第18話 最終兵器の行方


 私は慄然とした。


「……核爆弾?」

「ええ。前にもちらっと話題に出しましたが。ティスオは密かに核兵器の開発をしているという噂が耳に届いていますね」

「おい、そいつ……そいつをどこに落とすつもりなのか探ってきてくれ」

「いいですよ」


 リディヤが去ってから、私は青い顔で座り込んだ。

 核兵器を出されるともう打つ手が無い。植物の盾など何の役にも立たない。それどころか私も死ぬ。困った。


(何か良い手は……)


 瞬間転移ができるガリナなら、核兵器をどこかへやってしまえる。天候を操る先輩天使なら、目標を分かりづらくするために雲を集められる。

 だが私には植物を生むしか能がない。


(助けを呼ぶこともできない。核兵器に関する情報を調べることもできない。私が堕天して、天界に入れなくなってしまったから)


 その日私は彫像のように座り込んだままだった。アッセドの住人に声をかけられたら、黙ってトマトを渡し、再び考え事に集中する、ということを繰り返した。

 日が暮れる頃、リディヤが戻ってきた。


「ラリサさん」

「早かったな」

「私は妖精ですから、ラリサさんよりもうんと神出鬼没なんですよ」

「それで、成果は?」

「やはり彼らは原子爆弾を一つ作っていましたが、まだ試作段階で、どこでも実験をしていない様子でした。この戦争で使うことになるなら、それがこの世界で最初の核実験となるでしょう。それも人体実験に」

「時間と場所は」

「明後日の午前八時前後。場所は候補がいくつかあるようでした。その日の天気によって決めるそうです。候補の中には、ヴィエクが含まれていました」

「隣町か。確かにあそこには工場もあるな。空襲で焼けたのは住宅街の方だから、工場はまだ稼働していたはずだ」

「はい。加えて、ヴィエクに原子爆弾が落とされた場合、放射能の被害はアッセドにも及びます」

「うーわ。そうか……」


 そこへ、バラバラという耳障りな轟音が空から降ってきた。アッセドの町じゅうの警報が鳴る。


(空襲か!? それとももう核爆弾を!?)


 私は咄嗟に身構えたが、振ってきたのは爆弾ではなく、多量の紙切れ。

 ビラだった。

 でかでかとした品の無い文字でこのように記されている。


「リスーサ連邦に告ぐ。直ちに戦闘を中止せよ。さもなくば無差別大量殺戮兵器を投下する」


 何だ何だと住民が集まってくる。

 エニアークの住人にも直接このように知らせるというあたりに、ティスオの本気が窺えた。

 町の人々の反応は、怯えたり、嘘だと思ったり、この町に限ってそれはないと信じていたりと、様々だった。しかし、空襲に恐怖している点では同じだった。


「リディヤ。私はなるべく多くの人に、明後日の朝八時は防空壕にいるようにと言っておくよ。リディヤは天界から助太刀を呼んでくれ」

「私はあなたのパシリではないのですが」

「いや、もうあんた、乗り掛かった舟でしょうが。私は天界を出禁になっているんだから、あんたにしか頼めないんだよ」

「分かってますよ」

「何だよ。不服そうだな」

「別にそんなことはありません。どなたをお呼びしましょうか」

「そうだね、一番いいのはガリナかな。間に合わないようだったら他の……」


 私とリディヤはああだこうだと作戦を練った。

 リディヤが天界に帰ってから、私は一人で植物生産の練習をした。

 色々な作戦が頭に浮かんでいた。


 翌日、ガリナが私の元を訪ねてきた。明るい茶色の髪をなびかせて歩み寄ってきた彼女は、あからさまに不機嫌だった。


「おう、久しぶり、ガリナ。先日は世話になったな。ありがとう」

「全くですわ。世話の焼ける天使ですわね!」

「いやー、ごめんごめん」

「しかも今日は、折角の休暇を潰してまで行った先で、やることが核爆弾の処理ですって? 冗談じゃありませんわ」

「そう言いつつも来てくれるんだもんな。ガリナは優しい」


 唐突な誉め言葉にガリナは困惑した様子だった。


「……天使として、困っている者を見過ごせないだけですわ」

「うん、いいことだね」

「それで、処理はどうやってしますの? わたくし、目に見える範囲に無い物を移動させることはできませんわよ。移動先は知らない場所でも平気ですが」

「それについてなんだが」

 私はヘラッと笑った。

「ガリナの能力で、二人して空爆用の飛行機に乗り移ろうと思うんだ。私がパイロットを脅すから、ガリナは爆弾の方に行ってくれ」

「はあ……乱暴ですこと」


 ガリナは嘆いた。


「どうしてこんなところに来てしまったのでしょう。下界に出てからいきなり命の危険に晒されることになるなんて」

「分かってて来てくれたんだろ。ありがとうな」

「……あなた、さっきから会話に誉め言葉をぶちこんできますわね。正直、変な気持ちがしますわ」

「だって、こんなに危険なことを任せるのに、お礼の一つもなくちゃあ、つり合いが取れないだろ」

「その件に関してはいくら褒めて頂いたところで永遠につり合いませんことよ」

「いやあ、本当に助かる。頭が下がるよ」


 で、とガリナは私を見て言った。


「核爆弾をどこに転移して欲しいのですか?」

「えー」


 その辺はガリナが適当にやってくれると思っていたから、考えていなかった。


「あー。どっかその辺に……」

「その辺って……。これを投下した先の住民はみな死ぬことになりますのよ。これでは、この国の人間を助ける代わりに別の人間を殺すという、残酷な選択をすることになりますわ。そのようなことはわたくしには到底できません。わたくしはあなたとは違うので、簡単に人間を殺すのには抵抗がありましてよ」

「じゃあ、誰もいないところに落として……」

「それは一体どこなのですか? そこに人間も他の生物もいないという保証があるのですか?」

「う、うーん」


 私は考えあぐねて空を仰いだ。空は良く晴れていて、太陽の光がやたらと眩しかった。


「ガリナ」

「はい」

「あれは?」


 私は空を指さした。ガリナが釣られて上を見る。


「あれ、とは?」

「太陽」

「ええ、そうですね」

「太陽に転移させてくれよ。核爆弾」

「……」


 ガリナはぽかんとしていた。


「太陽って核爆弾と同じ原理で燃えてるんだろ? だったら核爆弾を一個くらい追加したところでへっちゃらなんじゃないかな」

「……いえ少し違うとは思いますが……あなた、私にそれをやれと?」

「ありゃ、無理だった?」

「無理じゃありませんとも」


 ガリナは威勢よく言ってみせた。


「さすがガリナ。頼りになるなあ」

「当然ですわ。ただ、そんなに長距離の移動はやったことがございませんの。実験が必要ですわ」

「じゃ、私と一緒に練習しようぜ。どうせなら面白いのにしたいな」

「面白い?」

「たとえば、ほら……」


 この日、リスーサの駐屯地から、いくつかの戦車や大砲が忽然と消える事件が起こった。


 ***


 二日後の早朝である。

 私はリディヤに頼んでティスオの軍事基地に行ってもらっていた。

 人の目に見えない彼女なら、どんな機密情報も手に入れられる。彼女は難なく原子爆弾に関する情報を手に入れて戻ってきた。


「警告を受けて、リスーサ軍の部隊は一部が撤退を開始しています。それにも関わらず、ティスオは爆弾を落とすそうです」

「何だそれ。嘘つきめ」

「はい」

「じゃあ飛行機はそろそろ飛ぶ頃だよな。ガリナ、頼む」

「分かっておりますわ。行きますわよ」


 私の体はふわりと軽くなり、気づけば私たちは、飛行機の操縦室の中に移動していた。


「え……うわあ!」

「何だ!?」


 唐突過ぎる来訪者に、ティスオの操縦士らしき男二人が慌てふためいた。

 しかし飛行機は高度を保ったまま変わらずに飛んでいる。さすが、大事な任務を言い渡されただけあって、安定した飛行だ。

 私は感心しながら、近くにいた方の男をツルで縛り上げた。


「うわあ! 何をする!」

「テロリストか!?」


 それはむしろあんたらでしょうが、と思わないでもないが、言わないでおく。


「さて操縦士さんよ」

「……何ですか」

「我々は核爆弾を奪いに来たんだ。奪われるまでは大人しくしていろよ」

「……私は我が軍の作戦を遂行せねばなりません」

「いやいや。言う通りにした方が身のためだぞ」

「……祖国のために、私は特攻も辞さない覚悟でおります。それはその男も同じです」

「は? 狂気じゃん」

「かくなる上は……」

「あっコラッ、ボタンを押そうとするんじゃない」


 私は少し焦って操縦士を止めた。


「いいか、よく聞け。ここにいるガリナには瞬間転移の能力があるんだ。爆弾が投下されてから爆発するまでの間に、他の都市に転移させることだってできる。これがどういう意味か分かるか?」

「……」

「そう。ガリナはいつでもあんたの故郷を消し炭にできるってわけだよ」

「……」

「よしよし、言うことを聞く気になったらしいな。じゃ、あんたはそこで操縦を続けなさい。祖国に帰っていいよ。で……」


 私はもう一人の操縦士のツルをほどいてあげた。彼は真っ青になっていた。


「ガリナを核爆弾のあるところまで案内しな」

「は、はい……」


 五分後、ガリナは安心したような面持ちで操縦室に戻ってきた。


「終わりましてよ。爆弾は太陽の表面に移動させましたわ」

「ありがと、ガリナ。すごく助かった」


 案内をした男は泣いていた。釣られて操縦をしている男も悔しそうに泣いた。

 ティスオの技術力と経済力の結晶を、こんな形で失うとは、確かに気の毒な話ではある。

 通信機からは「オイ! どうした! 応答せよ!」との声が聞こえてきている。


「なあなあ、因みにあれは結局どこへ落とす予定だったんだ?」


 私は尋ねたが、男たちはこれを無視した。


「〇八○○、任務に失敗。責任を取って敵と共に自決いたします」


 操縦士は機体を大きく傾けた。私は再び焦ることになった。


「やめろって。安全に航空しないなら飛行機ごとあんたの実家に激突させるぞ。ガリナが」

「う……」

「にしても外はよく晴れてるなあ。ここはどこだ?」

「……」

「どこだって訊いてんだろ」

 睨みつけると、男は涙ながらに答えた。

「ウォクソム……上空だ……」

「ウォクソム。あれか、リスーサの首都か! なるほど。ここに爆弾を落とす予定だったんだな」

「そうだ……」

「ふーむ」


 私は腕を組んだ。


「エニアークじゃなかったか。まあそりゃそうだよな。辺境の地にあんなのを落とすのはもったいないよな」

「市民を虐殺するのでしたら、どこでも同じですわ」

「いやあ、正直、リスーサへの打撃になるなら、爆弾の一つくらい落ちても構わないという気もしていたんだよな。それでヨシプも殺せるし」

「ラリサ? 何を言っているのです?」

「ただ……私たちが殺すのはあくまで戦闘員だけって決めてあるからね。ウォクソムに住む何の罪もない非戦闘員を見殺しにはできないかな」

「び、びっくりしましたわ……」


 ガリナは安堵したように言った。


「ああもう、わたくし、こんなところに長々といたくはありませんわ。帰りましょう」

「そうだな。帰ろう帰ろう。ガリナはお手柄だったな」

「……わたくしは能力を使っただけですわ。作戦を練ったのはあなたでしてよ」

「ふふん。まあね」


 私は自慢げに言うと、操縦士二人に手を振って別れを告げた。


「じゃあな。達者でな。自決はやめとけよ」

「ごきげんよう」


 こうして私たちは任務を達成し、地上に戻った。


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