の船を見るために、やって来たという。シンドゥ王国の船は沖合遠くにいるが、かろうじて目視できる距離にいる。
我々が港をしばらく進むと、ルツコイが突然足を止めた。
ルツコイは手で他の者にもとまるように合図した。
私は、前を見た。
正面に男が一人立っていた。
私はその男をよく見た。男はスキンヘッドで無精ひげを生やしている。風貌は変わっているが、間違いない。あいつだ。現金輸送馬車を襲い、私を斬った犯人ギュンター・ローデンベルガーだ。
私は注意を促すために先頭のルツコイに声を掛けた
「司令官! 奴は、現金輸送馬車を襲った犯人です」
こんな人目の多いところで待ち伏せとは、いったい何が目的だ。
ローデンベルガーは剣を抜いた。
それを見たルツコイと兵士たち一斉に剣を抜いた。
私も剣を抜く。
もし、奴が空間魔術を使ったら、こちらは一瞬で全滅してしまう恐れがあった。
「任せてください」
私は慌てて言うと、魔術で目の前に炎の壁を作った。
炎を見た通行人が悲鳴を上げて逃げ惑い、通りは混乱状態となった。人出の多いこの通りで、魔術を派手に使うと通行人にも被害が及ぶ。使える魔術は限られてしまう。奴がここで待ち伏せをしたのは、それを狙っての事か。
私はルツコイに向かって叫んだ。
「今のうちに、そこの路地を通って迂回して進んでください」
「わかった」
ルツコイはそういうと、メリナと兵士達を連れて脇道に入って行った。
私は炎の壁が消える直前にローデンベルガーのいた方向に走った。そして、炎が消えると同時にローデンベルガーにいた方に向かって剣を横から振り抜く。
しかし、ローデンベルガーは一瞬で目の前から姿を消し、私の剣は空を切るだけとなった。振り向いてローデンベルガーの姿を捜す。奴は、私を無視してメリナたちを追って路地に入って行くのがかろうじて見えた。私は投げナイフを投げつけるも、全く間に合わず、ナイフは路地の入口の建物の壁に突き刺さった。
私は慌ててその後を追った。
路地抜けたところで、ローデンベルガーがメリナを守っていた兵士が二名倒れてるのが見えた。奴が一瞬で斬り倒したのだろう。
ローデンベルガーの魔術が途切れ、その合間にルツコイが斬り掛かるのが見えた。しかし、ローデンベルガーはそれを剣で受け止めた。
ソフィアが空間魔術は短時間しか使えないと言っていた。今のような魔術の切れ目を狙って倒すしかない。
私はローデンベルガーの背後から魔術で指先から稲妻を放つ。稲妻がローデンベルガーの背中に直撃し、奴は前に弾き飛ばされた。
しかし、次の瞬間、ローデンベルガーは再び空間魔術を使い、一瞬で姿が見えなくなった。
そして、そばにいたはずのメリナの姿も見えなくなった。
「しまった!」
メリナが奴に連れ去られた。私は狼狽した。
ルツコイや残りの兵士たちがあたりを見回すが、メリナとローデンベルガーの姿は近くには見当たらなかった。
あたりの混乱に紛れて逃走したに違いなかった。
ルツコイは急いで命令を伝える。
「この付近を通行禁止にして、軍に捜索させる」
我々は、あわただしく命令を伝えに街中にある軍の詰所に向かった。
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