第34話 変化


 「本気ですか店長」


 「ん、王様からの命令っぽいし」


 「店長を殺そうとした相手ですよ……」


 やけに呆れたため息を溢しながら、ブルーは私の隣に座る少年を睨みつけた。


 「お前、またおかしな事をしてみろ。 次はあんなもんじゃ済まないぞ」


 「ブルー、やめんさい」


 チクチクと針を動かしながら声を上げてみるが、隣の少年がかなりビビッているのが分かる。

 多分、相当なトラウマになっているのだろう。

 何たって半身燃やされたしね、怖いよね。


 「奴隷の首輪が付いていますから、恐らく大丈夫だとは思いますが……思いきりましたねぇ」


 アリエルさえもやれやれと言わんばかりに首を振りながら、再び自分の作業へと戻っていく。

 皆してそんな反応な訳だが、だって仕方ないじゃないの。

 重罪人であるのは間違いない。

 でも、この少年に死ねと言えるのか?

 事情を聴いた限り、彼には他に生きていく道が無かったという。

 そんな状態で、あんな無謀な特攻をやらせる奴の元で暮らしてきたのだ。

 他の道を示してやれば、もっと良い未来になったんじゃないか。

 違う事を生業としていたら、こんな結末にならなかったんじゃないか。

 とはいえ、罪は罪。

 しかし、彼はまだ子供だ。

 少年法だの何だのがないこの世界では、彼もまた重い処罰の対象。

 だから、とは言わないが。

 更生する道があっても良いじゃないか。


 「ま、王様からも許可貰ったみたいだし。 いいんじゃない?」


 「相変わらず適当ですね……アオイ様。 貴女がトラブルに巻き込まれる度、私は毎度心臓が止まるかと思う程ですよ……」


 「大袈裟だなぁ、シリア」


 「そういう楽観的な所、王子と似ていますよね」


 「……それは何か嫌だ」


 そんな会話をしながら、私達は作業を進めていく。

 ちなみに隣に座っている少年は、私の補佐役。

 布の裁断作業をひたすらに行っていた。

 慣れない道具に四苦八苦しながらも、慎重に布を型に沿って切り分けていく。


 「ちゃんと切らないとダメになっちゃうんだぞー? あとバリバリしても駄目だってアオイが言ってた。 そういう事すると、しばらくアオイが動かなくなっちゃうからなぁー。 もう駄目だーって、ベッドから起きなくなる」


 「分かってる、だからちょっと静かに。 お前みたいに爪でバリバリしたりはしないから……」


 プルプルしながらもハサミで布を裁断するヘキが、やたらと浅葱から注意を受けながら作業を進めていく。

 非常に真面目だ、この子。

 綺麗に切らないと後で困るんだよーって言ってみれば、物凄く慎重に刃を入れている。

 そこまで慎重にならなくても……とは思うが、やはり慣れてない作業な上に他人も関わる仕事となれば緊張してしまうのも仕方がない。

 初心者あるあると言って良いのだろう。

 気にし過ぎて悪いって事はないし。

 作業速度は遅いが、初めてなら仕方ない事。

 だからこそ、微笑ましく思いながら彼の作業を眺めていると。


 「魔女様、少し早いですが休憩にしましょう。 こんなにガチガチに緊張していては、彼も疲れてしまうでしょうから。 ヘキ、来なさい。 お茶の淹れ方を教えます」


 「はい!」


 何だかんだ、一番に彼の事を受け入れたのはプリエラ。

 生き方が自分と似ているから、だそうだ。

 あまり綺麗な共通点ではないかもしれないけれども、まぁ仲良くするのは良い事。

 そんな訳で、ヘキもプリエラにすぐに懐いた。


 「アオイ、体はもう大丈夫なのか?」


 いつも浅葱と遊んでいるか、部屋の隅で置物になっているか。

 それか庭で素振りをしている王子だったが、今日に限ってはちょこちょこ声を掛けて来る。


 「ん、ヘーキ。 前より筋肉痛の期間も短いし、痛みも軽い。 もう数日で完治できる程ですよ、私も“魔法”ってヤツに慣れて来たって事かな? ハッハッハ」


 なんて事を言いながらガッツポーズを見せてみれば。


 「……あまり、慣れるな。 お前は、お前で居ろ」


 王子からは、悲しそうな視線を向けられてしまった。

 全くコイツは。

 相変わらず無表情な癖に、瞳だけは随分感情豊かだ。


 「心配し過ぎだって、アレから“召喚”は使ってないし……って言いたい所だけど、あんがとね」


 「いや、俺には何も出来ない。 礼を言う必要ない」


 「女々しい奴だな鬱陶しい。 そこは、おうとか言って適当に流しなさいよ」


 ペチッと彼の鎧に拳を当ててから、席を立って階段へと向かう。


 「どこへ行く、アオイ。 もう茶が来るぞ?」


 「ちょっと部屋に取りに行く物があるだけだよ。 皆で先に休憩してて」


 ヒラヒラと手を振ってから階段を上り、しっかりと自室の扉を閉めた事を確認してから。


 「ぶっはぁぁぁ……なにこれ、すんごい体がムズムズする。 気持ち悪い……マジで。 幽霊さん、コレ何?」


 筋肉痛が治った頃からだろうか?

 何だか体がおかしいのだ。

 流れる血液が血管に触れながら動いているのが分かる、みたいな。

 とにかく全身ムズムズするのだ。

 妙に過敏になったのかとも思ったけど、他の人に触れられた所で別に何の問題もない。

 いつも通り、触れている、触れられている感触があるだけ。

 なのに、体の内側がとにかくおかしいのだ。


 『多分急速にレベルが上がったのと、自分でも言っていた通り“魔法に慣れ始めている”んだ。 感じているのは、体内の魔力の流れ。 “無属性”は魔法の才能がない、なんて言われているけど大間違いも良い所だね。 君は、恐ろしい程に魔法の才能があるよ』


 「そりゃどうも……キッツ……」


 まるで何かが全身を這いまわっている様だ。

 ゾワゾワする、気持ち悪いし気味が悪い。


 『今の君の体は、使っちゃった魔力を周囲から急速に集めているんだろうね。 大気から、そして集まってくれた友人達からも』


 「はっ!? それって私が近くにいるだけで、皆の魔力吸い上げてるってこと!?」


 『その通り。 でも、心配しなくて良い。 友人達から吸い上げているのは、本当に極僅かだ。 それこそ、相手が溢れさせた魔力を吸い取っているに過ぎない。 コップから溢れた水を丁寧に掬い取っている様なモノだね。 魔力が溜まれば、その症状も収まるよ』


 「魔法やら魔力やらは良く分かんないけど……皆に害が出る事は無いのね?」


 『そこは保証しよう。 君が皆から“吸い上げたい”とでも思わない限りはね。 魔力の貯蔵量は人によって大小様々だ。 君の場合は、レベルが上がるごとに驚く程増えていく。 だから他の“人族”よりもずっと多くの魔力が必要なんだよ』


 全く、私は魔力タンクか何かか。

 幽霊さんが居ないと魔法を使う事すら出来ないってのに。

 とはいえ、マジで気持ち悪い。

 はぁぁ、とため息を溢しながらその場に座り込んでしまえば、もう動きたくないって程に脱力感を感じてしまう。

 なんだよ、どうなってんだよ私の体は。

 これが“こっち側”に染まって来るって事なのだろうか?

 もうこの場で横になってしまおうか……とか思い始めたその時。


 「アオイ、どうした? 物が見つからないのか?」


 心配性の王子が、わざわざ迎えに来てくれたようだ。

 コンコンッとノックする音と、心配そうな声が部屋の中に響く。

 あぁくそ、しっかりしろ私。

 コレ以上皆に心配かけてどうするんだ。

 頬を叩いて、気合いを入れ直してから笑顔を作って立ち上がった。


 「ういうい、もう行くよ。 お待たせしましたっと」


 扉を開けて軽く言い放ってみれば、やはり心配そうな瞳を向けて来る王子が。


 「大丈夫か?」


 「何がよ? もう魔法の筋肉痛は治ったって言ったでしょ?」


 ヘッと鼻で笑いながら、もう一度彼の鎧を叩いて横を通り抜けた。

 大丈夫、平気だ。

 もう少し我慢して、魔力が溜まってくれればこの不快感ともおさらば出来るみたいだし。

 別に病気って訳でも、何かを失った訳でもない。

 だからこそ、まだ大丈夫だ。


 「アオイ」


 「何よ?」


 「あまり、無理はしないでくれ。 良く分からないが、今のお前は……その。 何かを我慢している気がする」


 思わず、ため息が零れた。

 何でコイツ、こういう時だけは鋭いんだか。


 「だったら、今日の夜付き合いなさい。 いつもの所に飲みに行こう。 結局パーティーではケーキしか食べられなかったし、お酒も飲めなかった。 不満」


 「承知した、付き合おう」


 という訳で一旦会話を切り上げ、私達は揃って一階へと降りるのであった。


 ――――


 「また失敗したな」


 「申し訳ありません、ハイター卿」


 随分と年老いた獣人が、静かに頭を下げて来る。

 正直、本当に期待していた訳ではないので痛手と言う程ではないが。

 暗殺が成功すればこの国は“魔女”を失い、更には“異世界人”の保護にも失敗したと声を上げる事が出来た。

 だからこそ、“試し”に向かわせてみた訳だが……結果は見るに値しない程度。

 獣人ではこの程度か、なんて思ってしまった訳だが。

 しかし。


 「いや、今回の件で新しい目的が出来た。 今回の事は残念だが、十分な仕事をしてくれたよ」


 「そう言って頂ければ、あの二人も報われます……」


 今にも泣き出しそうな声を上げる老人が、頭を下げたまま肩を震わせていた。

 随分と同族想いな事だ。

 思わず呆れ顔を浮かべてしまったが、頭を下げている彼には見られる心配もない。

 とはいえ、俺がこの眼で確認したのは少年一人。

 もう一人は姿さえ見せないまま兵士に捕らえられたという。

 全く情けない話だ。

 少年の方も、王族に牙を向いたという事で連行されていったのは確認済み。

 もう生きては居ないだろう。


 「して、新しい目的とは?」


 やっと顔を上げた老いぼれ獣人は、強い憎しみが籠った瞳でこちらを見つめて来た。

 人族が憎い、自分達の同族を殺した人間達が憎い。

 言葉にしなくとも、その想いが伝わって来る様だ。

 そんな感情を持ちながらも、俺という“人族”に従っているのだから呆れたモノだが。

 まぁ、それだけ後がないという事なのだろう。


 「“創碧の魔女”を捕らえる。 アレは……非常に良いモノだ」


 「魔女を……殺すのではなく、捕らえる? そんな無茶な……殺すのでさえ難しい相手だというのに……」


 愕然とする老人を他所に、吊り上がる口元が戻ってくれない。

 一目見た瞬間から、心を奪われた。

 あの蒼いドレス姿が、瞼の裏に焼き付いている様だ。

 美しい姿、言葉を交わしてみれば柔らかく明るい声を上げる彼女。

 まるで子供の様に、それでも大人としての魅力も兼ね備えたアンバランスな存在。

 そんな彼女が、私は欲しい。

 それこそ、氷漬けにして部屋に飾っておきたいと思う程に“気に入った”。


 「魔女さえいなくなってしまえば、十分に勝機はあるだろう? そしてその魔女さえコチラに付いたとなれば、我々に負ける要素はない」


 「しかし……そう簡単に行くでしょうか?」


 「見た所、彼女は回復魔法に特化しているようだ。 その身に危険が迫った時でさえ、攻撃魔法の類は使わなかった。 だから一人の時を攫えば良い、王子の婚約者の時と一緒だ。 簡単だろう?」


 「ですが……」


 未だ不安そうな声を洩らす彼の肩に手を置き、耳元に口を近づける。


 「魔女さえどうにかなれば、後は簡単だ。 今の王族は平和ボケしているからな、抱えている貴族のトップが反乱を目論んでいるなんて夢にも思っていないだろう。 王子の戦闘技術は少々厄介だが、人質さえ取ってしまえばアレは簡単に大人しくなる。 前回は魔女に知恵を借りて制圧したとの報告だったしな。 全てが終わり、私が頂点に立った後には……」


 「我々獣人に……確かな保護が……」


 「その通りだ。 お願い出来るかな?」


 彼は数秒間だけ黙り込み、その後静かに首を縦に振った。

 そして、フラフラと私の部屋を後にするご老体。


 「……フッ、ハハハ」


 扉が閉まったその瞬間、堪えていた笑いが漏れてしまった。

 獣人とは、どこまで愚かなのだろう。

 自分の頭で考えるという事が出来ないのだろうか?

 こちらの言葉を簡単に信じて、夢のような未来にばかり目を向ける。

 魔女を攫い、更に王族殺しの罪まで背負ってもらうのだ。

 明るい未来など、訪れる訳がないというのに。

 口約束を信じ、彼らがギリギリ生活できる金だけを渡していれば、まるで手足の様に動いてくれる。

 何人が犠牲になろうと、“獣人の未来の為に”と。

 馬鹿ばかりだ。

 だからこそ、扱いやすい上に使い捨てに出来る訳だが。


 「あぁ……楽しみだ。 “創碧の魔女”。 例え生きて捕らえる事が出来なかったとしても、私の部屋に飾ってやろう。 そして“異世界人”を失ったこの国がどうなるのか」


 今から楽しみで仕方がない。

 獣人達を使い潰し、その後はコチラで手を回してやれば良い。

 必要なのは、“獣人”の集団が“人族”の王に歯向かったという事実のみ。

 それだけでも、王を糾弾する内容となろう。

 他の国よりも平等を謳うこの国の王。

 それが間違いだったと、王が判断が間違っていたのだと証明できる事実さえあれば良い。

 貴族や平民の不満を煽り、信用を無くした所で王族が皆死んだら……さて、貴族達は誰をトップに立てるだろうか。

 今から楽しみで仕方ない。

 獣人達は指示通りに動いてくれる上に、次の暗殺者も雇った。

 もう、この国の終わりがすぐそこまで迫っているのだ。


 「はははっ……貴方は近くの人間を信用し過ぎなんです、王よ」


 窓から見える王城にグラスを向けてから、一気にワインを飲み込んだ。

 この国を、手に入れようではないか。

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