くたばれVRMMO ~こちら、クソディレクター率いる哀れなゲーム開発現場です~

マームル

1.

「こんな仕様聞いてない」

 そのプロジェクトマネージャーの一言に、賑やかだった夕食会は葬式のように静まり返った。


#


 僕がゲーム会社「タタラ」に新卒として入社してアサインされたのは、この会社が誇るタイトルをフルダイブ型VRMMOでリメイクするプロジェクトだった。

 その原作、「隔世の夢路」はそんな大ヒットしたタイトルではない。けれど僕でも名前は知っていた位のタイトルで、続編も数本出ている。隠れた名作とでも言えるものだ。

 ただ、最後に続編が出たのは十年以上も前で、要するに尻すぼみしてしまったタイトルでもあった。

 そんなタイトルの再興を賭けたプロジェクトの名は「ヤタガラス」。

 この会社が単独で初めてVRMMOのゲームを開発、運営するという事もあって、人員も多い。

 大学でプログラムを一通り学んだだけの僕が入るなんて烏滸がましい程と思える程の規模のプロジェクトだったけれど、それでも先人のコードと睨めっこしてどうにか齧りついて来た。

 そうしている内に、少しずつ機能実装も任せられるようになってきて、給料も少しばかし増えて、一年はあっという間に過ぎた。

 リリースまで後半年ともう少し、あどけない表情の新卒が新しく入って来た頃。

 その日は僕達が携わって来たゲームの発表会だった。


 ディレクターの明石さんはいつものラフな格好とは違って、今日はスーツを着て出社している。「隔世の夢路」の原作にもメインプランナーとして携わっていた、会社の中でも最年長に属する人だ。昼前には発表会の会場に向かう予定らしいのだけれど、僕が出社した時には、起用する声優と会える事を楽し気にプロジェクトマネージャーの赤岩さんに話していた。

 それを赤岩さんは、はいはいとタスク管理表と睨めっこしながら軽く流している。

 そのゲームの方向性やらを決める明石さんは、無茶振りをして来る人間でもあった。

 出来た実装に対して何か違うと突っぱねる事もあれば、唐突に新しい仕様を突っ込もうとして来る時だって何度もあった。赤岩さんは、そんな明石さんに予算や納期、残りの人月という事実を突きつけて僕達を残業地獄に堕ちるのを救ってくれる存在だ。

「お、もうこんな時間か。じゃあ、行ってくるねー」

 そう軽い言葉で出て行った明石さんを見届ける。

「はあ~~~~あぁ……」

 赤岩さんは周りにも聞こえる程の、大きく長い溜息を吐いた。

 ……多分、赤岩さんが居なかったら、もう誰も彼もがやつれた顔をしていてもおかしくないと思う。そして、そんな事を意にも介せず明石さんは好き勝手に注文を続けるのだ。


 昼時に、赤岩さんはチーフエンジニアやらを連れて外食へと向かう。用事もあるのだろうけれど、単純に愚痴りたいのもあるのだろうと思った。

 僕は近くで弁当を買って、デスクで食べる。まだ先輩達みたいに毎日外食を出来る程の給料でもない。

 でも、今晩はそれとは別に、美味しいものが食べられる。

 今日は仕事をやや早めに切り上げての、発表会の鑑賞を兼ねての夕食会だった。

 出前を取って、会議室でそれを食べながら発表会を眺める、そんな時間。一年以上、数十人という結構な規模で開発を続けて来たこのゲームがとうとう日の目を浴びる時が来たのだと言うのは、きっと感慨深い。

 まだ研修期間の新卒達もどこか浮ついている。

 そして昼時が過ぎると、外食に行っていた人達が戻って来た。

 座席に戻った赤岩さんがパソコンを立ち上がると、すぐにチャットツールに全体宛ての投稿が来た。

"寿司かピザ、スタンプで投票してください。その比率で今晩の出前を頼みます"

 即座にスタンプが凄い勢いで付いて行く。

 イクラ、サーモン、ネギトロ、かんぴょう巻き……。

 舌が寿司を求めている。高級なネタは少ないだろうけれど、少しは食いたい。食べられなかったら今週末に奮発してしまうかもしれない。

 とにかく寿司を食べたい。寿司食べたい。

 そんな僕に、戻って来た先輩が言ってきた。

「まだ昼だぞ。浮かれるには早いんじゃないか?」

「……はい」


#


 夕方に作業がひと段落した頃には、新卒が予約した注文を取りに外に出ていた。

 チャットツールを確認してみれば放送の一時間前から夕食会を開くとの事で、手が空いている人はセッティングを手伝えと書いてあった。

 日報を書いて会議室に行けば、もう机にはビールやらチューハイやらが山積みにされていた。ソフトドリンクのペットボトルも幾つか。ついでにコンビニで色々買って来たようで、ツマミになりそうなものがたっぷり。

 そして勿論寿司とピザも。人数にそれから紙の皿やコップ、それを捨てる為のゴミ袋ももう揃っている。する事はもう無さそうだった。

 適当に同期やらと会話をして時間を潰していれば、人が集まって来る。

 赤岩さんが人の集まり具合を見て言った。

「人も大分集まっている事だし、始めてしまおうか。それじゃあ全員、コップを用意して」

 あちこちでプルタブやキャップが開けられる音がする。僕も家では飲まないビールを注いで、出来たばかりの後輩のカップにも注ぐ。

 その最中に、寿司やピザが展開されていく。

 おお、結構奮発してるようだ。高級なネタがずらりと。ピザもチーズが分厚く、サラミやシーフードやらがたっぷりと乗っている。

 準備が整うと、赤岩さんが続けた。

「えー、皆さんの協力もあって、自社での初のフルダイブ型VRMMOゲームの開発もどうにか形になり、こうして日の目を浴びる時を迎える事が出来ました。

 まだまだゴールは先ですが、今日は一度締めていた緊張を緩めて英気を養いましょう。

 それでは、乾杯!」

 かんぱーい!


 すぐさま開始された争奪戦に参加しながら、入社してから一年という時間を同期と思い返していれば、寿司もピザも瞬く間に量を減らしていった。ピザは冷めきって残り数切れ、寿司は不人気なネタがぽつぽつと、いわゆる遠慮のかたまりになっている。誰も取らないのが少し続けば、一人の新卒がぱくぱくと食べていく。

 それから暫く、落ち着いた賑やかさが続いて、立ち話にも疲れて来た頃。

 気付けばその時間が近付いて来ていた。それに伴って緊張も漂い、テレビに皆の視線が集まっていく。

 特に緊張しているのは、放送が開始される直後に流れるであろうプロモーションビデオを担当した人達だ。

「一年振りとなる、記念すべき第50回目のタタラTVの時間がやってきました!

 さて、まずはこちらの動画をご覧下さい!」

 そうして、大自然の光景がまず展開された。

 「隔世の夢路」は弥生時代の日本を舞台に、日本神話を独特に織り交ぜたゲームだ。そうして作り込まれた世界観やストーリーが、フルダイブ型VRMMOとしてリメイクされる。

 当然、クオリティも今のゲームとして数段アップしている。木々の葉は一枚一枚が風に揺れ、炎は実際にダイブすれば触れる事を躊躇う程のリアリティを見せている。

 そして現代では緑に覆われているばかりの古墳が、このVRMMOの中では当時の如くに整然と白い石を積まれ、また一つ一つが微妙に形が違う埴輪を並べられている。ゲームの中で数多の人が今も尚、完成を目指して作業をしているその古墳は日を浴びて眩しい程に輝いており、これだけでも古墳マニアには垂涎ものだろうと思える。

 しかし次の瞬間、強い地響きが響き渡る。鳥が飛び立ち、遠くの山では土砂崩れが起きる。重機など一つもないその時代に人の手のみで何年、もしかすると何十年もの歳月を掛けて積み上げられたであろうその古墳は一気に崩れていく。埴輪は砕け、積み上げられた石はごろごろと転がり落ち。

 そして遠くから雷のように地面を引き裂く地割れが、古墳を真っ二つにした。必死に地面にへばりついていた人間がその中に落ちていく。

 カメラがその割れた古墳へとズームしていく。拡大していく地割れを覗いていけば、中から数多の目が見つめ返していた。そして姿を現したのは八岐大蛇。その八つの首が全てカメラに向かって巨大な口を開けて迫っていき、視界は暗闇に包まれた。

 ごきゅり。

 それから十数年後、その八岐大蛇をスサノオが討伐するところからこの物語は始まる。

 動画が終わると、前もって作られたプレゼンと共に明石さんがが説明を始めた。

 SNSでは瞬く間に話題になり、ニュースサイトもこぞって速報を出す。そんなネットの騒ぎ様にプロモーションビデオ担当の人達は満面の笑みを浮かべていた。

 けれど、プレゼンが淀みなく進められて行くその最中、赤岩さんがぽつりと呟いた。

「……このプレゼン、前にリハした時と違う」

 場が静まり返る。そんなテレビの先の明石さんはノリノリだ。

「こんな仕様聞いてない」

 その言葉だけが場に響き渡る。

 プレゼンが進むに連れて、知らない仕様は幾つも並べ立てられていく。それらはVRMMOと言う事を抜きにしても、原作より遥かにゲームを面白くするように思えた。

 けれど、僕でも分かる。想定されているリリース日には到底間に合わない。

「あんっのこん畜生!! 全部キックしてやりたいが……盛り上がってるんだよなァ!? それを盾にしてくるんだよなァ!!??」

 思わず本音を吐き出す赤岩さんに、新卒も事の重大さを理解していた。そして、赤岩さんが残っていたビールを開けて一気に口へと流し込むと、全体に向けて言った。

「明日以降、俺があの畜生を止めてみるが、SNSの盛り上がりも見ると、全てをやらない事にするのは難しいだろう。

 済まない、俺もあそこまであのクソがクソだとは思ってなかった」

 ……ヤタガラスは、ここから名に残るゲームを作ってしまう事になる。

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