第38話 大人と子供の境界線


 「はぁぁ……所詮この程度か」


 遠目から覗きに来てみれば、眼の前には酷い光景が広がっていた。

 魔女の館に踏み入れるのを警戒するのは分かる。

 分かるが、普通火矢をいきなり放つか?

 確かに魔女は屋外に出てきたが、これでは仲間に引き入れる処ではないだろうに。

 しかも、魔女の怒りを買ったのか見た事の無い程の魔法を放たれそうになる始末。

 一時的に全滅は回避したが、今では以前見た少年と王子が共に獣人達と戦っている状態だ。

 これでは、今日は収穫無しと考えた方が良いのだろう。


 「使えん奴らめ……捕らえる事は出来なくとも、殺す事が出来れば“結果”は残す事が出来たというのに。 しかし、美しい姿で手に入れるとなれば……やはり毒か? おい、お前達は“魔女”を殺す際には十分に気を付けろよ?」


 なんて、声を上げてみたが。


 「おい、どうした。 返事をしろ」


 振り返ってみれば、そこには誰もいなかった。

 今回雇った暗殺者達が、先ほどまで私の後ろに待機していた筈なのに。


 「お、おい。 ふざけている場合じゃないぞ? まさか戦闘に参加した、なんて言わないだろうな? お前達の仕事は――」


 「こんばんは、ハイター卿」


 そんな挨拶が、頭上から聞こえて来た。

 は? と自分でも間抜けだと思う声を上げながら見上げてみれば。

 そこにはいくつもの操り人形と、ピエロが立っていた。

 手足が様々な方向へと曲がったソレは、間違いなく私が雇った暗殺者達。

 誰も彼も生きている様で、苦しそうな呻き声を上げているが。


 「はじめまして、ではありませんね。 パーティーで一度お会いしました。 私はプリエラ、“道化の魔女”を名乗っております」


 「ま、魔女……?」


 ペコッと腰を折る彼女は、何故立っていられるのかという程に細い枝の上に立ち、バランスを崩す事なくその場に滞在している。

 目がおかしくなりそうだ。

 ありない光景を、今私は眼にしている。


 「そんな馬鹿な……今この国に居るのは“創碧の魔女”だけな筈だ。 他の魔女など、居る訳がない」


 「もう少し民の声に耳を傾けるべきでしたね。 そうすれば、噂くらいは耳に入ったと思いますよ? 魔女を名乗る“愚者”が居る事くらい」


 言葉を紡ぎながら、彼女は静かに地面に降り立った。

 音も無く、重力など感じていないのかと思う程ゆっくりと。


 「はっきりと言いましょう、この国に今“魔女”は居ません。 貴方が求めている“物”は、無いんです。 私も、あの人も。 魔女と謳われても、結局は噂に過ぎません。 我々は“人族”。 ただの人間なのです」


 「ハ、ハハハ。 何を言っている? アレだけの魔法を行使する人族など居るものか! 見てみろ! 雪だ、雪が降る程だぞ! たった一つの魔法を行使しただけで、天気が変わる程だ。 こんな魔法が使える者が、“人間”の筈が無いだろうが!」


 その言葉に、彼女は大きなため息を溢した。

 そして、どこまでも呆れた視線を向けながら、やれやれと言わんばかりに口を開く。


 「そうさせてしまったのが貴方だ。 ただの人間の全てを奪って、限界まで追い込んで。 最後の最後で、全てを捨てでも主は抗った。 これは、お前の望んだ未来じゃない。 そして、私達が最も望まなかった未来だ。 だから、私はお前を許さない」


 彼女が呟いた瞬間、私の体が宙を舞った。

 は? なんて言葉を紡ぐ暇も無く、私の腕はネジの様に捻じれた。


 「ずあぁぁぁぁ!」


 「うるさいですね、それだけの罪を犯したというのに。 それだけの犠牲を強いて来たでしょうに。 腕一本程度で、ギャーギャー騒がないで下さいませ」


 そう言いながら、彼女は指先を捻る。

 こちらからは何をしているのかさえ分からない。

 だというのに。


 「止めろ、止めて――あぁあぁぁぁっ!?」


 「本当なら殺してやりたい、しかしソレは許可されていない。 王からも、“あの人”からも。 だから、手足だけで勘弁してやります」


 まて、今。

 “手足”と言ったか?

 今捻じられているのは、両手だけだ。

 足は今の所無事。

 しかし、彼女の言葉通りなら……。


 「状況が気になって現場に姿を現すとか、ド素人も良い所です。 お利巧に待っていれば、私と再び出合う事も無かったでしょうに」


 「止めろ……止めてくれ、もう充分だ。 頼む、頼むから……あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 右足が、おかしな方向へと曲がった。

 違うだろ、そこは曲がってはいけない所だ。

 人間の関節は、そんなに多くない筈だ。

 だというのに、私の足は様々な所で折れ曲がり、プラプラと足先が間抜けに揺れていた。


 「一生後悔し続けろ、懺悔し続けろ。 この国の王に牙を向いた事、“魔女”と呼ばれる存在に軽々しく手を伸ばした罪を。 例え“モドキ”だったとしても、“そう”呼ばれる所以がある事を絶対に忘れるな」


 最後の言葉を残し、私の左足が面白い事になった。

 思わず笑いが零れてしまうくらいに、あり得ない方向を向いている。


 「ハ、ハハハハ。 なんだこれ、どうなってしまったんだ私の足は。ハハハ……」


 「壊れましたか。 ま、どうでも良いですが」


 そんな言葉を残しながら、“道化の魔女”は静かにその場を離れた。

 私達を、空中に残したまま。


 「あははっ! おい、誰か下ろしてくれ。 なぁ、誰か居ないのか? おーい、俺はこの国の重要人物だぞ? 何故誰もいない? なぁ、おい。 見てくれよ、この脚。 面白いだろ? なぁ、オイ。 凄い所まで曲がってるんだぞ? 誰か、誰か……おぉぉい?」


 私の声は、結局誰にも届くことなく、全てが終わるまで救出される事は無かった。

 その一部始終を上空から眺め、私はひたすらに笑い続けた。

 間違っていたのだ、“魔女”に関わる事自体。

 それがありありと感じられる程に、様々なモノを見せられた。

 あぁ、もう駄目だ。

 この革命は、失敗する。

 そう決断を下す程、目の前ではありない光景が繰り広げられるのであった。


 ――――


 「ヘキ! 何故魔女を守る!? よく聞け、ソイツは我々獣人にとって唯一の交渉材料――」


 「うるっせぇぇ!」


 ポケットナイフを逆手に持って振り回し、周囲の獣人をアオイから引き離した。

 全ては獣人の未来の為に。

 我々が生き残る術はコレしかない。

 人族は敵だ、我々を家畜と見なす外道共だ。

 もう耳にタコが出来る程聞いた台詞だ。

 それこそ、俺が生れたその時から聞いていた言葉の数々。

 だからこそ、俺もまた人族を恨んだ。

 生き残る為に、必死に彼らを殺す術を覚えた。

 だが、いざ立ち向かったその人は。


 「おかえり、ヘキ」


 そう言って、抱きしめてくれる人だったのだ。

 獣人の為に彼女を殺す?

 ふざけるな、ふざけるんじゃねぇ。

 この人は俺たちが勝手に見限って、見下して、害して良い人じゃない。

 俺みたいな薄汚れた獣が、触れる事さえおこがましいと思える程暖かい人なんだ。

 それなのに、彼女は俺を抱きしめてくれた。

 その身が汚れる事さえ、厭わずに。

 何かする度に、褒めてくれた。

 よく出来たねって、頭を撫でてくれたんだ。

 この人を殺す事が獣人の未来に繋がるというのなら、もういっその事。

 俺たちなんて、“滅んでしまえば良い”。


 「俺の家族に武器を向けるんじゃねぇ!」


 空中でグルングルンと何度も回転しながら、正面の相手に踵落としを叩き込んだ。

 こんなにも勢いを付けないと、俺の攻撃は大人達には届かない。

 それくらいに、俺はまだ“子供”なんだ。

 それが、アオイと共に過ごして良く分かった。


 俺の手は小さいし、器用じゃない。

 だからシリアの様にアオイを手伝えない、ぬいぐるみだって上手く作れなかった。

 俺はまだまだ何も知らない。

 だからアリエル王女の様に、様々な発想が出てこない。

 彼女の様に、多くの新しい物を生み出す事が出来ない。

 俺は文字が読める程度で、学が無い。

 だからブルーの様に、書類の仕事が出来ない。

 少しずつ教えてもらっているけど、まだまだ全然分からない事だらけだ。

 俺は弱い、話にならないくらい弱い。

 だからアスティ王子やプリエラと稽古した時も、一本も取る事が出来なかった。

 全部が駄目だ、どれをとっても皆に敵わない。

 でもそんな俺に、彼女は微笑むんだ


 「これから出来るようになれば良いよ。 ヘキはまだ子供なんだから、頑張って色んな事を覚えれば良いんじゃないかな。 最初から全部上手に出来る人なんていないよ」


 だから、決めたんだ。

 何も出来ない俺は、出来るようになるまで頑張るんだ。

 今日よりも明日、明日より明後日上手になれるように。

 努力を止めない事を誓った。

 でも、一つだけ。

 “出来ない”じゃ済まされない事を、心に決めた。

 家族を守ろう。

 俺を守ってくれる家族を、俺も守ろう。

 “だから”。


 「ヘキ! この裏切り者が!」


 獣人の一人が、剣を横なぎに振るった。

 大丈夫だ、これくらいなら余裕で――。


 「っ!」


 「逃がすか! クソガキ!」


 さっき踵落としを決めた奴が、地に伏せながら俺の足を掴んで来た。

 不味い、決め切れていなかった。

 間違いなく意識を刈り取るくらいの威力は出せたと思ったのに。

 このままじゃ――。


 「よくやった、ヘキ。 頑張ったな」


 足元の男を踏みつけてから、目の前に飛び出して来た王子が大剣を盾の様に構え相手の剣を逸らした。

 その衝撃を逃がすと同時に体ごと回転させ、大剣の腹で相手を吹っ飛ばす。

 やっぱり、この王子強ぇ……。


 「……腰抜け王子、相変わらず強いじゃん」


 「文字通り腰が抜けていたからな、俺は腰抜け王子だ。 真っ先にアオイの前に立ったお前よりずっと弱い。 だから、助けてくれるか? ヘキ」


 ニッと口元を釣り上げながら、彼は片手で俺の頭に手を置いた。

 コイツがこんな風に笑うとこ、初めて見たかも。


 「サポートする。 というか、それしか“出来ない”」


 「戦士のサポートが“出来る”。 ソレは素晴らしい事だ、覚えておけ」


 「おう!」


 意気込みながら二人して武器を構え直したその時。


 「随分と賑やかですね。 私も混ぜて頂けますか?」


 「店長! 無事ですか!? 街中じゃ滅茶苦茶騒ぎになってますよ!?」


 プリエラとブルーも、この地に到着した様だ。

 コレで総戦力だ。

 創碧の小物屋で、戦えるメンツが全員揃った。

 だったら、反撃開始だ!

 なんて思ったその瞬間。


 「全員、動かないで頂けるかな?」


 その声は、俺たちの後ろから聞こえて来たのであった。

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