第27話 道化の魔女


 「魔女様魔女様、どんな色が良いですかね? フリルはちょっと違うから……いや、見た目的にゴテゴテフリルでも似合うのか?」


 「誰の見た目が子供っぽいって? えぇ?」


 結局そのまま仕事を始めたピエロ……もとい服屋のプリエラさん。

 随分と可愛らしい名前をしているのに、見た目と行動と言動は可愛くない。

 はぁはぁしながら迫って来るし、至る所にメジャーを当てるし。

 更にはいちいち魔女魔女うるさいのだ。

 誰が魔女じゃい。

 なんて事を思っている内にも、色々な箇所を図らていく。


 「そこのサイズ、必要?」


 「モチのロン」


 何故か手首とか図られながら、終らない採寸は進んでいく。

 いちいちツッコミたいというか、反論したくなる台詞を投げかけて来る訳だが。

 お仕事はしっかりとなされている御様子。

 ガリガリと物凄い勢いで数字を書いたり、デザインを起こしていく彼女。

 すっげぇ、マジで職人だよ。

 もうここまで行くと病気ってレベルな気がするが。

 クリエイターと一括りに言っても、コレは確実に職人と言うか……病人レベルだろう。

 こういう言葉は出来れば使いたくないが、それくらいに“気持ち悪い”。


 「はぁ……はぁ……」


 「はぁはぁすな、気持ち悪い」


 「結構胸大きいんですね?」


 「おいコラセクハラピエロ。 マジで引っ叩くよ?」


 そんな会話をしながら、採寸は進んでいく。

 マジで体全体のサイズを図られてたんじゃないかってくらいに、随分と時間の掛かる作業だった。

 全ての採寸が終わった頃には、思いっきりため息を溢しながら椅子に腰かける程。


 「お疲れさまでした、魔女様」


 「だから魔女じゃないっつーのに」


 クスクスと笑うピエロは、随分と慣れた手つきで紅茶を入れ始める。

 一つのカップを私に差し出し、彼女は立ったままカップを手にしている。


 「ありがと……座れば?」


 「いえいえ、私のようなモノが魔女様の隣に座るなど恐れ多くて」


 「あのさぁ……」


 もういいか、とばかりにため息を溢しみれば、彼女の口元は更に吊り上がった。


 「本当に、怒らないのですね」


 「はい?」


 急に意味の分からない事を言いだしたピエロに、思わず首を傾げてしまう。

 怒ってないか、怒っているかで聞かれればそれなりに怒っているのだが。

 魔女魔女うるさいし。


 「普通の方なら、“魔女”と罵られれば怒り出します。 こんな奴に服を頼めるかと怒鳴り散らすご婦人だって居る事でしょう」


 「あ~えっと、確か“魔人”ってのと同じ扱いなんだっけ? 私には良く分かんないから、どうでも良いけど。 魔女魔女言われるのは単純に鬱陶しいとは思ってるよ? うん、ホントマジで」


 なんて言葉を返してみれば、彼女はスッと膝を折ってその場に座り込んだ。

 片手に紅茶を持った状態で。

 なんでこう、締まらない行動をする奴が私の周りには多いのだろうか。

 とかなんとか思いながら、彼女に視線を送っていれば。


 「私を、仲間に入れてくれませんか? 魔女様」


 「急にどうしたの、マジで思考回路がショートした? 話があっちにいったりこっちにいったりして付いていけないんですが」


 良く分からない事を言い出したピエロは、未だに頭を上げない。

 紅茶を片手に持ったまま。


 「私は今でこそこういう立場に立っていますが、昔は迫害されるような立場にありました」


 「あ、はい。 急に語り出すじゃん」


 まぁ、そのなんだ。

 今王族の元まで呼ばれる程の服屋になったのなら凄い事なんじゃないかな。

 成り上がりだよ成り上がり、しかも滅茶苦茶凄いタイプの。

 うんうんと頷いていれば、急に彼女はバッ! と顔を上げて来る。

 思いっ切り目元に涙を浮かべながら。


 「なので、友達がいないんです! 従業員もいないんです! 裁縫ならお役に立てますから、どうか魔女様の所で働かせください! 何でも屋というか、モノづくりに特化したお店だと聞いています! 今月入った仕事、これが最初で最後なんです!」


 なんか、空気が変わった気がするぞ?

 アレだね、この人は兎に角関わると疲れる感じに雰囲気の変化が忙しいね。


 「王族御用達の凄腕職人では?」


 「むしろ王族以外の依頼がありません! しかも依頼の数は年々減っています! そりゃパーティーの度にドレス作りませんものね! そうですよね!」


 「とはいえ結構なお金貰ってるんじゃない?」


 「素材も高いのでそこまで利益は上がってません! 王族の依頼一件で、長い間食いつなぐ生活をしております! 今日はお姫様から差し入れが頂けましたが、普段の主食はもやしです!」


 「アホか貴様!」


 もう、色々駄目だった。

 なんだこいつ。

 絶対アレだ、王族には「余裕ですが何か?」みたいな顔して仕事を受ける癖に、私生活はガタガタな見栄っ張りなんだろう。

 その化粧、完全に顔色悪いの隠す為にしている可能性も出て来る。

 馬鹿なんだろうか。

 いや、馬鹿なんだろう。

 王様に認められるくらい凄い技術の持ち主なのに、どう見ても良くない生き方をしている。


 「ちなみに、王族以外から依頼が無いのは何で? 凄いドレス作れる程の技術があるのに、プリエラさんには何で仕事が舞い込んでこないのかな?」


 こめかみを抑えながら声を上げてみれば、彼女はスッと視線を逸らした。


 「えと、本当に昔は、下民の作った服なんか~とか色々言われていたんですけど。 ここ最近では王族の服を作るって事で色々と鋭い目が向けられてですね……。 あとは、“道化の魔女”とか呼ばれていまして、より一層普通のお客さんが付かないというか……」


 「化粧落としてこいアホぉ!」


 「ダメです! コレ落としたら顔色悪いのがバレちゃ……あぁ止めて下さい魔女様、困ります! ゴシゴシ布で擦らないで下さい!」


 とりあえず彼女の厚化粧というか、ピエロメイクを無理矢理落としてみる作業から始まるのであった。

 いやまぁ、技術者は欲しいんだけどさ。

 この鬱陶しいの入れちゃって良いのか?

 とは言え、“こっち側”の素材で作品作り出来る技術者は……非常に欲しい。

 という訳で、化粧落としやら濡れタオルやらで無理やりゴシゴシゴシゴシ。

 おい、マジか。

 タオル一枚くらいじゃ足りねぇぞコレ。


 「どんだけ塗ってるの! アンタの顔はタオル何枚分盛ってるの!?」


 「だからコレが無いと病人にしか見えな……もう駄目です! もうコレ以上はダメです! そこからは皮膚なので、もう落ちません! 痛いです魔女様!」


 「顔色わっる!」


 「だから言ったじゃないですか!」


 分厚い分厚い化粧が落ちたプリエラは、意外と小顔だった。

 というか、童顔?

 目もぱっちりしているし、そこら辺にいたら「可愛い子だぁ」とか思っちゃう感じに。

 しかしながら、クマと顔色が酷いのだ。

 そんでもって、随分と痩せこけている。

 真っ白いピエロメイクだと、どうしても膨張色だから顔が大きく見えていた訳だけども。

 落としてみたらアラ不思議。

 体調悪そうな女の子が登場しましたよっと。


 「今日の作業はもう終り?」


 「え、あ、はい。 終了です……あとは店に戻って素材を選ぶのと、発注書作って、それから……」


 「全然終わりじゃないね、うん。 という訳で、今日の仕事は無理やり終わりって事にしよう」


 「もやしさえ食べられなくなってしまいます!」


 「もやし以外を食べにつれてってあげるから、さっさと準備しなさい」


 「……はい?」


 ポカンと間抜け面を晒すプリエラを他所に、私は帰る準備を始めた。

 とはいえ、上着を羽織るくらいなモノなのですぐに終わってしまう訳だが。


 「ホラ何してるの、さっさと行くよ? 王子ー? いるー? 居酒屋行こー?」


 扉から顔だけ出して叫んでみれば、長い廊下の先から全力で走って来る王子の姿が。

 よし、面子は整った。


 「プリエラさんも早く。 ご飯行くよ? 従業員の話は、とりあえずご飯食べてからにしよ」


 未だに固まっている元ピエロに声を掛けてみれば、彼女はゆっくりと再起動してくれたのか。

 コテンとその場で首を傾げた。


 「お金ないですよ?」


 「奢るって言ってんの。 居酒屋だけど、良いよね?」


 「魔女様ではなく天使様だったのですか?」


 「ソレはガチで鳥肌立つから、次呼んだら不採用で」


 という訳で私達はお城を後にし、いつもの居酒屋へと向かうのであった。

 何か、キャラ濃いヤツが多いなぁ……“こっち側”。


 ――――


 「お酒飲める歳だよね? ビールで良い? 適当におつまみ頼むけど、食べたいの有ったら勝手に頼んでね」


 「アオイ、俺はガーリックステーキが食べたい」


 「お前はマジで勝手に頼みなさいよ」


 王子の頭にチョップと叩き込んでから、プリエラにメニューを渡してみれば。


 「いや、えっと……何をどの程度まで頼んで良いのかさっぱりで……」


 「だから好きな物食いなさいって……すみませーん! ビール三つと枝豆と唐揚げとポテト! あとなんだっけ? ガーリックステーキだっけ? お願いしまーす!」


 個室から顔を出して叫んでみれば、遠くの方から店員が顔を出しグッと親指を立てて引っ込んだ。

 いよしっ。


 「本当に食べて良いんですか? 割り勘ですら、払えない可能性がありますよ?」


 化粧を落とした顔色コンクリート女は、小動物の様に震えていた。

 さっきまでの飄々としていた“道化の魔女”様はどこにいったのよ。

 はぁぁ、と大きなため息を吐いてからメニュー表を奪い取った。


 「何が好き?」


 「最近はニンニクを細かく刻んで、醤油といっしょにもやしを……」


 「はい論外。 すみませーん! 大盛りチャーハンと、餃子追加! あとお勧めに書いてある4品の全部ー!」


 「いけません魔女様! そんな事をしたら破産してしまいます!」


 必死に止めて来る道化を席に押し戻しながら廊下に顔を出せば、店員さんから再びグッ! のサインが。

 いよしっ。

 常連になってくると、こういうの分かりやすくて良いよね。


 「ま、とりあえず食べなよ。 その血色悪そうな顔かピエロ面でアトリエのメンバーに顔見せしたらマジで不採用にするからね?」


 「そんな……あの化粧品も高いのに……」


 「まずそこから節約しようか馬鹿野郎。 明日のご飯も奢ってあげるから、まずは顔色どうにかしなさいよ」


 こんな事をしてあげる程、彼女の事を信用した訳ではない。

 無いのだが、本当に顔色が酷いのだ。

 彼女だけ照明が当たっていないのではないかと思う程、化粧を落とした彼女の顔はコンクリート色。

 青白いとかのレベルじゃない、舗装されそうな勢いでコンクリートなのだ。


 「正直に言うと布関係、というか服関係の技術者は欲しい所だったから、物凄い期待してる。 けど、今のままじゃ駄目。 間違いなくウチの店にも影響するし、従業員も怯える」


 「うむ、生者の顔をしてない。 いや待て、人を慰める言葉というモノを俺も勉強して来た。 確か、こうだ。 “人間の顔じゃねぇよ”、だったはずだ」


 「お前マジで黙ろうか」


 ミシリと王子の頬に拳をぶち込んでみたが、本人は涼しい顔で「痛いじゃないか」とか言っておられる。

 ソレを言うなら、「人間は顔じゃねぇよ」だろうが。

 “の”と、“は”の違いはデカいぞマジで。

 この王子、本当に言語系はポンコツ以下だな。

 防御力と戦闘力だけは人並外れているってのに。


 「ま、何はともあれ。 ちょっと顔色良くしてからアトリエ来てよ。 見るまでも無く技術があるのは分けるけど、やっぱり一度見ておきたいしさ。 そんで、出来上がった作品を見てから本採用かどうか決めるって感じで良い? 但しお給料は月払い、誰がどんな利益上げたかって言うより、創碧の小物屋全体の売り上げで御給料が決まっちゃうけど、良い?」


 プロとしては到底飲める条件ではないだろう。

 自らが一番売り上げを出しているのに、他の人間に配分される。

 だがしかし、ウチのアトリエはお店であり誰かに依頼を出して作品作りをしている訳では無いのだ。

 ウチのスタッフになりたいのであれば、ウチのルールに従ってもらう。

 この時点でNOと言われれば、到底雇う事は出来ない訳だが。


 「もちろんです! 精一杯頑張らせて頂きます! 定期的にお給料が貰るのであれば、再びもやし生活を送ろうとも悔いはありません!」


 「もやし卒業しようか、ね? 明日からはちゃんとご飯食べよう」


 そんな訳で、多分創碧の小物屋に新たなる仲間が加わる事となった。

 今度は布系というか、ドレスさえ作れる職人さんだ。

 期待が高まる、というか最初は教えてもらう事が多くなりそうだが。

 それでも、従業員が増えるのは良い事だ。


 「そんじゃこれからよろしくね、プリエラ」


 「はいっ! こちらこそ、魔女様!」


 「結局魔女様なんかい」


 色々とツッコミたい感じに放ってしまったが、彼女は今まで以上に良い笑みを浮かべながら、運ばれて来た大盛りチャーハンをパクつき始めた。

 いっぱい食べるが良いさ、そして明日からウチで頑張ってくれるが良いさ。

 期待と呆れの感情が入り混じりながら、困った顔でチャーハンを減らしていく彼女を横から見つめた。

 相当な技術者とは言え、立場の問題でこう言った弊害も出る“こっち側”の世界。

 私は一体、いつまでこの生活を続けられるのだろうか?

 なんて事を思いながら、ビールを傾けていれば。


 「アオイ、ウインナー盛り合わせと厚切りベーコンを頼もう」


 「肉肉しいな、サラダも何か頼んで」


 「分かった、豚シャブあっさりサラダも追加しよう」


 「結局肉かい……あと半分とは言わないけど、ある程度会計もってね?」


 「承知した」


 そんな訳で、居酒屋飯が進んでいく。

 これからどうなるのかは分からないが、とりあえず現地で調達できる代物で作品作りが出来る職人を確保……と言って良いのだろうか?

 まぁ、いいさ。

 きっと何とかなる。

 今のペースで作品を作り続け、露店だなんだと売り出しただけでも生活できるお金が稼げるのだ。

 ずっと続くとは思っていないが、それなら新しい技術を取り込めば良い。

 だからこそ、私は今のペースでとりあえず生きよう。

 分からない事を、今から考えても仕方がない。

 だから、とりあえず。

 遠い未来より、明日を見ようじゃないか。

 とはいえ。


 「ペット服系……もうちょっと幅広く受けちゃっても良かったかなぁ……」


 非常に、惜しい事をした気分だ。


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