第26話 道化


 やはり、間違いじゃない。

 忙しく仕事をしている時ほど、“向こう側”の記憶が薄れていく。

 とはいえ最近では“絵”に付与魔法も使っているのだ。

 だからこそ確定とは言えない……というか、言いたくない。

 コレを失ったら、私は生業を失ってしまうのだから。

 でも、随分とお金も溜まった。

 だから、来月は色々と実験してみようかと思う。

 “記憶を失う”この現象。

 魔法が原因なのか、時間が原因なのか。

 それともやはり、“召喚”が原因なのか。

 これで他の要因だった場合は、正直お手上げなのだが。

 このどれかに原因があったとして、忘れた事にすら気づけない事態だけは避けたい。

 だから、今日も色々と言葉や物語を思い出せる限り書いておこうと思う。


 つらつらと書かれている単語の数々と、その意味。

 私も知っている様な物語に、登場人物の情報などなど。

 たまに名前が間違って居たり、情報が所々違ったり。

 “覚えていない”と書かれているページもある。

 コレを、彼女はどんな気持ちで書いていたのだろうか。


 『知りたい?』


 「知りたくない。 というか、貴女も覚えてないでしょ」


 『正解』


 どちらに対しての正解なのか、それとも両方なのか。

 答えが分からぬまま、私は日記を閉じた。


 『今日はもうおしまい?』


 「ん、随分遅くなっちゃったし。 それに、ホラ」


 『あぁ、ね』


 ベッドの中から、スンスンと小さくすすり泣く声が聞こえてくる。

 小さな膨らみが出来た布団の中で、浅葱が泣いている。

 あの子には、まだまだ母親が……家族が必要なのだ。


 『良い家族をもったね』


 「でしょ。 だから暗い顔ばっかりしてらんないのよ」


 『なら、仕方ないね。 先の不安よりも今の幸せを噛みしめるべきだ』


 そう言う訳で、日記タイムも終了。

 いそいそと布団に入って、浅葱の事を抱きしめてみれば。


 『アオイも日記を書く事進めるよ。 そろそろ、ね』


 そんな言葉を聞きながら、私は目を閉じるのであった。

 日記、日記かぁ……。

 そういうの、苦手なんだよなぁ。


 ――――


 「店長、もう少しソコは丁寧に。 あぁもう、ソコ。 曲がってますよ?」


 「ぐぬぬぬ……」


 「アオイ様、仕上がりましたので出来栄えを確かめて頂けたらと」


 「あい了解。 もちっと、もちっと待ってね? ココの線が書き終わったら……」


 「アオイさん、こっちも終わりました。 如何でしょう」


 「今見ますからもうちょっとお待ちをぉぉぉ、お? おぉ? 結構綺麗に線が引けた気が……あら?」


 「店長、最後の最後で曲がりましたね」


 「ぬがぁぁぁ!」


 テーブルに突っ伏しながら、ぶはぁぁぁと大きなため息を溢す。

 ダメや、コレはマジで慣れるしかない。

 ひたすら練習あるのみだ。

 とかなんとか思いながら、二人の作品に目を向けれ見れば。


 「はぁっ!? なんか凄い完成度上がってない? すごっ!?」


 シリアが作っていた羊毛フェルトのぬいぐるみは、“向こう側”にあった本物と見間違える程のモノ……とは言わないが、かなりレベルが上がっている様に見える。

 ちゃんと抱けるような大きさだし、何より完成度が高い。

 しっかりとその動物に見えるし、ほぐれてしまいそうな気配もない。

 “向こう側”ではリアルに近づけた物がとにかく評価が高ったとするなら、彼女はどこまでもデフォルメされたぬいぐるみを巨大に拵えて見せた。

 可愛い、普通に可愛い。

 そんでもって、腕に抱けるサイズ&自分の好きな服が着せられるのだ。

 こいつはすげぇぜ。

 とかなんとか思いながら、姫様が作ったレジン作品に目を向けてみれば。


 「すっご……どう作ったのコレ」


 「いくつかの工程に分けて、層を作る感じに仕上げてみました。 仕上げる際にやはりくっついてしまうというか、滲んだりボヤけてしまったりもするのですが……駄目ですかね?」


 彼女の差し出して来た作品を光にかざしてみれば、透き通る蒼い光の中に様々な模様が浮かんでいた。

 出鱈目という訳では無く、いっぺんに光に当てた時に邪魔にならない様、それぞれの模様が重なりあい、更に美しく見える様に配置されている。

 直接描いたのか、それともシートを挟んだのか。

 キラキラと輝く蒼いレジン作品の中に、金色の模様が映える。

 凄いぞこの二人、マジで凄い。

 この短時間で、私だったら絶対作れない代物を叩きだして来よりましたわ。

 型だのなんだのは私が呼び出したり教えた物なので、目新しいさは無いかもしれない。

 でも、発想が凄い。

 わたしだったらこの完成品を見て、“どう作ろうか”と悩んだ所だろう。

 作りようはある、あるがいきなりこの発想が出て来るかと言われれば、あり得ない。

 どこまでも似たような完成品がありつつ、それに従って別の作品を作ろうとしていた私が恥ずかしくなる程だ。

 彼女達は、自らの何かを再現しようと“作品”を作っている。

 見た事がある様な物を作るのと、0から作るのでは全く違う。

 その境界線を、平然と飛び越えて来た。


 「凄いよ二人共、ちゃんと自分の作品って感じが出てる。 私には作れないよ、こんなの」


 「やっとアオイ様から認めて頂けました」


 「ですね。 頭をひたすらに捻って、何日も考えて、やっとです」


 褒めた筈の二人が、はぁぁと大きなため息を吐きながらその場に座り込む。

 その後ふにゃっと顔を緩める少女二人。

 凄いね、物凄く絵になる。


 『分かる。 ちょっと絵におこしたいから体借りても良い?』


 それは断る。

 せめて後にしなさい。


 『ケチ』


 なんて、本当に普段の会話を繰り広げながら今日も作業に没頭している私達。

 こんな日常が、コレからも続けば良い。

 そんな事を考えながら、私も再び魔法陣に取り掛かろうとしたその時。


 「ひっ!?」


 「なんですの!?」


 窓ガラスから、ズバンッ! と物凄い音と衝撃が響いた。

 幸い窓は割れていないし、何者かに侵入された気配もない。

 如何せん鳥の羽が舞っているのが気になるが。


 「王子、確認お願いできる?」


 チラッと横目で彼の事を覗き込んでみれば。


 「すまない、作業の邪魔をした。 アレは俺の“鳥”だ」


 「はい?」


 お前ペットなんぞ飼っていたのか、とか思ってしまうが。

 こちらの感想などお構いなしに、彼はズンズンと窓辺へと歩いて行き、豪快に窓を開ける。

 そして、窓の外から拾い上げたのは。


 「おぉ、随分と綺麗な青い鳥」


 「ディアバードと言ってな、手紙などを運んでくれる便利な鳥だ」


 伝書鳩みたいな?

 とか何とか思う訳だが、王子の持ち方が酷い。

 完全にのびている鳥さんの足を掴んで、逆さ吊り状態。

 アレではペットというより食料の様だ。

 そんな訳で、逆さのディアバードを机の上に陳列し、いざ解体……ではなく、脚に括りつけられた手紙を外していく。


 「マジで伝書鳩だ……ねぇ王子、この子の羽貰っていい? もちろん落ちたヤツだけど」


 「あぁ、好きにしろ。 しかに何に使うんだ?」


 「まぁ、何かに使えれば良いかなぁって程度で」


 と言う事で、床やら外やらにポロポロした羽を回収していく。

 改めて見ても、綺麗な青。

 何に使おっかなぁとか考えながら室内へと戻ってみれば。

 そこには大層顔を顰めた面々が待っていた。

 私がちょろっと外に出てた時間で、普通ここまで雰囲気変わる?

 何よ、何があったのよ。


 「アオイ、すまない。 またお前に頼みたい事が出来た」


 「なに? また魔剣の模造品でも作れって?」


 「そんなことは俺が絶対にさせない。 例え王命であっても、俺が断る」


 「ソコは従いなさいよ、王様の命令なんだから」


 やれやれと首を振ってから「それで?」と問いかけてみれば。


 「アオイのスリーサイズを教えて欲しい」


 「ドッシャァァ!」


 とりあえず、全力で王子の顔面に拳叩き込むのであった。


 ――――


 「普通にドレス作るって言えよ馬鹿王子が」


 「すみません、本当にすみません。 ウチのバカ兄はいつも言葉選びを間違うんです」


 ペコペコと頭を下げるアリエルの隣で、私はメイドさん達に採寸されていく。

 なんでもまた夜会に参加してくれとのご連絡が入ったとか何とか。

 正直面倒くさいし、珍獣扱いされるのも嫌なのでお断りしようかとも思ったのだが……些かお世話になり過ぎている王様からのお願いなのだ。

 しかも今回は別に何をしてくれという訳でも無い。

 ただただ参加してくれれば良い、との事。

 ごく普通の夜会なので、アリエルやシリアの相手をしてくれればそれで良いと。

 私なんかが出てどうするのよ、とは思うが。

 シリアとしては退屈な夜会が楽しいものに変わりそうだと目を輝かせ、アリエルに関しては挨拶回りをどうサボろうかとブツブツ悩み始める始末。

 いいんだろうか、私が参加してしまって。

 とか何とか考えている内に服を着せられて、採寸は修了。

 後はデザインをどうするかなどのお話合いがあるらしいが……ちょっと面倒くさい。

 普段ならデザインを考えろと言われればワクワクしそうな御言葉ではあるのだが……ココはお城。

 更に周りにはメイドさんやら兵士さんやらわんさかいる訳で。

 ピシッとした空気が、正直滞在しているだけでも疲れるのだ。

 これなら王様達と話していた方がマシ……いや、それもどうなんだ?

 王への謁見の方が楽とは一体……はて、と首を傾げて考え込んでいると。


 「やぁやぁ、君が巷で噂の魔女様かい?」


 「はい?」


 ズバンッ! と扉を開けてご登場なされたのは、やけに派手な化粧の女性……アレは、派手な化粧と言って良いのだろうか?

 いや、良いのだろう。

 だって何か、ピエロみたいな模様が顔に描いてあるし。


 「プリエラ様! 流石に失礼ですよ!?」


 彼女の言葉に激高した様子で立ち上がった姫様。

 そんな彼女に対し、ピエロ化粧の美女……うん、美女で間違いない。

 スタイルも凄く良いし、顔も凄く綺麗だ。

 ピエロだけど。


 「別に今更隠す事じゃないだろう? 姫様。 住民達だって、“魔女が生れた”と噂しているくらいだ」


 飄々と語る彼女は、オーバーなアクションで両手を拡げて見せた。

 ほほぉ、意外にも魔女の話は着実に広がっているのか。

 まさかそんなに浸透するとは思っていなかったが、やはり人の口に戸は立てられぬってのはマジだったようだ。

 思わず感心してしまい、おぉ~なんて声を上げてしまった訳だが。


 「むしろ創碧から魔女のアトリエって名前に変えてみるか……?」


 「アオイさんも何を言っているんですか!?」


 だって、インパクトは凄そうだし。

 とかなんとか呟いてみれば、ピエロ美女はクックックとやけに楽しそうに笑い始めた。


 「聞いていた通り、随分と飄々とした方の様ですね?」


 「いや、貴女に言われたくないですよ」


 すぐさま返事を返してやれば、「ブッ!」とばかりに噴き出すピエロ。

 ピクピクしながら笑いを抑えているようだが。

お~い、大丈夫かぁ?


 「予想以上に、“お強い”方の様で」


 「いえ、貴女のインパクトの強さには負けますけどね? スタイルも顔も良さそうなのに何でピエロ? 勿体ないを通り越してびっくりですわ。 いや、キャラは濃いですけど」


 更に噴き出すピエロ。

 この人のツボは分からん。

 なんて、呆れた視線を向けてみれば。


 「決めたわ」


 やっと笑いが収まったらしいピエロさんはスッと背筋を伸ばし、改めて私と向きあう。

 そして。


 「最高級で、最高のドレスを貴女に拵えましょう。 まぁ、今から作る訳ですけど。 貴女にぴったりなドレスを、一番美しく見えるドレスを。 貴女に作ってみせましょう、魔女様?」


 「お? お? ステータスカード見るか? 誰が魔女じゃい、むしろ見た目的にはソッチの方が魔女だろうに」


 煽り文句に煽り文句で返してみれば、彼女は非常に嬉しそうに口元を釣り上げていた。


 「実に良い出会いを頂けたこと光栄に思いますわ、王女様。 つまらないご婦人ばかり相手にしていると、たまには欲しくなるんですよね。 こういう刺激が」


 「誰が刺激物じゃい、こちとら一般人だよ。 ちょっと異世界風味が混じっているだけだよ」


 「アオイ様……少しだけお静かに。 こちらの方をご紹介しますから……」


 やけに宥められる私に対し、更にピエロは口元を釣り上げていく。

 何だコイツ、何か非常にムカッと来る。

 プルプルと拳を震わせながら、相手の事を睨んでみると。

 バチンッ! と物凄いウインクが返って来た。

 ずあぁぁクソッ! 引っぱたいてやりたい!

 そんな訳で、訳の分からないピエロ美女が降臨するのであった。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る